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フットサルでスペインを制した唯一の日本人 【Fリーガー鬼塚祥慶】

今回は僕たちの「サッカーは夢」にスペシャルゲストとして古くからの友人である現役Fリーガーの鬼塚祥慶選手にお話を聞くことができました。

※こちらは3月にインタビューしたものです。

僕の知る限り誰よりも【普通】と大きく異なっている一人が鬼塚選手です。

フットサルでスペインを制した唯一の日本人です。

鬼塚祥慶 フットサル選手
1997年12月21日生まれ 三重県出身
11歳でスペインに渡り、7年間スペインでプレー。
15歳の頃に所属していたLes Cortsにて、スペイン全国2位になる。
日本人として18歳でカタルーニャ代表に選出され、スペイン大会で優勝。スペインでNo.1になる。
日本帰国後、日本代表U-19にも選出され、昨シーズンは名古屋オーシャンズでプレー。

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(※スペインチャンピオンになった時の実際の写真)

今現在こうした輝かしい成績を残してきている鬼塚選手とは裏腹に、これまで鬼塚選手には計り知れない苦労と今まで乗り越えてきた数え切れない程の壁がありました。

僅か11歳で異国の地、スペインへの挑戦。そして、フットサルでスペインを制覇し、今ではFリーガーとなった鬼塚選手にとって「フットサルとは」何なのでしょうか。
そして、これからの「夢」に迫りました。
11歳でスペインを渡ることになった鬼塚選手ですが、動機はキングカズこと三浦知良選手が15歳の頃にブラジルへ渡ったことを知り、それよりも早くブラジルへ行けばキングカズを超えられる。当時小学生で三重県にいた鬼塚選手はそれを動機に海外へ興味を持ち始め、スペインへ渡ることを決意したそうです。

まず始めに、元々鬼塚選手はフットサルではなく、サッカーをしていました。サッカーでプロを目指していました。

ネイマールやコウチーニョといったブラジル人を始め、フットサルからサッカーへ転向する選手は数多くいます。
しかし、サッカーでスペインに挑戦した鬼塚選手でしたが、なぜスペインの地でサッカーからフットサルへ転向したのでしょうか?

スペインでサッカーからフットサルへ転向

「正直なことを言うとスペインでサッカーをしていて壁を感じたんだ。
自分の中でプロになる為には「何が必要かな」と常に当時(15歳)から考えていたから、サッカーでは厳しいかもと思った。

それでフットサルが元々好きだったし、向いていると思っていた。スペインはフットサルの環境も整っているから、フットサルにチャレンジしても面白いと思った。

でもその当初はサッカーをまだ諦められなかったから、フットサルで学んでまたサッカーやりたいなと思っていた。
そしたら、フットサルをやっていく内にフットサルの方が面白いなと感じるようになっていった。
その段階でサッカーのプロは厳しいと思ったから、フットサルでプロになろうと決めた。」

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どんな状況でも目標を見失わない。そして、自己分析を怠らず、試行錯誤を続けた鬼塚選手の言葉には大きなパワーを感じます。

【サッカーからフットサルへ|競技を変える勇気となった原動力】

サッカーとフットサルは似ているスポーツと言われているものの、実際に競技変更をするとなるとかなりの勇気が必要になると思いました。何が原動力になったのでしょう。

「実際にフットサルが自分のプレースタイルに向いていると思っていたから、競技変更で自分が失敗をすることを恐れていたというよりは、楽しみの方が大きかったかな。「どんな感じなんだろう」という感じ。
スペインへ行くきっかけも自分の好奇心からだったから、自分の中のポイントポイントで何故かはわからないけど、恐れていないんだよね。(笑)」


【スペインから日本に帰って感じたフットサルの違い】

スペイン時代には日本人として偉業であるカタルーニャ代表にも選手され、スペインを制覇。日本帰国後はU-19日本代表にも選出され、今ではFリーガーとなり、スペインと日本のフットサル界のトップを知っている鬼塚選手の思う「スペインと日本の違い」は何でしょうか。

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「1番は観客の違いかな。トップリーグは別としてね。自分がやっていたユースのカテゴリーでも、街クラブのフットサル会場に行くとユースでも大体満席だった。
スペインの文化として、街クラブの試合を観に行くということは当たり前の習慣なんだと思う。
小さい時は自分がプレーヤーとしてプレーして、引退したら街クラブの試合を観に行くことが多いと思う。だから、応援の仕方をしっかり理解している。
盛り上がりの部分で、“派手なことをしなくても盛り上がれる”というのはスペインにはある。
表現が上手だから盛り上がるというのもあるし、スペインの応援は楽器を使わず、基本は声だけなのにあれだけ盛り上がれることは日本との大きな違いだと思うな。」

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【昨シーズン「名古屋オーシャンズ」でどうだったか?『アジアチャンピオンを経験』】

「昨シーズンはあまり試合にも出れなかったし、怪我も多くて初めて手術も経験した。
でもピラティスを取り入れてみたりしてリハビリ期間を過ごしたことで徐々に身体の使い方も改善されてきた。
復帰して調子良かった時に紅白戦でまた骨折しちゃったり、辛いシーズンではあったものの、AFC(アジアチャンピオンズリーグ)の優勝をチームとしても経験できた。
試合に出る時間は少なかったし、怪我も多かったから満足のいくシーズンではないけれど、自分の中では得れたものが多くあったシーズンだった。
環境も日本1で、チームメイトにも日本代表クラスの選手たちがいる中、「自分に何が足りていないか」よく考えさせられた1年だった。」

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(※名古屋オーシャンズの一員としてアジアチャンピオンになった際の写真)

【鬼塚選手にとっての「フットサルの魅力」】

「サッカーと比べて考えると、サッカーは割とプレー中ポゼッションの時間帯が長いと思うけれど、フットサルはコートが狭い分シュート数が多くなる。だから、盛り上がれるシーンが多くあるし、球際に関しても迫力があるスポーツだと思う。
試合の展開やスピード感に迫力があるとピッチから目が離せなくなる。それがフットサルの良いところだと思うかな。
常に細かな駆け引きが起こっているスポーツでもあるから、そこもフットサルの面白い部分の一つだと思う。」

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【今後の目標・夢】

「近い目標で言うと、来シーズンは全試合出場」
「大きい目標で言うと、日本代表に入ってワールドカップに出場すること」

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千葉真登が鬼塚祥慶選手の詳しい人生紹介を含めたこれまでのエピソードを記事にしているので、もし宜しければ、そちらも一緒にご覧下さい。

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鬼塚祥慶選手は、来シーズン新天地となるフウガドールすみだの選手としてプレーすることが決まっています。

「夢は日本代表として
ワールドカップ出場すること」
鬼塚祥慶


今回はご協力本当に本当にありがとうございました。

鬼塚祥慶 フットサル選手(Fリーガー)
1997年12月21日生まれ 三重県出身
11歳でスペインに渡り、7年間スペインでプレー。
15歳の頃に所属していたLes Cortsにて、スペイン全国2位になる。
日本人として18歳でカタルーニャ代表に選出され、スペイン大会で優勝。スペインでNo.1になる。
日本帰国後、日本代表U-19にも選出され、昨シーズンは名古屋オーシャンズでプレー。
来シーズンからフウガドールすみだの選手としてプレーすることが決まっています。

鬼塚祥慶のインスタグラム : https://instagram.com/shokei_21?igshid=16uprtljuok1b

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