シリコンバレーでアメリカ人と創業した会社を離れ再挑戦する話
新型コロナウイルスに関係する内容の可能性がある記事です。
新型コロナウイルス感染症については、必ず1次情報として厚生労働省首相官邸のウェブサイトなど公的機関で発表されている発生状況やQ&A、相談窓口の情報もご確認ください。またコロナワクチンに関する情報は首相官邸のウェブサイトをご確認ください。※非常時のため、すべての関連記事に本注意書きを一時的に出しています。
見出し画像

シリコンバレーでアメリカ人と創業した会社を離れ再挑戦する話

現在シリコンバレーで2度目の事業に挑戦している中屋敷量貴 (@kazuki_sf_)です。

2年前にアメリカ人と共同創業した事業はピボットや共同創業者間の衝突など紆余曲折あり失敗に終わりました。現在は新たな事業に取り組んでおり、On Deck(オンデック)という米国でそこそこ知名度のある起業家プログラムに参加するまでに至ったので、これまでの経験や学びをまとめてみました。

20歳のときに原因不明の硬膜下血腫で死の淵をさまよって以来、「この世に生を受けた以上は、もらうだけではなく、それ以上に与えていきたい」という想いで生きてきました。究極的には「誰もが学んだことや体験したことを後世に役立つ遺物として残していける世界にしたい」という強い信念を持って生きています。

この想いは、渡米から4年、米国で初めて起業してから2年以上が経つ今でも変わっていません。事業を通して最も効果的にそれが実現できる場所がシリコンバレー(サンフランシスコ、ベイエリア)だと信じています。

先日連続起業家でメンターでもある小林キヨさんを中心にサンフランシスコにいる日本人起業家の同志で「サンフランシスコでスタートアップする方法」というメディアを数年ぶりに更新しましたので、今後米国で挑戦される方は合わせて参考にしていただければと思います。

まだまだ数少ない経験ですが、自分の失敗や学びが次にシリコンバレー・サンフランシスコで挑戦する方の再現性を少しでも高めることができれば本望です。かなり長いですが、お付き合いください。

TL;DR(要点)
・アメリカ人共同創業者と始めた最初の事業は自分の実力不足で失敗に終わりました。
・正しい共同創業者を持つことの重要性、企業はCEOや創業者の性格以上には大きくならないことを学びました。
・現在は次の事業に取り組んでおり、On Deckという米国でもそこそこ知名度のある起業家プログラムに採択されました。
・Slackの元Head of Productで、過去にGoogle Readerを立ち上げ、AOLでVP of Productも務めた方に正式なアドバイザーになっていただけました。
今の事業はパワーユーザーの30日リテンションが60%+、オーディエンスが毎月100%以上の成長をし始めました。
・今後は人生をかけて、誰もが学んだことや体験したことを後世に役立つ遺物として残していける世界の実現にコミットしていきます。
・これから資金調達を行う予定です。フルスタックエンジニア、UI/UXデザイナーを探しています。

--

死にかけ、博士課程を辞め、渡米

祖父が建設業を、父がエレクトロニクス系の事業を創業・経営していたこともあり、幼少期から何かが作られ、世に出ていくという過程に興味を持っていました。

自分の起業家精神のルーツを辿ると、とりわけ祖父の影響が大きかったと思います。祖父は終戦後に満州から戻り、一人で建設会社を創業した方で、当時は在日外国人の方も多く雇い、その堅実な仕事が認められ、県庁や市役所にも多く表彰されていたそうです。その背中を見て育った自分は、幼いながら祖父のように堅実な生き様を通して世の中の役に立っていきたいと思ったことを記憶しています。

そんな中、20歳のときに硬膜下血腫で突然左半身が痺れ、担当医には「いつ心肺停止してもおかしくない」と告げらました。なんとか緊急手術で一命を取り留めましたが、自分という存在がこの世から消えてしまうかもしれないという現実に直面したときに、言葉では表現できない恐怖心と焦燥感が体の底から湧き上がったことを覚えています。と同時に、「自分がこの世に存在したこと、その生に意味があったことを証明したい」という欲求と「生きている間に何か世の中に役立つものを残さなければならない」という衝動に襲われました。

画像1

当時の脳のスキャン。白い部分が出血。

当時、化学には世の中に大きく役立つ可能性があると信じて化学の研究に励んでいましたが、研究室にこもって目の前の研究を続けるだけの日々に、本当に自分が世の中の役に立っているのか分からなくなっていました。とりわけ大学院時代は、NatureやScienceという一流雑誌に論文を出すような優秀な方々に囲まれていたこともあり、落ちこぼれの自分はより一層理想と現実のギャップに葛藤していた記憶があります。

結果として、本来博士課程に進むべきところを急遽進路変更し、渡米することにしました。今思い返すとただ自分が逃げていただけで、困難に向き合うだけの勇気と覚悟が足りていなかったのだと思います。

今でも当時の教授に言われて忘れられない言葉があります。

「一つのことを成し遂げる前に逃走する行為には、聞こえの良い1000の理由をあげることができますが、成し遂げるために真剣に向かい合う理由は一つしかありません。それは、再び逃走する自分を作らないためです。逃げてばかりの人間が救われるほど人生も世の中も甘くありません。」

現在、米国で二度目の事業に取り組むにあたり、この言葉は強く心に残っています。

なぜシリコンバレーなのか

学生時代から日々ニュースでUber、Airbnbといったスタートアップの情報、GoogleやFacebookといった大企業の情報が流れてきており、情報化社会においてここまで世の中に大きな影響を与えているこの土地に興味を持っていました。

シリコンバレーが世の中に価値あるものを生み出し続ける場所であり、世界中のメディアが常に注目しており、多様性を含めて一流の人材と資金が集まる場所なのであれば、「与えられた命の意味に答える」、「後世に遺物を残していく」という意味においてもこの土地に行かなければならないと思いました。

改めて自分がシリコンバレーを選ぶ理由は以下の通りです。

・世の中に大きな価値を提供する事業が生まれ続けている
・アーリーアダプターが多い
・世界中のメディアが注目している
・多様性が高く誰にでも平等にチャンスがある
・周りに成功事例が多く、人材、資金、経験、ノウハウが集積している

他の先輩起業家も言っていますが、「次のUberやAirbnbの作り方」という問いに対する知識やそれに答えられる人材がより多く集まる場所はいまだにシリコンバレーだと思います。

コロナでオンライン化が進む昨今、マイアミやテキサスも移住先として注目されていますが、最終的にシリコンバレーにネットワークを持つ人たちはこの土地に帰ってくると思いますし、実際これまでに多くの経験者の方々にここで出会い、アドバイスをいただくことができました。

また、メディアが依然としてシリコンバレーをに注目していること、そしてアーリーアダプターが世界中のどこよりも多いという観点から、より高い確率で多くの人に価値を届けられる場所だと思います。

シリコンバレーで起業するまで

来た当初は英語もできなければ、人脈もなく、文化も分からなかったため早くこの土地に溶け込んでいかなければという焦燥感がありました。

そんなときにUC Berkeleyの同じビジネスプログラムに参加していた武井の提案で、まずは現地にいる日本人の方々を取材し、そこから文化や商習慣の理解、人脈を広げていこうと「Silicon Valley Workers」というメディアを立ち上げました。

画像2

結果30-40名の方にインタビューさせていただき、月間4万PVまで成長しました。当時、無名な自分たちの依頼を快く受け入れてくださった方々には感謝してもしきれません。米国で働くというロールモデルを探していた方にとって、少なからず役に立てたのではないかと思います。

このメディアを辛抱強く続け、また、一つ一つの記事作成・動画編集などを丁寧に行うことで、取材した方々からの信頼を得ていきました。そこから現地のビジネス経験豊富な方を繋げていただけたり、クローズドなイベントに呼んでいただけるようになりました

現地で誰の力も借りずにゼロから人脈を作るのも一つの手かもしれませんが、現地で広い人脈を持つ日本人(同じルーツを持つ人)から信頼を得て、そこから現地のネットワークを広げていく方が最終到達点への到達は早いのではないかと思います。

このメディア経験はその後の起業にも大きく繋がっていて、このメディアを通して尊敬する連続起業家の小林キヨさんに出会うことができました。そして、キヨさんのおかげで一社目のアメリカ人共同創業者に出会うことができました。

彼はFacebook、Amazon、Microsoftでエンジニア経験のあるベテランで、お互いになぜ起業するのか、何を大切にしているのか、どういう世界観を描いているのかなどを色々と話し合い、一緒に事業をすることに決めました。

2人を結びつけていたのは「コラボレーション」という言葉で、チームが何かを成し遂げようとするときに個人の能力を最大限に開放できる環境を作ることができれば、そのチームが世の中に大きな価値を生み出すことができ、結果として自分たちの生み出す価値が指数関数的に伸びるのではないか、こういった点で意気投合しました。彼となら何か大きなことをやり遂げられるのではないかという根拠のない自信を感じていたことを覚えています。

資金調達と最初のプロダクト

当時、NotionやCodaのようなドキュメントツールが流行っており、All in one documentの流れから、エンジニアの書いたソースコードの変更を自動で検出し、その意味やプロジェクトとの関係性も含めてドキュメントを自動で最新の状態に反映してくれるツールがあればコラボレーションを円滑にできるのではないかと着目しました。

実際にシリコンバレー現地で働くエンジニア40-50人にヒアリングすると、「たしかにドキュメント周りは問題かもしれない」「そういうツールがあったら便利かも」という(Being Niceな)言葉をもらい、意気揚々とプロダクト開発を始めました。

結果としてこのアイデアで日本の投資家の方々から資金調達を行ない、ユーザーを獲得するために試行錯誤しました。

例えば、サンフランシスコ市内にあるAWS Loftの中の人と仲良くなり、急遽イベントでの登壇に漕ぎ着けてプロダクトを宣伝したり、あとは特定のコミュニティから入り込んでユーザーを増やしていくのが良いのではないかと思い立ち、現地のAsanaコミュニティに入り込み、Asanaアンバサダーを務めたりもしました(Asanaは個人的に好きだった影響が大きいです)。

また、自分がUC Berkeleyでビジネスプログラムを取っていたこともあり、UC Berkeleyが主催するBerkeley SkyDeckというアクセラレータープログラムにも採択されました。日本人創業者では数人目の参加だったように記憶しています。SkyDeckの面接プロセスや細かい要件などは詳細にメモに残しているのでもし興味のある方が多ければ別途記事を書きます。

画像3

Berkeley SkyDeckでの一枚

またYコンビネーターという世界的に有名なアクセラレーターが主催するスタートアップスクールというプログラムにも参加し、実際にYコンビネーターのサンフランシスコオフィスでパートナーの方のお話を目の前で聞いたり、イベントの後に個別で話を聞いてもらったりもしました。

側から見ると順調に進んでいるようにも見えますが、ニーズのないものはどれだけ努力をしてもニーズがないわけで、開発を初めてから数ヶ月後にはいくつかの理由からプロダクトを変更(ピボット)することになりました。PMF(プロダクト・マーケット・フィット)の重要性とコードを書く前に価値検証することの重要性を学びました。

ピボットした理由としては、

・本当にニーズのあるものではなかった
・課題に対する当事者意識を持てなかった
・技術的に作るのが難しかった
・創業者らの意志が折れた

などがあります。とりわけ当時の自分はエンジニア経験がなかったため、頭ではペインを理解できていても、一人称で強い問題意識を持ていませんでした。また、ヒアリングにおいてはBeing Niceであることが多いため、お世辞と本当のニーズを見極めるべきでした。

この経験以降は「それいいね」と言われた時は「では実際にどういう流れでこのプロダクトを使いますか?」と聞くようにしました。そこで「あー、でも考えてみるとどう使うんだろう」という場合は、Being Niceだと思って良いと思います。また、価値検証という点では、わざわざコードを書いて動くものを用意しなくとも、Figmaなどのデザインツールや代替ツールをそれ専用に特殊な使い方をするなどして十分に価値検証できたと思います。

現にDropboxなどは初期に動画で強いニーズの検証を行えていますし、プロダクトのない状態でもマーケティングとウェブサイトのTypeform(アンケートアプリ)などだけで価値検証しているスタートアップも存在します。今ならこの後者のやり方で価値検証をすると思います。

このピボットから学んだことは多く、

・創業者自身が問題の当事者であり、強く共感できる問題であることが望ましい
・トレンドに乗るだけではいけない
・何がお世辞で何が本物のニーズかを見極める必要がある
・コードは書かなくても価値検証できる

書き出してみると当たり前のことばかりですし、有名な投資家や起業家の本やブログで既に書き古された注意点ばかりなことに気が付きます。まだまだ知識と行動が結びついていない、知行合一していない証拠であり、なぜ人は他者の経験から効率的に学ぶことができないのか疑問にも思いました。と同時に、自分たちの創業者としての未熟さも痛感しました。

二度目のピボット

また振り出しに戻った自分たちは、どうすればもっとコラボレーションを円滑にできるのか、個人の可能性を最大限に引き出せるのか、長い距離を歩きながらディスカッションしたり、お互いにアイデアを持ち寄ってみたりと試行錯誤しました。

そんな中、今度はデザイナーやプロダクトマネージャー(以下PM)を含めたソフトウェア開発に関わる人たち全員をインタビューすることにしました。そうすることで、より全体像から問題を炙り出せるのではないかと思ったからです。

ただ、自分たちのネットワークにいるデザイナーやPMは両手で数えられるほどだったので、そこからほぼ毎日デザイナーやPM向けのイベントに足を運び、無作為に5-10人に声を掛け、後日コーヒーチャットをするという地味なことを続けました。LinkedInの繋がりもこの期間に1000人近くは増えたと思うので、かなり多くの人に声をかけたと思います。

イベントに参加できない時は、イベントページから登壇者のLinkedInプロファイルを見つけて、「お話しすごく参考になりました!昨日お話しさせていただいた者です。今度コーヒーでも飲みながらお話ししませんか?」という少し倫理観に欠けるやり方もしました。人によっては「いや、話した記憶ないけど…」と冷静に突っ込まれることもありましたが、それでも親切に会ってくれる方もいて、ベイエリアの人の温かさを感じました。

画像4

冷静に話した記憶ないけどと突っ込まれている様子。結果的に会っていただけました。

考えてみると渡米して2-3年でアメリカ人と一緒に米国でビジネスができるまでには英語力も上がっていましたし、振り返ってみるとこうした日々のディスカッションやイベントへの参加は効果的だったように思います。まだまだ今でもネイティブレベルまでは程遠いですが、言語の目的である意思疎通は難なくできる程になりました。英語は度胸と場数なのかもしれません。

今回のヒアリングで、デザイナーとデザイナー以外のエンジニア、PMの間に発生するコミュニケーションの問題が浮き上がってきました。シリコンバレーではエンジニアやPMがFigma上でコメントをして設計などのやりとりをするケースも見られます。一方で、一度コメントを解決済みにして新しくデザインをアップデートすると何が変わったのか分からなくなってしまうという問題も発生しており、これはとりわけ2-3年で職を変える人が多いシリコンバレーではチームワークの効率性において問題でした。

これらを解決するためのGitHub for Design Feedbackのようなアイデアに至り、今回はいきなりコードではなくまずはFigmaで最低限流れが確認できて動いているように見えるものをさっと作り、触ってもらいどう思うか価値検証しました。結果として今回はどうも手応えがありそうだということで実際に作り込んでいくことにしました。

開発はしながらも、新しくヒアリングすることは怠らず、実際に作る前に売り込む勢いで、知り合いの繋がりでサンフランシスコに拠点を置く世界中に1000人以上の従業員がいるデザイン会社のディレクターの方々との商談まで持っていき、実際にオンプレミスのサーバーを立ててくれたら使ってもらえるところまでいけました。

また、Tradecraftというサンフランシスコで有名なデザイナー養成ブートキャンプが無料でスタートアップのデザインを手伝ってくれるとのことだったので、早速申し込み、実際に自分たちのプロダクトをデザインしてもらいながらブートキャンプにいる人たちにプロダクトを使ってもらったりもしました。うまくいけばマイクロソフトのように学生のときから使っているものを社会人になっても使うのではないかという淡い期待もありました。

それからは共同創業者の彼が開発を続け、リモートでエンジニアのコントラクターをロシアとウガンダから採用し、彼らにも開発を手伝ってもらいました。自分はイベントなどに足を運び、ヒアリングを続け、フィードバックを持ち帰りデザインをアップデートするという役割分担で進めていきました。自分たちが開発しているプロダクトをドッグフーディングできるのは良いと思います。

個人的にはもう一歩でテイクオフするのではないかという期待と、また、ログを残してチームワーク・コラボレーションを円滑にしていくということに共感とやりがいを感じていたのですが、ある日シェアオフィスの人たちと一緒にランチにいく途中で、ある方から「最近調子はどう?」と聞かれ、自分が「順調です!うまくいけば大きな案件が取れるかもしれないです」と意気揚々に話すと、「ほんと?彼はなんだか全く逆のことを言ってたけど…もしかしたら今すぐ話した方が良いかもしれない」という助言をいただき、少し不吉な予感がしました。

普段から共同創業者とは昼にコーヒーを買いに行くときに近況を報告し合い、どういう発見があったか、どういう戦略の中の今はどこにいるのか、などを細かく確認し合えていた(と思っていた)だけに、にわかには信じられない意見に戸惑いました。

事業が終わるとき(一度目の事業の失敗)

それから数日後の月曜の朝、彼に「コーヒーを買いに行こう。良い話がある。」と言われ、もしかしたら新しい顧客か契約でも決まったのかなとついていくと案の定ピボットしよう(プロダクトを変えよう)という話でした。彼曰く、誰も使っていないし、ニーズもないし、こんなものを作っているのが恥ずかしいとのことでした。自分が作っているものを恥ずかしいと感じるのは悪いシグナルだと思います。

なので、1000人以上も従業員がいるデザイン会社が興味を持って待ってくれていること、まだローンチすらしていないこと、まだ始まったばかりだということを伝えたのですが、頑なに今のアイデアはとにかくもう何もしたくない、コントラクターも切ると言い始めたので、あまりに突然のことでかなり動揺したことを覚えています。

ビザの関係もあり、株式の半数以上を彼が所有しており、最終決定権は彼にありました。議論の末、プロジェクトを辞めると決断され、急遽プロジェクトが終わることになりました。これまで散歩しながら行っていた近況報告は何だったのか、そもそも共同創業者とは何なのかという疑問がずっと頭を回っていたのを記憶しています。

ここから先は、かなり紆余曲折あり大変だったのですが、NDAの関係で話せないので割愛します。結論としては自分が会社を出ていくことになりました。なお、その後、彼とは和解しています。嫌な想いをしたのは事実ですが、今振り返ると彼には感謝している部分もありますし、彼の今後の成功を心から祈っています。上記はあくまで自分側から見たストーリーなので、あくまでそこに留意していただけると幸いです。

失敗から学んだこと

今回の一件を通して、改めて共同創業者とは何なのか、すごく考えさせられました。いきなり自分たちのプロダクトを恥ずかしく感じると言い出したので、もしかしたら誰かにアイデアそのものを強く否定されたのかもしれないです。

ただ95%以上のスタートアップが失敗するという世界において周囲からのちょっとした否定で折れる程度の想いではそもそも長くは続かなかったと思いますし、何よりもそんな時に一番に相談する相手、支え合える存在になれていなかったことは純粋にそれまでの信頼関係の構築ができていなかったことが原因なので、自分の落ち度として悔しさが残ります。

と同時に、今後自分が今の事業で共同創業者やチームメンバーとプロジェクトを進めていく際には、感情面や精神面にも配慮して事業を行いたいと思いました。

今回の事業の失敗から学んだことは多くあります。全てを書き出すと本になってしまうので、エッセンスだけを抜き出しますが、多くは信頼関係に由来する問題だったと思います。

そして、何よりも強く痛感したことは、「企業はCEOや共同創業者らの性格以上には育たない、大きくならない」ということです。これは伝説の起業家・投資家であるポール・グレアムも自身のエッセイ「Mean People Fail(意地悪な人たちは失敗する)」で似たようなことを語っています。

Another reason mean founders lose is that they can't get the best people to work for them.
なぜ意地悪な創業者が負けるのかという別の理由としては、彼らは彼らのために働いてくれるベストな人たちを得ることができないからである。

上記以外では、

(1) 正しい共同創業者を選ぶことが大事。もしいなければソロファウンダーの方が良い。なぜ起業なのかという理由が一致しているか、信念、ミッション、ビジョン、そして過去の言動はそれらと結びついているのかなどをしっかり見極めることが大事。
(2) 弱みや懸念点などを共有でき、何でも相談・確認できる関係性を築くことが大事。たまに時間をかけてビジョンやミッションを見直し、現在地と方向性を客観的に見つめ直す機会などを作ると色々な感情を表出できて良いかもしれない。
(3) 初期に感じた違和感などは間違いなく困難な状況で改めて表層化してくる。人に関してはこの直感はすごく大事。People show their true color during difficult times.(人は困難な状況に陥った時に本性を現す)

など、色々と考えさせられました。細かいところでは給与や休暇、資金の使い方などに関して事前に細かく取り決めておくべきだったと思います。共同創業者を探す段階では、上記に加えて何かをやめたときやトラブったときの対処法、そしてその理由を深く聞くと人柄や性格など見えるものが多いと思います。

スタートアップをするというのは、基本的にうまくいかないことの方が多いので、この点では、同僚であったり、何度か一緒にプロジェクトに取り組んだことがあるという関係性の人の方が困難な時の対応なども理解し合えていたりするので共同創業者を選ぶ上では良いのかもしれません。

世界的に有名なアクセラレーターであるYコンビネーターの元プレジデントであるサム・アルトマンも彼のプレイブックでスタートアップがうまくいかなくなる主要な理由は共同創業者間の仲違い・衝突だと言っています。

"Cofounder breakups are one of the leading causes of death for early startups, and we see them happen very, very frequently in cases where the founders met for the express purpose of starting the company."
共同創業者との分裂は、スタートアップの早期の死における最も主な原因です。私たちはそのような例を、創業者同士が会社を設立するという目的のためだけに出会った場合に、何度も何度も目にしてきました。

また、取り返せないほどの共同創業者間の衝突を避けるには道は二つしかないと思います。一つは正しい共同創業者を選ぶこと、もう一つはとにかく成長し続けること。二つ目に関しては本質的に衝突を避けているわけではなく、どこまでそのポイントを先伸ばしできるかという話かもしれませんが、相談に載っていただいた経験者の方々も成長していると多くのことが氷山の下に隠れると言っていました。たしかにうまくいっている以上はネガティブな側面を気にしないというのもあるのかもしれません。

ただ、たしかに共同創業者間の衝突は事業が終わる一つのきっかけではあるかもしれませんが、最終的には創業者らの意志が折れた時が事業が終わるタイミングだと思います。その意志とは、最終的には創業者らの信じる世界観や自信だと思います。経済合理性やその他もろもろのリスクなどを考えると、辞める理由なら1000と見つけられます。周囲の人は親切にもいかにそのアイデアがダメでワークしないかを説得してくれます。それらを乗り越えてまでやり続けられる意志と理由は、創業者らが持つ世界観、信念、決意、そして、そこから生まれる自信でしかないと思います。

これに近しいことはGoogle, Facebook, Twitter, PayPal, Pinterestなど名だたる企業に投資してきたSVAngelの創業者 Ron Conwayさんも2012年のStartup Schoolで語られています。この動画はかなりオススメなので興味のある方はぜひ。

二度目の挑戦と決意

正直な話をすると、当面の間は次に何をすればいいのか全く分からなかったです。そして、絶望していました。それは、信じていたプロダクトをそれ以上続けることができなくなり、信じていたチームが解散してしまい、そして何よりも自分を信じて投資してくれた投資家の方々に顔見せできる終わり方ではなかったからです。信じてくれた人たちを結果的に裏切る形になってしまったのは精神的にとても辛かったです。

自分は基本的には楽観主義者で、過去に夜間にバークレーで男性二人組に銃を突きつけられてバッグや財布を盗られた時にも「やっとアメリカらしい経験ができた」という程度の精神力だったのですが、さすがに今回の一件は応えました。

当時は人生で一番精神的に辛く、ほぼ毎晩悪夢しか見ていなかったと思います。ハッと目が覚めると汗がびっしょりということも多々ありました。そのせいで肺に穴が開いたのか、突如右脇腹の後ろあたりが痛くなり、動けなくなるということもありました。

また、当時は米国で結婚してまだ数ヶ月という時期で、妻の両親にもZoomでしかご挨拶ができていないという状況、かつ、仕事も貯金もないという状態でした。サンフランシスコは世界で最も物価が高い地域で、コロナ前だとワンルームで30-35万円程度していました。なので、お金を節約するためにも2 ベッド 2 バスルームという日本でいう2LDK?のような場所のリビングをカーテンで3つに分けて、知らない人たちと6-7人で住んでいました。新婚にも関わらずそんな環境にも辛抱強く耐えてくれた妻には本当に頭が上がりません...

画像11

カーテンで3つに仕切られたリビング。隣人の寝息も聞こえます。

まずは投資家の方々に対面で謝罪するために日本に一時帰国し、その際に両家の顔合わせも行いましたが、当然お祝いの場で会社のことなど伝えられるわけもなく、また、その際にいただいた結婚祝い金も資金調達といって生活費に充てるという状態でした。

落ち着いたタイミングで、前回の事業の学びや反省点をまとめ、改めて自分自身の今後の生き方を考え直さなければならないと思い、過去の偉人が残した書物を何かに取り憑かれたように読み漁りました。3ヶ月で100冊以上は偉人の遺物を読んだと思います。

・何のために生まれたのか
・何をして生きるのか
・人はどう生きていくべきなのか

画像9

進むべき目的地は未来にありますが、その理由は過去にあると思いました。自分の全ての過去を書き出し、20歳の時に死にかけた経験、そしてこれまでの失敗から何を学んだのか、どういう状態であれば生き様として納得できるのか、何を成し遂げるのか、これらを内省に内省し続けました。

手短に伝えると、何千年という時の流れにおいて多くの物事が変わりましたが、きっと変わらないことが一つあると思います。それは人間の持つ性質であり、それは人は何か良いものを次の世代に残していきたいと思っているということ、人はその生き様を通して後世にその最大遺物を残していくことで存在し続けるのだということです。そうすれば、後世の人たちがその土台の上により良い社会を築き、幸福で充実した生活を送ることができ、その善という灯火をまた後世に紡いでいけると信じるからです。

我々が知を継承・発展していける能力を持つことは、我々人類をその他の動物と異なる存在にしているだけではなく、宇宙に存在する一種族としての大きな責任をも生み出していると思います。大いなる力には大いなる責任が伴い、そのノブレスオブリージュ的思想こそ我々一人一人が後世に遺物を残していく理由であり、我々が生きる理由なのではないか、少なからず自分はそうありたいと思いました。

"じっさい自分でも不思議なのは、わたしがいまだに理想のすべてを捨て去ってはいないという事実です。[…] なぜならいまでも信じているからです──たとえいやなことばかりでも、人間の本性はやっぱり善なのだということを" -「アンネの日記」より抜粋

と同時に、一つの疑問も生まれました。

「なぜ人は他者の経験から効率的に学べないのか?」

仮にみんなの脳がDropboxのように共通のレポジトリで共有されれば、常に、もしくは、必要に応じて価値ある情報を自分の信じた価値ある活動に応用できるのに…と思いました。

ビスマルクの「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」という言葉にもあるように、仮に我々が先人の知恵を一切利用せずに何かの発明を行い続けるとなると、その人の人生分だけ徒労に終わる可能性の方が高いと思います。たしかに天文学的な数字の猿をタイプライターの前に座らせれば、確率論的にはそこから一匹の猿がシェイクスピアの「リア王」を一字一句間違えずにタイプすることもあるかもしれませんが、その確率は言語や知識を取得・共有した人間による成功確率と比較すると天文学的な開きがあるはずです。

また、自分は「触れる情報がその人自身を形作っている」と思います。Think outside the box(既成概念に囚われずに考えろ)とはよく言われますが、何も知らなければ考えようもないわけで、よっぽどのことがない限りは触れた情報や経験したこと以上にはなれないと思います。もしくはそれを超えていくためにはかなりのエネルギーと運が必要になると思います。

とりわけ情報過多の現代においては、アテンションを貪り、不必要な恐怖心を煽るだけのノイズに触れる機会も多く、真に価値ある情報に効果的・効率的にアクセスできる仕組みは、個人がその人の使命を全うする過程において必要不可欠なことだと思います。

誰かが人生を通して辿った経験の軌跡、とりわけその重要な部分を、次に同じ道を通る人が受け継ぎ、発展することができるのであれば、それは人類ならびに地球上の生命体にとって非常に価値のあることだと思います。そうして、その人の遺物は人類がこの世の中に存在し続ける以上、残り続けるのではないかと思います。

もちろん、いずれ宇宙の時間軸では人類も消えていなくなるかもしれません。それでも自分はその灯火がある限りは、そこに可能性を見出し、賭け続けていきたいと思います。

この「誰もが遺物を自然に共有・発展できる仕組みを作る」というのが自分のこれからの人生をかけて成し遂げたいことであり、生きる意味でもあります。これが自分の米国での二度目の挑戦です。どう実現するかのHowやWhatは柔軟に対応していければと思いますが、このミッションだけはきっと一生変わらないと思います。

"The two most important days in your life are the day you are born and the day you find out why." - Mark Twain
"人生で最も重要な2つの日は、あなたが生まれた日とその理由を見つけた日だ" - マーク・トウェイン

二度目の挑戦とOn Deck

上記のミッションを色々な角度から因数分解するにあたり、キュレーション、ナレッジ管理、コミュニティのセグメントの重なりに注目しました。

キュレーションは過去に色々と話題になることも多かったトピックですが、人によるキュレーションが精度高く行われればそのキュレートされた情報が一種のクリエーションにもなると思います。そうして1-9-90ルールで言う一見情報を消費しているだけのように見える大半の人たちにも遺物を残していけるチャンスを与えられるのではないかと思います。

具体的なアイデアとしては、ウェブ上でテキスト、動画、音声など個人が共鳴・共感したもの、大事だと思ったものをハイライトでき、その人のためだけではなく、他の人にもアクセスできるように保存・共有できるプロダクトを考えつきました。その人が何かを学ぶ過程で共鳴したものをソースレベルでTwitterのように見える化するイメージです。

そうすれば、その人が何に興味を持ち、共鳴し、形作られているのか、つまり何者なのかが可視化でき、その情報をもとに自分に合う人を知れたり、先行く人を知れたり、どんなことが向いているのか、どんな情報が必要なのか、もしくは自分でも気付いていないインサイトを表出化できるのではないかと思います。

他者の経験を土台に、人類に取って価値ある活動を、そして、自分にとっても生に意味を感じられる活動を続けていける世の中になれば、功利主義的な観点では社会全体の幸福度が高まるのではないかと思います。

後述しますが、幸いにもOn Deckという米国でもそこそこ知名度のある起業家プログラムに入ることができ、そこでOpenAIが提供するGPT-3というAI(人工知能)を利用できることになりました。人とマシンがそれぞれの得意分野を活かしながら前に進んでいける時代が訪れていると思います。AIを活用することで隠されたインサイトの可視化、他の人の知識との融合、自分に合う人の発見などがより精度高く実現するのではないかと思います。

今回は実際にコードを書く前に、人がどのように情報収集・保存・共有しているかの聞き込みを行い、また、過去に似た領域でプロダクトを開発・売却したことがある人への聞き込みも行いました。

過去に同じような経験をしたことがある人への聞き込みは色々とインサイトが得られるのでオススメです。幸いにも知り合いが似た領域で過去に働いていた経験があり、内部の話なども聞くことができました。その後、既存のプロダクトを用いて価値検証しました。

聞き込みを通して、コロナで通勤がなくなった影響でモバイルよりPCの利用時間が増えていることがわかり、とっかかりとしてChrome Extensionに注目しました。Chrome Extensionは案外見落とされがちなプラットフォームですが、一度入れてしまうと外されなかったり、常にオンであったりと利点も多くあります。

実際にPinterestやスクリーン録画のLoomはそれぞれ800万インストール、500万インストールされており、大きく伸びる可能性も伺えます。

また、聞き込みを続けると特定の信頼する人を情報のフィルターにしていることが多かったり、リンクを共有されただけではその意図がわからりづらいといった傾向や問題点も分かりました。メディアとの関わり方がより人ベースにシフトしてきているのだと思います。Substackが伸びているのもこれらが要因だと思います。

似た領域のプロダクトを開発・売却したことがある人からは、個人用途にフォーカスしすぎるとマーケットの上限が小さくなってしまうこと、そして後からソーシャル側には戻しづらいことを伝えられました。考えてみるとPinterestもLoomもソーシャルな側面が入っており、最初からソーシャル性を中心に展開していく考えで良いことが再認識できました。

既存ツールによる価値検証においては、既存の個人用途ハイライターツールを用いて、ハイライトした部分とちょっとしたメモをまとめて人にシェアしてみることで有用性をチェックしてみました。結果的に自分同様に価値を感じると答えてくれる人がいて、もちろんその人の興味や専門分野によっても感じる価値の度合いは変わると思いますが、最低限の価値検証はできたのではないかと思いコーディングに移ることにしました。

プロダクトを開発していく過程は (1) 自分が信じられるもの、欲しいもの、まだ世の中にないものの洗い出し、(2) 他人も欲しがるものかどうかの価値検証、(3) 熱狂するユーザー1000人の獲得、という流れが良いと思います(自分もまだその途中ですが)。とりわけtoC向けでは実際にユーザーが自分の想定した使い方をしているかという点を見ていくことも大事だと思います。勝手な推測ですが、toBになるとバーニングニーズを探す必要があるのでより②の側面が強くなるのかなと思います。

話を戻すと、コーディングに移ることを決めたのは良いものの、自分はプログラミング経験もなく、コーディングも出来なかったので、知り合いのエンジニアの方にアドバイスをもらったり、Stack OverflowというプログラミングのQAサイトを調べ倒したり、あとはほぼトライ&エラーでとにかく試して作り込むという原始的なやり方でプロダクトを作りました。

何が分からないかも分からない中、とにかく意地でも自分が欲しかったこと、そして、人類にとって必要だと信じていたこともあり毎晩徹夜しながら作りました。ここは完全に意地で乗り越えました。

画像5

バグもありますが、作り始めて数週間で他の人のハイライトが見れる状態まで持っていきました。今はもう少し洗練されています。

“He who has a why to live can bear almost any how.” - Friedrich Nietzsche
生きるWhyがある人は、どんな方法にも耐えられる。 - ニーチェ

ただ、結婚祝い金もそろそろ底を尽きる状態で、完全にランウェイ(いつ資金が尽きるかの指標)も目の前に迫ってきていました。そして、このタイミングで長い妊活を経て妻の妊娠が発覚し、また、シェアハウスのハウスメイトが自分たちの家のドアをぶち壊して入ってくるという意味不明な人だったため引っ越しもしないといけないという状況でした。そして、旦那(自分)は毎晩「遺物を残す…」とか意味のわからないことを呟きながらコーディングしているという...

画像10

壊された家のドア。誰でもウェルカム状態。

安い場所を求めて引っ越しをすると、今度は治安が悪く、隣人が毎晩重低音で音楽を聴いていて寝れなかったり、注意してもやめてくれなかったりで、当時は新しい家と作業スペースを見つけるためにコロナ禍にも関わらずサンフランシスコ市内をよくPC用作業モニターを持ってウロウロしていた記憶があります。

さすがに資金もショート寸前だったので、親族に妻が妊娠したこと、自分のミッションのために何とか資金を工面してもらえないかということを話し、なんとか親族ラウンドの資金調達を終えて、安心して子供を産んで育てられる場所に引っ越しました。

そんなこんなでバタバタは色々と続いたのですが、なんとか事業に集中できる状態まで戻り、現在ではユーザー数やリテンションも少しずつ伸びています。まだまだ母数は少ないですが、コアアクションベースでパワーユーザーの30日リテンションは60%+、プロダクトへのアクセスも毎月文字通り倍々に100%+で増えており、今後もこの火種を着実に広げていこうと考えています。

画像13

Waitlistへのリクエストも急増し始めました。

先ほど伝えた通りOn Deckに合格することもできました。On Deckにはこれまで数名の日本人起業家しか参加していませんが、コホートの回を重ねているにも関わらず参加者のクオリティが高いことで有名です。

On Deck共同創業者のエリック・トレンバーグはビル・ゲイツ(マイクロソフト創業者)、ジェフ・ベゾス(アマゾン創業者)、リード・ホフマン(リンクトイン創業者)らが出資するVillage Globalの共同創業者でもあり、On Deckとうまく繋がっているため、運がよければそのままVillage Globalから投資またはそこのアクセラレーターに参加できるチャンスもあります。

自分が参加しているコホート(ODF9)に関して言うと、過去に2度Yコンビネーターという世界的に有名なアクセラレーターに参加し、伝説の投資家と言われるポール・グレアムから個人的に投資を受けている人がいたり、Zapposの創業者である故トニー・シェイと過去に共同創業してExitした経験がある人がいたり、BoxのVP、MicrosoftのDirectorなどもいて、個人的なメンターまたは投資家にも繋がれる素晴らしいコミュニティです。周りの人のレベルの高さに驚くと同時に自分もその一員として結果で示していきたいと感じています。

余談ですが、On Deckのプログラムの初日になぜか人生で初めて、しかも、英語でラップをさせられました。全くうまくラップできなかったのですが、終わった後の高揚感と新しい体験をしたことによるリフレッシュさは最高だったので、興味のある方はぜひチームビルディングなどでラップしてみてください。

また、連続起業家であるGreg Isenbergの「Community College」という第一期目のプログラムにも参加しました。そこでは元々Google Readerというフィードアグリゲーターを立ち上げた方で、過去にはSlackでHead of Productを、AOLでVP of Productを、PinterestやTwitterでもプロダクト開発をリードしてきた方と会うことができ、彼に自分のプロダクトやミッションを気に入られて、正式にアドバイザーになりたいと言っていただけました!

画像7

Community Collegeの1分間ピッチでもらったコメント。Glaspとは今のプロダクト名です。

一歩ずつではありますが、こうした繋がりと地道な取り組みから何かを掴めてきているように感じます。余談ですが、Twitterでは積極的にポール・グレアムに絡んでいます。

画像8

絡みつつ自分のリンクをシェアするスタイル

なぜ起業なのか

目標としている企業はありますかと問われると、真っ先に想起する集合としてはGoogle、Twitter、Pinterestがあります。それはこれらの企業が掲げるミッション、実際に行っている企業活動、創業ストーリー、創業者の考え方に共感しているからです。

もちろん色々と意見は分かれるかもしれませんが、Googleは民主主義の根幹を担う情報へのアクセスを民主化し、Twitterは世の中で何が起きているのかという人々の思考へのアクセスを民主化し、Pinterestは個人が共鳴するビジュアル情報をコレクションとすることで、その人の趣味やインスピレーションへのアクセスを民主化したのではないかと思います。(ここでの民主化とはユニバーサルにアクセスできる状態にするという意味)

自分は今の事業を通して、「人々が人生を通して集めた学びや体験という遺物へのアクセスを民主化したい」と思っています。そのためにAIが必要なのであればAIを活用しますし、Blockchainが必要なのであればBlockchainも活用します。このミッションを達成するにおいて細かいHowとWhatは柔軟に対応するつもりです。

Google、Twitter、Pinterestは時価総額がそれぞれ150兆円強、4兆円強、4兆円強とまだまだラリー・ページ、ジャック・ドーシー、ベン・シルバーマンらの背中は遠いですが、人生をかけて人類が必要とする大きな事業を作っていきたいと思っています。

なぜ起業なのかと問われると、それは自分が誰よりも上記のミッションを達成しなければならないと信じており、また、そのためには起業が一番自分が思い描く世界観を体現できる方法だと信じているからです。また、仲間を集めてみんなで共通の目標に向けて取り組む過程が好きだからです。

そして、起業家という生き方が自分が世の中に与えられる価値を最大化できると信じています。それは事業を通してもそうですし、実際に自分が第一線で思考し、体験したことを周りに共有することで次に事業を作ろうとする人の役に立つことができ、その再現性を少しでも高めていけると信じているからです。

どのような生き様を残すのかと問われると、自分と関わる人が、善良なる思想・知恵・信念を受け取り、その人がまた別の人へ同じようにそれらを継承していけるような生き様を残すと答えます。

魚を与えるのではなく釣りの仕方を教えるように、灯火で足元を照らしその火を周囲に紡いでいくように背中で示しながら、その背中をいつでもみられるような状態にしていきたいと思っています。

そして、何よりも愛・尊敬・感謝を忘れずに生きていくよう心掛け、また、自分と関わる人がその周りの人にも愛・尊敬・感謝を忘れず接することができるような起点として生きていきたいと考えています。

キヨさんが過去に「起業家とは生き様である」、その価値は「自分が存在した世界と存在しなかった世界の差分である」と言っていました。自分もそう思います。その差分を最大化することこそ、自分が生涯を通してフォーカスすべきことであり、生き様として残していくべきことだと思います。

今後についてと謝辞

今後は資金調達を行い、サンフランシスコで事業を続けていく予定です。

まだまだ思い描くビジョンの1%も達成できておらず、プロダクトもバグが多いですが、今のプロダクトに対して恥ずかしいとは思いません。これから進化していく姿が目に浮かぶからです。

一見すると、ただテキストや動画をハイライトしているだけで、「そんなことをして何の意味があるんだ」、「たかがハイライトじゃないか」と思われるかもしません。でも、このハイライト(遺物)は次の世代を担う人たちの手に渡ることで、彼ら彼女らを形作る価値ある情報の一部となり、その波紋はその次の世代以降にまで響き渡ると思います。

そうして、充実した人生を送る後世の人々の姿を思い浮かべると、たかがハイライトのように見える行動も、実は人類ならびに地球の未来を照らしているのではないかと思います。子供達のためにも、未来のためにも、自分は光を照らし続けていきたいです。

長くなりましたが、ここまで読んでいただきありがとうございます。

まだまだスタート地点に立っただけだと思っています。色々な試練があり、何度も心が挫けそうになった自分がここに立てているのはいつも支えてくださる皆様のおかげでしかありません。この場を借りて感謝を伝えさせてください。

サンフランシスコの日本人起業家の兄貴分として起業ならびに人生のいろはを教えてくださる Chomp キヨさん、サンフランシスコという新世界で先人として背中で示してくれる Anyplace 内藤さん、いつも親身になって相談に乗ってくださる RamenHero 長谷川さん、On Deckの先輩として色々とアドバイスをくださる Ofuro 田中さん、デザインのことから生き方まで教えてくださる Zypsy 玉井さん、いつも闘争心を煽ってくれる Remotehour ライダーさん、Yellowへの採択などいつも背中で刺激をくれるさっそさん、いつも素晴らしいスピーカーを呼んでくださる Potlatch トラさん、輪読会の同志 こうへいくん、同じく輪読会の同志でよく構ってくれる Dayshop いつきくん、エンジニアリングを懲りずに教えてくれる Sentrei 柿木さん、よくメッセージで元気付けてくれる CosmeHunt クロエさん、色々とクリエーターのことなど教えてくれる nocnoc なおさん、LAにいながらいつも気遣って勇気付けてくれる Misaky Tokyo アリッサさん、その他にもサンフランシスコ・ベイエリアにいる友人の方々、そして、何よりも激動の日々にも関わらずそばでずっと信じて支え続けてくれている家族と妻に心から感謝しています。

もし上記の内容に共感してくださり、本気で世界で事業を作っていきたい、誰もが遺物を残せる世界を実現したいという熱い想いのあるソフトウェアエンジニア、UI/UXデザイナーの方がいましたらご連絡いただけますと幸甚です。

画像13


この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!
Kazuki Nakayashiki

いつも支えてくださりありがとうございます!

You made my day!
Building utilitarian legacy as a service at Glasp / a member of ODF9 & Berkeley SkyDeck alum