空想短編小説:真夜中の温泉13

「でも、それだけで終わりじゃなかったんです」
ぼくの言葉に、男はまたしてもかっと目を見開くと、あごを軽く突き出してぼくに促した。
「なら、とっとと話を続けてくれ」
「はい」

「お前は何か勘違いをしているようだね」
母は、にこりともせずにカバンを開くと、タブレットを取り出して写真をぼくに見せた。
それを見て、ぼくは息が止まる思いがした。
「姉さん……これは一体、いつの? どこで?」
そこには、顔や上半身をケーキまみれにしながら、母と姉が寄り添って微笑むツーショットとともに、そのそばをチンパンジーを抱いた父と2歳年下の弟が、口を大きく開けながら笑い転げるホームパーティーの光景が写し出されていたのである。
「……」
「お姉ちゃんはあんたと違って、ちょくちょくこっちに来てくれてるから、直接会って話す機会も多いのよ」
母はつまらなそうにそういった。
「だ……だって、17年前のあのことはどうなったんだよ。ほとんど勘当状態だったじゃないか」
ぼくは声を震わせて叫んだ。だが、叫んだつもりだったが、その声はかすれて、やがて途中で聞こえないほどの小ささに変わった。
「あらあ、もうそんなに経つんだっけ。お前が幼稚園の年長組のときだったもんねぇ」

まるで他人事のように目を細める母の顔を見ながら、ぼくは嬉しさや喜びよりも、沸々と戸惑いとともに怒りが込み上げてきた。
それは、母に対して、父に対して、姉に対して、弟に対して、そして何より自分自身に対してだった。
「何で知らせてくれなかったの……」
ぼくのかすれ果てた声に、母はけたけたとおかしそうに笑った。
「イガグリ坊主ちゃん。あんたが思うようなことは何もなかったのよ。あんた、考えすぎよ」

「お母さんとお姉さんには確執があったのか」
男は、寝転び湯で腕立て伏せを繰り返しながら、顔だけぼくのほうに向けて尋ねた。
「はい。少なくとも、ぼくはそう理解してきました。あのときから」
「あのときってなんだ。17年前、君の家族の間で一体何があったんだ」
「当時小学6年生だった姉が、語学留学でイタリアにホームステイに行ったときのことです」
「語学留学か」
「ええ。たまたま向こうのTVの街頭インタビューに姉が映ることになって、姉はそのときとんでもない暴挙に出たんです」
男は腕立て伏せをストップさせ、ごくりと唾を飲み込んだ。
「暴挙?」
ぼくは、姉がそのときにやったことを事細かに話した。

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