空想短編小説:真夜中の温泉14

「なるほど……」
男は寝転びながら、ことの経緯をじっくりと聞き終わると、眉間にしわを寄せながら何度も頷いてみせた。
「君のお姉さんは、そもそも悪気はなかったのか……」
寝転び湯の上で、正座して話をしていたぼくは、足を伸ばして寝そべると、寝転び湯の波にあたりながら目を閉じた。
「ええ、まあそうです」
「だがまあ、最初に逆立ちして屋台に頭から突っ込んでいくまではまだ良いとしても、マイクを奪い取ってからリポーターをボコボコにするのはちょっとやりすぎだったな」
ぼくはその言葉には何も答えず、ただ黙って目を開けた。
ちょうど男は、寝転び湯の上で体を起こしてあぐらの姿勢になるところだった。
「まるで、若手の頃の鶴瓶師匠みたいだ」
「鶴瓶師匠とは似ても似つかぬ風貌ですよ」
ぼくはタオルで目を隠すと、頭に乗せたサングラスをそっと外して右手に持った。

男はため息をひとつついた。
「君のお姉さんは、すごい人だな」
「当時の姉は、空手や格闘技を習っていて、受けを取るためなら死んでもいいが口癖でしたから……」
「それで、その失礼な態度を取ったリポーターやスタッフとはその後どうなったんだい?」
男の問いに、ぼくはタオルを目から取って答えた。
「新宿で母から聞いたところによると、その日のうちに丸く収まり、互いに意気投合して、近くのバールで友達も連れてピザを食べながら7時間近くも談笑したというんです」
「信じられない……」
男は頭を両手で抱えると、またお湯の波に寝転がった。
「俺は自分の悩みがちっぽけに思えてきた。小学校でアルマジロの話がすべったくらいで、いつまでもクヨクヨと悩み続けて」
ぼくも男の横で寝転びながら、ゆっくりとサングラスをかけた。
「ぼくもすっかり人間が信じられなくなりましたよ。匂わせだと思ったSNSの投稿が、まさかチンパンジーの花子のことだったなんて」
男はガバッと跳ね起きると、ものすごい形相でぼくを睨んでいい放った。
「いや、それは違う」
ぼくはあっけにとられて男を見た。
「お前、家族だろ。なんで不特定多数に発信するSNSから、おふくろさんの近況を知った気になるんだ」
「えっ?」
男は、沖縄のお土産で見たことがあるシーサーのような顔をしながら、ぼくの肩をぐっと両手で掴んで近づいた。
「お母さんやお姉さんと、会って話すとか、メールでやりとりするとか、もっと色々あるだろ。電話とか」
ぼくが口を半開きにしたまま固まっていると、男はいきなり両目に大粒の涙をためながら、なぜか「ふふっ」と笑いはじめた。
「ありがとう……。ようやくスランプから脱出できそうだ。君のお姉さんとお母さんは俺の恩人だよ」
「なんですって?」
男は、両手を離すと、こういったのだ。
「今聞いた話を参考に小説を書くことにする」

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