「儲けたい→事務所を大きくする」が正しいのかを考えてみる

ちょっと前まで士業向けセミナーでよく見かけていた「年間○○件の顧問先獲得!」「開業後〇年で〇人体制に!」というようなタイトル。

内容としては「いかに事務所の規模を大きくするか」という方向のお話です。

これはこれで素晴らしいですし、自分はそういうのに全く向いていないので素直にすごいなと思います。

一方で、そもそも士業事務所の場合は「事務所が大きい≠所長が儲かる」という性質があるとも考えておりまして。

今回はこの点について書いてみたいと思います。

前提は”よくありそうな町の税理士事務所”

ここでは「よくありそうな町の税理士事務所」を例にあげて説明したいと思います。

・所長だけが税理士の有資格者で、スタッフは資格を持っていない
(資格が無いためスタッフだけでは全てを完結できない)

・所長自身も申告書の最終チェックや署名押印、税務調査の立会など実務に関わっている
(有資格者がやるべき部分を担当)

・スタッフ数が増えて実務面で所長のキャパを超えたら、キャリアのある有資格者を幹部ポジションで外部から迎え入れる。
(所内のスタッフが資格を取得&経験を積んで幹部に昇格するパターンも有り)

所長1人+スタッフ3人の会計事務所

総勢4人の会計事務所です。

飲み会に行っても1つのテーブルで収まる規模感です。

1人当たり売上を業界平均値の850万円とすると事務所全体の売上は3400万円です。

スタッフ1人当たり人件費を仮に400万円とすると事務所全体の人件費は1200万円です。

あとは家賃やシステム使用料、消耗品などその他の経費を仮に売上の20%とすると680万円です。

所長の取り分は3400-1200-680=1520万円です。

所長1人+スタッフ7人の会計事務所

そのまま順調に規模を拡大し、総勢8人の会計事務所になりました。

飲み会でもまだ2つのテーブルをくっつけた1つの島で収まる規模感です。

1人当たり売上を業界平均値の850万円とすると事務所全体の売上は6800万円です。

スタッフ1人当たり人件費を仮に400万円とすると事務所全体の人件費は2800万円です。

あとは家賃やシステム使用料、消耗品などその他の経費を仮に売上の20%とすると1360万円です。

所長の取り分は6800-2800-1360=2640万円です。

所長1人+副所長1人+スタッフ14人の会計事務所

さらに顧問先が増えてきましたが、さすがに所長1人で全てを見るのは限界なのでキャリアのある税理士さんを副所長(パートナー)として迎え入れ、総勢16人の事務所になりました。

飲み会だと小さいお店を貸し切るとかちょっとした宴会場を貸りるとかくらいの感じです。

1人当たり売上を業界平均値の850万円とすると事務所全体の売上は13600万円です。

スタッフ1人当たり人件費を仮に400万円とすると事務所全体の人件費は5600万円です。

あとは家賃やシステム使用料、消耗品などその他の経費を仮に売上の20%とすると2720万円です。

経営陣(所長、副所長)の取り分全体は13600-5600-2720=5280万円です。

そして経営陣である所長、副所長それぞれの取り分は5280÷2=2640万円です。

→規模が2倍になったのに所長の取り分が2640万円で変わっていない!

なぜ所長と副所長の配分が同じなのか?

実際には所長と副所長の取り分の配分が完全に同じということはないでしょうから、事務所の規模拡大によって所長の取り分はいくらかは増えると思います。

しかし、士業の場合はその生産手段である専門知識・経験・ノウハウがまさに士業本人・スタッフ個人に帰属する上に、クライアントとの関係も事務所ではなく士業本人や担当しているスタッフ個人に紐づきがちです。

そのため、事務所として何らかの仕組みを作っておかない限り、副所長は配分が気に入らなければ自分のクライアントやスタッフを連れて出て行くというオプションを常に持っていることになります。

ここが一般事業会社と士業事務所の経営で大きく異なる部分です。

よって所長と副所長の取り分にはそこまで露骨な差は付けにくく、結果として規模の拡大に対して所長の取り分の増加はかなり小幅なものとなることが多いと思います。

なぜ規模の経済を考慮しないのか?

また、上記の数値例では「幹部1人に対するスタッフ数」や「その他の経費の率」を一定で計算しました。

これにも理由があります。

士業事務所のサービスはほとんどの部分を人間が行っています。

そのため売上の増加(=顧問先数の増加)に伴ってほぼ同じ比率で人数が増加していくことになります。

そして同じ比率で人数が増加するということは、その他の経費もやはりほぼ同じ比率で増加していくことになるでしょう。
(オフィスの1人当たり必要面積は一定ですし、システム関係や消耗品なども人数分だけ必要になります。)

また、幹部1人に対するスタッフ数も、規模が大きくなったからといって幹部1人が直接コントロール可能なスタッフ数が自動的に増えるわけではありませんので、やはり一定です。
(経営学的にはspan of controlと言われるやつで、一般的な事務職では1人の上司が直接管理できる人数は5~7人程度と言われているらしいです)

というわけで、士業事務所は一般事業会社に比べると規模の経済が働きにくいと考えられます。

経営幹部の生産性を高めるか、所長が経営に専念するか

以上が

士業事務所の場合は「事務所が大きい≠所長が儲かる」という性質があるとも考えておりまして。

の理由です。

そしてこれを解決する方向性としては

・経営幹部の生産性を高める
(幹部1人がコントロール可能なスタッフ数を増やす、スタッフ1人が担当可能な顧問先数を増やす、客単価をアップする)

・所長のポジションをもう一段高めて経営に専念する
(経営陣→スタッフの2階層ではなく、所長→経営幹部→スタッフの3階層に移行するイメージ)

という感じになってくるのではないかと思います。

(それを具体的にどうやって実現するかが大変なわけですが…)

最終的には「事務所が大きい=所長が儲かる」

と、ここまで色々書いてはみたものの、所長の儲けの源泉はやはり事務所の売上高ですから、所長の儲けの絶対額を増やそうと思えば一定の規模拡大は避けて通れません。

ということで上記の「経営幹部の生産性を高める」「所長が経営に専念する」の仕組みを構築した上で一定の規模拡大を図る、というのが士業事務所経営の王道なのではないでしょうか。

自分は人数が多いの苦手なんでやらない、というかできないですけど…

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