士業事務所で「何でもやります」は大変という話

前回の記事で

実は士業が取り扱うサービスというのは
・頭脳型
・経験型
・効率型
の3つに分類されると言われています。

と書きましたが、今回はこのあたりをもう少し詳しく書いてみます。

エース級が集う「頭脳型」

頭脳型というのは文字通り、頭が良くないとどうにもならない仕事です。

状況としてはクライアントが非常に新奇性が高く創造性を要求される課題に直面している状態です。

具体例をあげるのが難しいのですが、今まで誰も対応したことがないような全く新しい制度に対応していくような業務とか、革新的な技術を使った全く新しいビジネスに対するコンサルティングとかが該当してくると思います。(あくまでイメージです)

直接的にそのやり方を解説した書籍など何も無い状態で、断片的な情報や他分野の知識、これまでの経験なんかを応用し、無から有を生み出していくイメージの仕事です。

このように無から有を生み出すような場合には、本人の頭の良さが最重要ということになります。

逆に頭脳型の仕事では単に「大きい事務所」「有名な事務所」というのはそれほど意味をなしません。
(人から教えられたらできるというものではありませんし、そもそも教えるための体系化されたノウハウがまだ存在しておらず完全に属人的なので)

クライアント側は特定の事務所ではなくあくまでも特定の個人(優秀・有名な○○先生)を頼って依頼してくることになります。

士業有資格者のボリュームゾーンはたぶん「経験型」

経験型というのは、確かに専門性は高いけど世間的にはある程度のノウハウが確立しているような仕事です。

具体的にはM&Aや事業再生、会計監査や税務顧問、一般的な経営コンサルティングなどがこの経験型に該当します。

難しい仕事ではあるけども本屋にいけばいくらでも関連書籍を買うことはできますし、研修会・勉強会も頻繁に開催されています。
(実際私も銀行のM&A・事業再生部門に転職するにあたって関連書籍で勉強することで何とかなりました)

クライアントごとに個別カスタマイズは必要なものの、無から有を生み出す必要はないため、平均的な士業有資格者がそれなりに勉強・経験を積めばある程度の仕事はこなせるようになるという感じです。

経験型の仕事では頭脳型と違って「大きい事務所」「有名な事務所」ということの重要性が高まります。

クライアントにとっては特定の○○先生というより、その事務所が多くの実績・事例・ノウハウを積み上げていることや、その実績・事例・ノウハウを事務所内で体系的に教育していることが判断基準になります。

○○士の資格を持って仕事をしている人はこの経験型の仕事を行っている、あるいは行おうとしていることが多いのではないでしょうか。
(大きい事務所・有名な事務所の場合はもちろん、個人事務所であっても無資格のスタッフには後述の効率型をやらせつつ所長本人は経験型の難しい仕事をやっているというイメージ)

組織化に一番向くのは「効率型」

効率型というのは、特に専門性が高くない定型的・定例的で量が多い仕事です。

クライアント自身でもやろうと思えばやれるけど専門の事務所に任せた方が低コストで効率的に処理できるから依頼する、というイメージです。

具体的には記帳代行や給与計算代行、小規模企業の確定申告などが効率型に該当します。

世間的に完全にノウハウが確立しているのはもちろんのこと、クライアントごとに個別カスタマイズする必要性はかなり薄れており、仕組化・システム化により半ば流れ作業のように処理がなされています。

こうなってくると士業有資格者が直接作業を行う必要性は低く、むしろ有資格者を使うとコストが高くなるため、出来る限り無資格のスタッフに作業を任せようとするのが通常です。

定型的・定例的な仕事で仕組化・システム化がなされ、無資格スタッフをメインにまわしていくということから、組織的にビジネスとしてやっていくにはこの効率型が最も取り組みやすいと思います。

(取り組みやすいとは言っても専門性が高くない分だけ報酬水準は低いので、その水準でしっかり採算が取れる体制が必要な点は要注意です。)

効率型の仕事では経験型と同じく「大きい事務所」「有名な事務所」であることが重要になり得ますが、ニュアンスとしては「大きい(ことで低コストを実現している)事務所」「(コストパフォーマンスが高いことで)有名な事務所」というような感じです。

クライアントにとってはコスト・信頼性・スピードが最大の判断基準であって、「有名な○○先生がいる」というのは意味をなさず、むしろ「有名な先生=報酬が高そう」と敬遠される理由にもなりかねません。
(なんだったら士業事務所ではなくBPOを専門とする株式会社でも構わない、という感じです)

おそらく○○士の資格を持って仕事をしている人はこの効率型の仕事を自分でやることは避けたいと思っているのではないでしょうか。

混ぜるな危険

以上が士業のサービス3分類ですが、士業事務所を経営する上で出来る限り避けた方がいいことがあります。

それは1つの事務所(あるいは部門)で2つ以上の分類を混ぜることです。

例えば超エース級の人材ばかりを揃えた頭脳型の事務所が「ちょっと空き時間があるから」と言って効率型の記帳代行をやるのは恐ろしくムダです。

逆に無資格のパートスタッフをずらっと並べて効率型の記帳代行をバリバリやっている事務所が「高単価の仕事がやりたい」と言って経験型のM&A・事業再生に手を出すのはかなりリスキーな話です。

つまり3分類それぞれに求められる人材や組織は根本的に違うので、ある分類に最適化された人材や組織は他の分類には全く不向きということになります。

その辺を深く考えずに3分類を混ぜてしまうと事務所の運営は大変なことになってしまいます。

頭脳型だと思ったらいつの間にか経験型になっていた

さらにこの3分類の厄介なところは「ある仕事は1つの分類に留まらない」ということです。

例えば私がBIG4時代にやっていたUS-SOXの内部統制監査ですが、初年度に限っては頭脳型に分類されていたと思います。

なぜなら内部統制そのものを監査するという制度はそれまで存在せず、「何をどこまでやれば正解なのか」を誰も正確には知り得ない状態でしたから。

事務所内での研修についても全国の国際業務担当者を東京一か所に集めて、PwC本部が作ったばかりの研修資料を英語のまま使って随時、業務と並行しつつ行われる感じでした。

研修の内容としてもUS-SOXの制度的な説明がメインで、そもそもの内部統制とは何か、フローチャートやRCMはどうやって作るか、といった基本的な知識や経験は「もちろん持ってるよね?」という前提だったように記憶しています。(15年くらい前の話なので曖昧…)

ところが1年も経つと状況は一変します。

当然ですが「US-SOXを経験したことあるよ」という人が初年度の担当者の数だけ出てきますし、初年度の事例を収集・分析したような記事が業界専門誌に載ってきますし、書籍も出版されてきます。

事務所内での研修もある程度のカリキュラムが固まって、日本語での研修資料が一通り作成されるのはもちろん、eラーニングでも講義が配信されるようになり、体系立った研修が行われるようになってきます。

こういった「新しい制度だから誰もやったことがない」系の頭脳型は、時間の経過と共に急速に経験型に移行していきます。

また、経験型の仕事も制度の変更やシステム・技術の進化などによっては効率型に移行する可能性があります。

結論:「何でもやります」は人的にも組織的にも大変

このように頭脳型の仕事はゆくゆく経験型に移行、経験型の仕事も内容によっては効率型に移行していきますよと。

そうなると発生するのが人材、組織と仕事内容のミスマッチという問題です。

頭脳型に合わせた人材、組織にしていたら肝心の仕事が経験型に移行してしまいましたと。

そうすると今度は人材、組織を経験型に合わせにいくのか、逆にこれまでの仕事を捨てて新しく頭脳型の仕事を取りにいくのか。

このように、頭脳型(経験型でも同様)の仕事を中心にしようとすると常に「下りのエスカレーターで全力疾走する」ようなことが求められる可能性があります。

ということで、士業のサービスにこのような性質があることから「何でもやります」=「頼まれたら3分類のどれでもやる」というのは色々な意味で大変だなあと思うわけです。

士業事務所の経営を楽にしたいならば、3分類のどれを中心に据えるか、将来的にどう推移させていくかを決めておくことが大事ですよねというお話でした。

*以上の話は「プロフェッショナルサービスファーム」に詳しく記載されています。絶版で中古本しか手に入らないとは思いますが、興味があればオススメです。

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