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「カッパフィールド」 #1

198X年 8月 X日 曇りのち晴れ


昨夜から降り続いていた大雨が、朝になってやっと降り止んだ。
夕べは、もの凄い雷の音であまりよく寝られなかった。ピカッと光った瞬間に「ドッカーン」「バキーン」という音が何度も何度も轟いていた。
「スドーーーン」という大きな音と共に地響きがした時に、お父さんが近くに雷が落ちたかも知れないと言っていた。私は、UFOが雷に打たれて落っこちたんじゃないかと思った。

朝ご飯を食べ終えてテレビを見ていると、お母さんにいきなりテレビを消された。ブチッと。
「テレビ、見てたのに!!」
私は不満タラタラにお母さんに言った。
「これから掃除機かけるから、かず、そこどいて!朝の涼しいうちに、夏休みの宿題をやっちゃいなさい!」
有無を言わさぬ感じで、私は茶の間から追い出されてしまった。

私には自分の部屋はない。
我が家で“廊下”と呼ばれている細長い板間の部屋に、私の勉強机が置かれている。
茶の間と奥座敷に隣接する“廊下”は、すぐ外が洗濯干し場になっている。雨の日には、ここに洗濯物が干される。
おんぼろのソファがあり、その上には座布団や洗濯物などがいつも乗っかっている。
でもこのおんぼろソファは、私と飼い猫のミケのお気に入りスポットだ。

“廊下”には、家族の本棚も置かれている。
本棚の中には、百科事典や童話の絵本、植物や動物の図鑑、数冊の小説、そして歳の離れた二人のお姉ちゃん達が買ってきたファッション雑誌や画集などが収蔵されている。
私はソファに座って、それらの本を見るのが好きだ。《本は見るじゃなくて読むでしょ?》って言われそうだけど、《本を見る》で合っている。
私は文字が大嫌いなので、本は読まずにキレイな絵や写真を眺めている。それだけで十分楽しい。

夏休みの宿題、国語や算数などの宿題は、ほとんど終わっている。
自由研究は、毎年2人のお姉ちゃん達に手伝ってもらっている。今年もお姉ちゃん達と一緒にやる予定なので、今はやらない。
ぶっちゃけ、お姉ちゃん達に全部やってもらうつもりだ。

問題は、絵日記と読書感想文だった。

絵日記の方は、夏休みに入ってすぐに両親と3人で行った東京Mっキーランドの事を書いて以来、止まっている。
Mっキーランドに行った日の絵日記は、はじからはじまでびっちり書いた。

あの日の天気は快晴だった。7月に快晴ということは、同時にとても暑い日だということを意味する。
東京Mっキーランドは、今年の春に開園したばかりだ。
とても長い行列が出来るという情報は入手していたが、実際に行ってみると、予想の10000倍の人がいた。あんなにたくさんの人見たことない!
3時間近く行列に並んで、暗闇の中を走るジェットコースターに乗った。
実のところ、ジェットコースターの恐怖よりも、血圧や血糖値を気にしている両親への心配の方がヤバかった。

お昼は人生で初めてのハンバーガーを食べた。
私は「こんな美味しいものがこの世にあるなんて信じられない♡これなら10個くらいは楽勝で食べられる!」と思いながら食べていたのだけれど、ウチの両親たちは「蕎麦やラーメンの方がよっぽど美味い」と思っていたに違いない。

その後、待ち時間ゼロの大きな船に乗った。その次に、クマシアターを鑑賞した。
クマシアターを見終わった後に、「あのクマ、お父さんにそっくりだったね」などと言ってお母さんと盛り上がっていたら、お父さんが突然「もう家に帰っぺっ!!」とキレ気味に言ってきた。
お父さんは疲れてくるとあからさまに機嫌が悪くなる。お父さんが「帰っぺっ!!」と言い出したら、即、帰らなければならない。

時刻は午後2時を回ったばかり。まだ、乗ってないアトラクションがたくさんある。
「まだ帰りたくない。もっともっとここにいたい!」そう思う気持ちと同時に、もう一つよくわからない感情が湧き上がってくる。
お父さんの「もう家に帰っぺっ!!」という言い方が、この外国のようなステキな場所にぜんぜん合っていない。なんかとっても恥ずかしくてイヤな気分だ。
東京Mっキーランドは、千葉県にあるのだから別に千葉の方言を使っても、問題ない感じもするんたけれど…

まだ家に帰りたくない、そしてお父さんが怖いし恥ずかしいし。
もう訳がわからなすぎて、悲しくなってきた。
涙ぐんでいる私に、見かねたお母さんが「かず、もっと涼しい時にまた連れてきてあげるから」と言ってくれた。
私はお母さんのその言葉を信じ、プラスおっきなペロペロキャンディーも買ってもらって、なんとか自分を納得させた。
心のかなり奥ーーーの方では、人混みの嫌いなお父さんが、こんな炎天下によく付き合ってくれたなぁと感謝している部分もあった。

「東京Mっキーランドで買ってもらった、人気キャラクター《MっキーMス》のペンを使えば、全くやる気の出ない絵日記も、スラスラ書けるかも知れない!」
絵日記に取り掛かかる。きのうのことはかろうじて思い出せたが、おととい以前は、全く覚えていない。
夏休みはゲームをするか、マンガやテレビを観るか、ミケとたたみに寝そべりながら空想の世界に浸るかのいずれかをしているのは間違いない。
あとはお母さんとスーパーに買い物に行くくらい。
極々たまに気が向いたら、学校のプールに行く。その帰りに友だちと新商品の駄菓子を買ったことは覚えているが、それがいつだったかは、ぜんぜん思い出せない。でもプールの帰りに買い食いするのは禁止されているので、思い出したところで絵日記には書けないけどね。
絵日記に関しては、最後に一気にテキトーにまとめて書くという事に決めた。

次に、読書感想文に取り掛かることにした。
でも読書感想文を書く前に、読書をしなければならなかった。
とりあえず、本棚にある本を物色する。

「羅生門」
タイトルが渋すぎて、ぜんぜん興味をそそられない。パス。

「山椒魚」
山椒魚がなんと読むのかわからない。おばあちゃんに聞いてみたところ《サンショウウオ》と読むらしい。
ちなみに《サンショウウオ》は、おばあちゃん曰く、“ウーパールーパーが茶色くてデッカくなったようなヤツ”らしい。想像してみたら気持ち悪いので、パス。

「ライ麦畑でつかまえて」
少女マンガのようなときめきを覚えるタイトルだけど、文章の調子は映画の寅さんみたいだ。そして外国人の名前は誰が誰だか分からなくなるので、パス。

「限りなく透明に近いブルー」
このタイトルは一番今どきっぽい。ちょっとシャレた感じがする。しかし、この本は小学生の読書感想文には向いていない謎の予感がするので、パス。

「鬼龍院花子の生涯」
この本が映画化されていることは知っている。
「なめたらいかんぜよ」という、名セリフも知っている。ちょっと気になるけど、内容が大人の世界過ぎる、パス。

「銀河鉄道の夜」
「かもめのジョナサン」
「星の王子さま」
この辺りが妥当な線だと思われる。

私は、表紙が一番可愛い『星の王子さま』に決めた。この本の絵とその色合いはとても私好みだった。ただし絵はとても可愛いのに、本の内容は簡単そうで難しい。
小さな頃から『星の王子さま』の本をたくさん手に取ってきた。この本の挿絵をみて「こんなお話かなぁ?」などとテキトーな話を作っていつも楽しんでいた。
「今年は小学生最後の夏休み。今こそこの本を最後まで読んで、読書感想文を書いてやる!」
そんなふうに意気込んではみたものの『星の王子さま』を読み始めて5分ほどで、飽きてしまった。

窓の外には、我が家の愛犬ブチがいる。
ブチは雑種のオス犬だ。我が家に来てからもうすぐ一年になる。全体的に白い。左耳のところだけマダラ模様になっている。
夕べは大雨だったので、玄関の中にブチを非難させた。玄関のたたきにボロボロのバスタオルを敷いてやると、その上で大人しく丸くなっていた。
一晩中、とてもお利口にしていたブチは、そのせいで体がカチコチに固まっているらしく、伸びばかりしている。

「そうだ、ブチを散歩に連れていってあげよう!」

#SF小説が好き

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