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エルメス銀座店で人形振りして、速攻クビになった話

エルメスはみなさん知ってますね?
そうです、格式と品格を備えたフランスの老舗ブランドです。

じゃあ、人形振りって、なんだか知ってますか?

人形振りというのは、まあ名前そのままで、人形の振りをするパントマイムのテクニックです、とでも言えば良いかな。

ロボットダンスとかマイケル・ジャクソンのカクカクした動きを想像して貰えれば、そんなに遠くないかな。

その頃、ぼくはフランス人のクラウンと知り合った。彼は、シルク・ド・ソレイユのクラウンで、公演で日本を訪れて以来、日本が気に入り、日本に拠点を移した。

ぼくは彼の感性やキャラクターが面白くて、彼のワークショップを受けていた。
とても創造的で、適度に緩くて、とても良い時間だった。

ある時、彼が一緒に仕事をしないか?と誘ってきた。
それはエルメスの店頭でパフォーマンスを行う、というものだった。

流石のエルメスで、報酬も良かったし、フランス人クラウンの誘いも嬉しかったので、ぼくはその仕事を受けてみることにした。

が、しかし、である。

仕事の内容がイマイチはっきりしない。

エルメスの店頭なんて、パフォーマンスするようなスペースもないし、当時ぼくは舞台で自分の作品を発表するのを主な活動としていたので、買い物に来ているお客さんに向けて、一体自分が何をすれば良いのか、全く見当がつかなかった。

フランス人クラウンに、そのことを聞いても、まるで要領を得ない。彼は直感や閃きを大切にするタイプで、ロジカルに人に指示を出すのは苦手なようだった。

間を受け持つ広告代理店の業界人ぽい人と銀座のエルメス本社側との打ち合わせに一度同席したのだけども、お互いに愛想の良い世間話がなされるばかりで、そこでも結局何すりゃいいのかさっぱりわからない。

これは自分で考えろってことかと対策を練るも、そこで披露されるべき素敵な術をぼくは何も持っていなかった。

フランス人クラウンは何をするのかと尋ねると、馴染みのヴィオリニストと掛け合いをしたり、手回しオルガンを弾いたり、ウォーキングアクトといって仮装して、お客さんに絡んだりしたりするという話だった。

そんなの素敵に決まってる。

フランスの老舗ブランドエルメスに行ったら、外国人の一流パフォーマーが洒落たパフォーマンスで出迎えてくれるのだ。

一方、ぼくはというと、多くの買い物客と同様の平たい顔族で、これといった派手なスキルもないただの陰キャだ。

今なら、自分の手持ちの武器と仕事のバランスを考えて、あまりに無謀な仕事は断るだろう。無惨な負けが予想できるからだ。

でも、当時のぼくは無謀だとしても、その挑戦が何かしら自分の成長につながる、と盲信していた。まあ、そう思えるのも若者の特権ではあるのだが。

間に入っていた事務所の人も、パフォーマーが一人、エルメスの店頭で何すんだろう?と不安があったようで、ミュージシャンを付き添わせることにした。

これがまた裏目に出た。

ぼくに付き添ってくれたのは、イタリア人のアコーディオン弾き。ただし、日本語は喋れない。
そんな彼とほぼ初めましての状態で何かをやれという。
イタリア人は完全に仕事に徹していて、適当に指示してくれ、とぼくに言った。

当日、パフォーマンスする内容は何も決まっていない。
確か、20分くらいを3回くらい、というスケジュールだっただろうか。

エルメス側から、エルメスの騎手を思わせる、帽子、上着、ピッタリとした白いズボンとブーツが衣装として配給された。

ぼくはもう適当に人形振りでもして、即興的に踊ったり、お客さんに絡んで、その日をやり過ごそうと決めていた。
イタリア人のアコーディオン弾きには、適当にポピュラーな曲を弾いてくれ、と伝えた。

いざパフォーマンスが始まると、エルメスのアイコンである騎手の格好をした若者がアコーディオン弾きと一緒に何かしら動いているので、何人かは一緒に写真を撮ったりしてくれたが、多くは無視だった。

かなり辛い時間だった。マスクでも被っていれば、表情も見えなくて良かったのだろうけど、無視されながらも、その場に留まり続けなくてはならないのが、かなり辛かった。

三人組みの若い女性たちがやって来た。小金を持ってそうな派手な感じの女達だ。
彼女達はテンションが高く浮かれていた。

ぼくは動くマネキンの如く、人形振りを続けていた。

すると三人組みの内の一人が、唐突にぼくがしていた黒い手袋を触ってきた。
それは、なるべく肌が見える箇所が少ないほうが、人形振りをするのに良いかなと、ぼくが自分で用意した手袋だった。

すると、三人組みの一人の女が

「うわ〜めっちゃ柔らかいんだけど、この手袋!流石エルメスの皮!」

と、同行していた2人にテンション高く叫んだ。

「アホが、これは俺が使い古して、クタクタになってる無印の合皮だよ!」

と心の中で呟いた。

何故、俺はこんなところで、自分に全く関係ないエルメスとやらの販促活動に身を捧げているのかと思うと、余計に悲しくなった。

銀座店だか、丸の内店だかの店を皮切りに、日本中のエルメス店舗を回るツアーが予定されていたのだが、自分の初日のパフォーマンスのまずさの結果、ぼくは一日でお役御免となった。

ああ良かった、良かった。

無印のクタクタ手袋を、流石エルメスの品だと豪語していたあの女は今もエルメスの店舗で買い物するような生活がおくれているのか、ちょっと知りたい気もする。

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