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映画版『ゴールデンカムイ』を観た

想像以上にとても楽しかったので、感想をまとめたいと思う。



“映画版”として観るということ

もともと原作の漫画が好きで、ひととおりストーリーは知っている。ゴールデンカムイの映画化が決まったと聞いたとき、目玉の戦闘や食事シーンの解像度がグッと上がりそうで楽しみと思う一方で、漫画として完成度が非常に高いこの作品をどのように映画化するのだろうと少々心配ではあった。
当然ながら「漫画」と「映画」は表現方法が全く異なる。漫画は絵と文章のみの制約の中、漫画家さんが集め更新してきた技術を発揮して豊かなストーリーを演出する。他方映画は細やかに視覚効果を変えられるし現実にはないものも重ね合わせ、音楽も付けられる。ただしやはり「人間」が演出し役者となる以上、観る人の心には余計な情報が入ることもある。漫画の表現は映画では再現できないし、できたとしても映画の良さは生かせない。
というわけで、今回私は本作品を1つの映画作品「映画版・ゴールデンカムイ」として ―つまりは漫画と映画を並べることはいったんせずに― 映画を楽しむことにした。

作品と試される大地に向き合った俳優さんとスタッフさんの優勝

そういう考え方で観たおかげか、観終わったあとはまっさきに「楽しかった~~!!」という感想が浮かんだ。
なにより掴みが良かった。冒頭の日露戦争のシーンは広い土地に人も兵器も土煙も大増量しており、この時点で「あっこれ製作陣本気も本気やぞ」と誰もが感じるだろう。そんな悲惨極まりない戦場で大暴れする主人公・杉元。銃撃の雨を抜けて、刺されても撃たれても爆発しても一向に倒れない姿に「こりゃあ“不死身の杉元”だわ」と思わずにはいられない説得力があった。
そこから続くシーンはどれもも見どころたっぷりで、戦闘シーンは血も泥も(一部はらわたも)迸る生々しさがあり、食事シーンは湯気までおいしそう。ゴールデンカムイ名物・ヒグマ襲来もCGながらきちんと恐ろしかった。顔もちゃんと吹っ飛ばされていたところにも製作陣の本気を観た。漫画で重要な役割を持っている演出はキープしつつ、あくまでそれが「映画」として最大限効果を発揮させるような表現に好感を持った。
それからこれは映像作品ならではの強みだと思うが、北海道の自然の厳しさもまじまじと伝わってきた。雪が積もっているときならではの静けさ、俳優さんたちの吐く白い息、ダイヤモンドダスト。「試される大地・北海道」という言葉を久しぶりに思い出していた。

スクリーンに杉元もアシリパさんも、みんないましたよ

何より杉元役・山崎賢人さんの、杉元佐一という男とゴールデンカムイという作品に向けた真摯さがすごく輝いていた。漫画作品に似せようとするのではなく、それよりさらに奥にある作品の本質的なものを目指していたと感じた。映画版・ゴールデンカムイの主人公として、スクリーンに間違いなく杉元佐一がいた。
同じ理由で山田杏奈さん演じるアシリパさんもすごく良かった。
原作でもアシリパさんはゴールデンカムイのもうひとりの主役であり金塊戦争の根源に関わる重大な存在(神格化されている部分もある)として扱われるが、年相応の振る舞いもするし、多少の偏見だって持つ。そんな杉元よりも非常に複雑な存在であるアシリパさんも、山田さんという役者さんを通じて、同じように映画版・ゴールデンカムイの作品に間違いなくいた。
ゴールデンカムイはファン層もぶ厚く、映画化に当たってはプラスマイナスたくさんの意見が出ていた。その分主演おふたりにかかるプレッシャーは相当のものだっただろう。少なくとも私は原作ファンの1人として、山崎さんが杉元を、山田さんがアシリパさんを演じてくださって本当に嬉しかった。一流の役者さんが一流の作品に向き合った瞬間を観ることができた。
このほかのキャラクターも全員「映画版・ゴールデンカムイ」のキャラクターとしてしっかりと存在していた。語り出すと文量がすさまじくなりそうなので、印象に残った部分をトピックだけ書いておく。
眞栄田さんの尾形は目つきと所作が完全に原作の尾形
栁さんの二階堂は見た目も喋りもまるっと完全に原作の二階堂
工藤さんの月島はそこまで似てないのに完全に原作の月島
玉木さんの鶴見中尉は映画の特性をフル活用して鶴見中尉の特異さ(変態さともいう)を際立たせていて、映画キャラクターとして満点
舘さんの土方は原作の土方のキャラクターが映画になじむ形でリアレンジされていた。あの人だけ存在が少年漫画なんや…
書いていてちょっと漫画と比べている部分もあるな。それでもどなたも大活躍中の俳優さんということもあり、映画でも違和感ないキャラクターとして存在感を発揮していた。

個人的MVPはぶっちぎりで高畑充希さん

そんな感じでどなたの演技も良かったのだが、作品を作る役者さんとしては高畑充希さんが圧倒的に強かった。もともといくつかのドラマでお見掛けしていて好きな女優さんだったけど、改めて一線にいる女優さんの凄みをこれでもかと見せつけられた。
高畑さんの出番は2時間余りの映画の中で5分にも満たなかったが、あとまで印象に残るくらい存在感は抜群だった。冒頭の佇まい、結婚行列、目が見えなくなって子どもや帰ってきた杉元への振る舞い。語らずとも説得力があった。高畑さんが演じるキャラクター・梅子は、漫画でも出てくる場面はかなり少ない。しかしながら彼女は物語の重要なキーマンであり、そもそも彼女がいなければゴールデンカムイという物語は始まっていない。その役割を高畑さんが引き受けたのは大正解だったと思う。高畑さんの演技を大画面で観られただけでも映画料金払った価値があった。ありがとうございました。


映画特典、あまりにも豪華すぎる


改めて「原作リスペクト」とは何か

今回これほどまでに映画版・ゴールデンカムイが良い作品になったのは、原作をそっくりそのまま似せるのではなく、原作者・野田先生が生み出した作品の本質に真摯に向き合い、映画としてできることを最大限に発揮して生み出したことが理由だと思っている。
今こそゴールデンカムイは「アイヌ文化の誇りを伝える」「多様な立場の人々が力を合わせる」「女性のサービスシーンがない(男性のそれがないとは言っていない)」…といった多くの役割を(外部の人々が勝手ともいえる形で)持たされている。ただしそれは作品の柱ではなく、あくまでゴールデンカムイを成立させるための一要素ではないだろうか。私はゴールデンカムイはシンプルに「一級の冒険活劇」であり、そこに魅力を付与するものとしてアイヌなどの要素が散りばめられていると考えている。
今回の映画版も、やろうと思えば上記の役割を強調することもできただろう。しかし実際はやらなかった。代わりに冒頭でこの言葉が出てくる。

カント オロワ ヤク サク ノ アランケプ シネプ カ イサム
(天から役目なしに降ろされた物はひとつもない)

映画版ゴールデンカムイより

この言葉こそが、ゴールデンカムイという作品を貫く1つの柱だと思っている。登場人物の誰もが語る前にこれを出したこと自体が、この映画製作に関わった方々の覚悟の表れだと、私は感じた。

漫画原作の映像化を巡っては今年とてもとても悲しい出来事が起きてしまい、それを機に当事者内外から「原作リスペクト」という言葉がたくさん出てきている。ではその「原作リスペクト」とは一体何なのか。
ゴールデンカムイに限って言えば、この章の冒頭にあげたことが「原作リスペクト」そのものだと思っている。映画は漫画作品を映像や音楽、演技という力でより立体的にリアレンジすることができる。ただし漫画作品は原作者さんが生み出したものであるから、映画は漫画の生まれた理由と世に果たす役目は最優先で守らなければならない。つまりはいかに作品の生い立ち(原作者さんの思い含む)に向き合い、かつ映画としての役割を意識できているかが「原作リスペクト」につながるだろう。


そんなこんなで漫画版と同様、冒険活劇として一級品だった映画版ゴールデンカムイ、あと7本くらい続編を出さないと最終回までいかなさそうである。しかも話が進むにつれて変態博覧会度も指数関数的に上がっていくあの鍋は置いておいて、終盤に一瞬姿だけ出てきたあの人(漁師)とかあの人(ホテル支配人)とか大丈夫?R15でもギリじゃない??
これからますますハードルは上がるかもしれないが、私は劇場版・ゴールデンカムイを作り上げた俳優さんとスタッフさんたちを信じよう。というわけで、続編もどうかこのクオリティとテンションでよろしくお願いします。




おまけの与太話

なお界隈で「宝塚でゴールデンカムイやれば良いじゃん?」という話をしばしば聞くが、私は本作品を宝塚で、というより舞台作品としてリアレンジするのは無理だと思っている。
演出の課題はどうにか解決できると思うが(柳生忍法帖とかRRRとかやってるし)ゴールデンカムイの世界観は人から人、全体から細部と複数の視点が入り混じるメディア(それこそ漫画とか映像作品とか)で表現するから輝くのであって、基本的に1つの視点からしか観られない舞台では伝わりづらくなるだろう。それと杉元とアシリパさんの関係性もトップコンビでできなくはないだろうが(応天の門もやったし)、どうしてもイメージがわかない。ていうか杉元は大羽根背負うキャラじゃないやろ!
どうしても宝塚でやりたいなら、√鶴見中尉にして過去とかあのあたりの話を題材にするしかない。正統派宝塚ヒロインらしいヒロインもいるし、鶴見中尉なら大羽根背負ってもしっくりくるし…。個人的には雪組さんの現トップコンビ(彩風咲奈さん・夢白あやさん)ならいけると思う。それか別箱の専科公演にして輝月ゆうまさんを主役に置くか…。似合いそう。

まぁ、おとなしく漫画と映画を楽しみましょ。



とはいえ鶴見中尉の大羽根はちょっと観たいんよ   芳田

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