人生で初めてお姫さま抱っこをされた日
女性の憧れであるお姫さま抱っこ。
学生時代はモテなくて、むしろ気持ち悪がられていた私は、今後の人生でお姫さま抱っこなんてされる日は来るんだろうかとずっと思っていた。
でもそう思いながらも、どこかで憧れの気持ちはあった。
その日は突然やってきた。
私が初めてお姫さま抱っこをされたのは、彼氏でも好きな人でもなかった。
24歳の時、私はずっと開けたかったピアスの穴を開けることにした。
当時イヤリングはダサいと思っていたし、ピアス風のイヤリングはつけてもすぐに落ちてしまい不便だったからだ。
ゆらゆら揺れるピアスをしている女子がすごくキラキラして見えて、羨ましかった。
自分でピアッサーで開けたとか、安全ピンで開けたなんていう友達もいた。
ビビリの私にはそんなことはできないし、誰かにやってもらうのも怖い。
ちゃんと病院でベテランの先生に開けてもらおうと思った。
色々調べた結果、総合病院の皮膚科でピアスの穴を開けられると知り当日わくわくしながら向かった。
担当してくれたのは当時アラサー世代くらいの男性の医師と、同じくアラサー世代くらいの女性看護士さん。
先生はイケメンというより、おもしろくてトークに安定感のある二枚目風の男性。
すごく頼りがいのある印象が強かったので、リラックスして受けられると思った。
私は両方の耳に1個ずつ穴を開けたかったので、まずは右耳から開けてもらうことになった。
しかし、いざ開けるとなると緊張と恐怖でいっぱいになる。
いよいよ開けるという瞬間。
パチッだったか、カチッだったかもう音は覚えていないけれど、突然目の前が真っ暗になった。
あれ……?
うっすら意識がある中で、私は自分が抱えられていることに気付く。
どうやら私は穴を開けた瞬間に倒れ込んだようで、先生が私をお姫さま抱っこでベッドまで運んでいた。
朦朧としながらも、その逞しさにちょっとキュンとした。
先生だから慣れているとは言っても、まぁまぁ重かった私をこんな風にサラッと抱えられるとやっぱり弱い。
人生初のお姫さま抱っこは病院の先生だ。
そんなことを考えているうちに真っ暗だった視界は完全に戻り、起き上がれるようになった。
すみませんと謝った私に、先生は「もう片方どうする?」と聞いてきた。
さすがに片方だけで終わるのは嫌だと思い、左側も開けてもらうことにしたが、さっきの恐怖が襲う。
先生もまた同じことにならないように私に提案をしてきた。
「緊張しないように、ドラえもんの歌うたってあげる!」
なぜ、ドラえもん!私もう24歳ですが。
それを聞いて看護士さんも一緒に歌うと言い出す。
なんて明るい先生と看護士さんなんだと思ったけれど、子供扱いしないとまた不安で倒れそうな雰囲気が私にはあったのかもしれない。
そしてこれはネタでも作り話でもないのだけれど、同じ『ドラえもん』でも先生と看護士さんの歌った曲が全然違った。
看護士さんはオープニング曲、先生はエンディング曲だったのだ。
『ドラえもん』の歌でエンディング曲を選んだ先生のセンスにびっくりした。
二人とも全然息が合ってない!
思わず笑ってしまい、そのおかげで気付くと左の耳に穴が空いていた。
ものすごくホッとした。
先生と看護士さんの作戦は成功した。
そんな風に大変な思いをして開けたピアスの穴だから、本当に大切に思っている。
私の近年の仕事は、食品関係や農作業とピアスをつけられない環境が多い。
フリーランスのWebライターも部屋にこもりきりなので、わざわざピアスをすることがなかった。
長期間ピアスをつけなくなり、思い出したかのように鏡を見ながら耳を触ると焦ることがある。
穴が塞がったかもしれない!
そのたびにあの病院で倒れたことや先生に抱えられたこと、ドラえもんのテーマソングを歌われながら穴を開けてもらった時のことを思い出す。
慌ててピアスを差し込み、耳たぶの中でプチッと貫通した音が聞こえるとホッとする。
良かった!
もしかしたら私は、ピアスの穴を守りたいのではなく、あの日の楽しかった記憶をこれからも思い出したいのかもしれない。