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#04 涙がこぼれる

ポルトガル人の同僚、アントニオはかつてウクライナでプロジェクトマネージャーをして、その時に知り合ったソフィアと結婚したという。だから彼には、妻の家族や親戚、それからかつての同僚がウクライナに多くいた。彼が先ほど電話をしていたのは義理の弟だった。

義理の弟いわく、荷物を大急ぎで車に積んで、首都を離れようとしたが、幹線道路が大渋滞していて身動きがとれず、一旦自宅に戻ったとのこと。アントニオはすぐに隣国に脱出するよう勧めたが、義理の弟が様子見を決め、行動を起こそうとしなかったために怒鳴りつけていたらしい。

彼は妻がモスクワを出てポルトガルに向かう飛行機を手配したそうだ。彼女のウクライナにいる家族も隣国モルドバに向かっていて、無事出国した後、そこからポルトガルに向かうよう算段していることを教えてくれた。彼は、ポルトガルの実家の近くでアパートを見つけたり、滞在許可とか様々な手続きをしないと、と話を続けた。

国外脱出の話を聞きながら、急に目頭が熱くなるのを感じた。僕は彼の話を途中で遮って、自分のオフィスに戻った。窓の外の平穏な街の光景を眺めていると、急に風景が歪んで、涙がとめどもなく溢れてきた。

背後でノックをする音が聞こえ、ティッシュに手を伸ばしたが、アントニオがドアを開ける方が早かった。様子を察した彼は、何も言わず窓際まで来て、右手を僕の肩にかけた。しばらく何かを言おうとしていたが、「thank you」とだけ言って、来し方へ戻り、静かにドアを閉めて行った。






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