『ワンフレーズ』 14話 「三角形、一直線」

 しばらくして、葬儀が行われているホールに着いた。思っていたより駐車場には車は留まっていない。僕とヨウジは受付を済ませて、ホールの中に入った。中にも、そこまで人はいないようだった。

 人の葬儀に行くのは久しぶりだった。今までに何回か行ったことはあったけれど、遠い親戚だったり、近所の、もう何年も話していないお爺さんだったりして、なんとなく参加していただけで、なんとなく悲しまないといけない常識があるんだな、としか思っていなかった。だけれど、葬儀のマナーは別に知っているなんて思っているくせに、あと数十秒後には自殺したカズマを目の当たりにすることに対して、ものすごく心臓の鼓動がはやくなった。
 指先から腰の付け根にかけて、足がガクっと震えた、この、コソコソ誰かは喋っているくせに、室内を見渡すと妙に静かで、御焼香の焦げたにおいが、モヤモヤ漂う空間が、僕の息を止めさせているような気がした。ヨウジがスタスタと、前へ歩ってくれたことを手綱にして、後ろを着いて行った。
 親族席に、とても痩せてしまったカズマのお父さんの姿が見えた。その姿の原因はきっと、カズマが亡くなったことの影響だけでは、ないだろうと思った。隣は親戚の方達だろうか。
 僕とヨウジは浅く、短くお辞儀を済ませ、正面を振り向いて、階段を二段のぼった。カズマの棺はもう目の前にあった。だが、焼香台が間に挟まっていて、顔を見るのには少し遠かったし、覗き窓はぱったりと閉まってしまっていた。カズマの顔はまったく見えなかった。なぜか、束の間の休息感を覚えた。顔を見て帰った方がいいんだろうな、そんな野暮過ぎることを考えながら、焼香台の前で呆然としてしまった。

「カズマの顔、見てってやってくれないか」

 御焼香を済ませ、振り返った時、カズマのお父さんがこっちを見て、僕たちを引き止めた。カズマのお父さんは、まるで人生の役目を終えたかように、首から肩にかけてだらんと、筋が緩んでしまっていた。カズマのお父さんには、最後に挨拶をしてから帰ろうと、ヨウジと二人で決めていたが、僕は、カズマのお父さんに声をかけられたその瞬間、なぜか、哀しく叱られているように感じて、背筋が冷たくなった。

「本日は、誠にお悔やみ申し上げます、カズマの父さんに頼んで、最後にカズマの顔、見せてもらおうと思ってました、お願いしてもいいですか」
 ヨウジはきちんとした態度だった。きちんとカズマの死を悼んでいるようだった。僕は黙って従うことにした。
 僕とヨウジは、カズマの棺の覗き窓の前まで通された。カズマのお父さんはその向こう側に立ち顔を覗く窓をすっとあけた。

 そこには真っ白になり、頰がこけて、眼球まわりの凹んだ、カズマの顔があった。

 まるで別人のようだった。いや、そもそも何年もカズマの顔を見ていない僕にとって、その顔は、人生丸ごと縁を切られたような気分を催した。

 しかし、カズマの顔を見たその時、カズマが生きていた時の僕の中の記憶が、心臓にじわじわ、針を通されるように、蘇ってきた。

 ヨウジと三人で遊んでいた頃、リコと四人で仲が良かった頃、ヨウジが高校を離れて、リコと三人になった頃、すべてが心の中で鮮やかに色を取り戻した。あの時、カズマは何をしていた、一体何を考えていた、僕は、カズマの顔を忘れられない、いつもいつも、頭がいいこと、それを味方にして、後ろ暗く笑っていたカズマの顔を、僕は未だに忘れられていない、そんなことを気にするそぶりもないヨウジ、言葉にできるほど、気付けない僕、僕らの三角形を、外から見ているリコ、その全部を、カズマはきっと見ていた。

 カズマはずっと、何を考えていたんだろうか。

 もう、答えが何なのかもわからない。答えを聞くことも、答えを聞こうか悩むこともできなくなった。
 僕は、幼馴染が死んだのに、涙が出なかった。悲しいことには、間違いなかったけれど。しかし目から、涙なんてものは出てこなかった。いかにも降りそうなのに、結局降らないままでいる灰色雲が、心臓の周りをぐるぐる、纏わりつくような気分だ。涙の出ない僕が次から次へと 僕の前へ立ち塞がっていくような気分だ。

 何を今更、三年も、会おうとしなかったくせに。

 カズマにそう言われたような気がした。僕はものすごく、カズマに何かを言い訳を返したくなった。



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