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石油と独裁ー乗松享平「敗者の(ポスト)モダン」を読んでみた

ウクライナ戦争の開戦の動機を調べていたら、いつの間にかロシア現代思想に興味がわいてきました。動機と思想は直結していると思うからです。

まずはプーチンの脳と呼ばれるドゥーギンの論文を読みたいと思うのですが、その前に、ロシア思想研究者である乗松享平の論文「敗者の(ポスト)モダン」(2017年 雑誌『ゲンロン6』に収録)を読んでロシア思想を広く整理しておくことにしました。

日本の敗戦

浅田彰は早くも1987年には、日本のバブル景気と一体化したポストモダニズムの流行について、「子供たちは何らかの保護があって初めて『自由』に戯れることができる」と、指摘していたらしい。そこで想定されていたのはアメリカの保護のことだろうと乗松はいう。

日本は敗戦後、勝者アメリカのリベラリズムを受け入れた。そしてアメリカによって政治的に保護され、つまり政治的主体を失った状態で、グローバル経済において敗北を脱しようとします。政治的主体を失った状態は、まさに「子供」。しかし経済に専念できたおかげで、世界のトップに躍り出ることができました。

ロシアの敗戦

もうひとりの敗者、冷戦における敗者であるロシアはどのような道を歩いたのか。

エリツィン期
第二次世界大戦では勝利しましたが、ソ連崩壊によって敗者となりました。日本とは違い、アメリカからの保護を受けることはありませんでした。したがって政治的にも経済的にも混乱、敗北から自力で脱出する必要がありました。政治的にも、経済的にも(日本に比べて)明確な敗者とはならなかったこと、ただし生活は苦しかったことから、アメリカのリベラリズムを恨むようになったようです。そして、かつて東浩紀が指摘した、リベラリズムがリバタリアニズムとコミュニタリアニズムの対立へと変貌する事態がロシアで発生。実際エリツィンと反エリツィン派の対立が激化し、モスクワ騒乱事件が起きています。その対立の争点は新憲法の制定にあった。憲法では自由を導入するが、導入には暴力的強制が必要になります。つまり自由を導入する憲法が、専制的に導入される。こうしてリベラリズムが信頼を失う。日本の場合、暴力的強制をアメリカが担当したので、葛藤に悩むことはなかったのかもしれません。ロシアではリベラリズムはリバタリアニズムと同一視されるようになり、コミュニタリアニズムが台頭する。

プーチン登場
このような状況下にプーチンが登場します。プーチンはリベラリズムを敵認定(つまりアメリカとヨーロッパを敵認定)することになります。

ロシア民族主義と帝国的ナショナリズム

このような道をたどって、ナショナリズムが盛り上がります。ロシアで問題になるのは、民族としてのロシアと、多民族国家・帝国としてのロシアに二分されていることです。ロシア民族主義者視点では、ロシアは他民族に乗っとられてソ連になったという解釈になる。西欧思想にかぶれたユダヤ系知識人(マルクスなど)が首謀者であり、つまりは西欧に敗れてソ連になったのだと。

いっぽう帝国的ナショナリズムは、西欧に対しては敗者だが隣接地域に対しては勝者であると解釈します。プーチンはロシア民族主義に配慮しつつ帝国的ナショナリズムに近い方針をとってきた。ようするに(冷戦の)敗戦を受け入れない。ちょっとわかるような気がします。世界大戦では勝者で、しかもロシアはナチスから世界を救ったと言えなくもない。冷戦では敗れたけれども、これを受け入れたところで、西欧からは見放されたままなので、受け入れる理由がない。このような状況で、自らの敗北を積極的に受け入れるのは、無理なのではないかと思います。

日本の場合、敗戦により主体が去勢され、実質の主体はアメリカにあった。これによって政治的葛藤を処理する必要はなくなり経済に専念できた。いっぽうのロシアは敗戦したけれども主体が維持されたので、政治的には敗戦前の状況を否定する必要はない。だから帝国的ナショナリズムが維持される。

ロシアのリベラリズムとコミュニズム

初期プーチン政権期には原油価格が高騰したことで経済状況が改善します。これによって中東産油国のようなレンティア国家的性格(石油を根拠にした独裁国家)が強まります。実際チェチェン紛争での強硬策のようにリベラリズムから離れた権威主義的な体制が支持を集めます。労働力を必要とする石炭とは違って、石油はほとんど労働力を必要としないので、民主制に向かっていかない。かわりに独裁制に向かいます。さらに資源に恵まれた自国の選民意識が強化されるとのこと。

ところで、石油生産量のトップはアメリカです。アメリカでは民主制が維持されていると思われるのですがなぜなのか。石油管理を民間に任せているからなのか、それとも違う理由があるのか。謎です。今後の課題にしたいと思います。

日本の場合、政治的保護者であるアメリカの庇護によって経済活動に専念できました。いっぽうロシア国民の保護者はプーチンでした。プーチンは経済を政治に従属させ管理しました。どちらの国民もいつか大人になって、アメリカやプーチンという保護者から自立できるでしょうか。

2011〜2012年にモスクワで大規模な反プーチン・デモ勃発。ロシアでも自立の動きがみられました。しかし、石油をプーチンが抑えている以上、容易ではありません。実際二年後のウクライナ危機によってナショナリズムが燃え上がり、政権支持は八割超、クリミア併合批判者は吊しあげに合う。

今回読んでいる「敗者の(ポスト)モダン」は2017年に書かれました。乗松は、ロシアは解体へと向かうのか、ますます堅固になるかはわからないとこの論文の末尾に記しています。そして2023年、現実は後者を突き進んでいます。

誰かが「オリンピックの屈辱はオリンピックでしか返せない」的な言葉をどこかで発していたような気がしますが、ひょっとして「敗戦の屈辱は戦争でしか返せない」というような考えが私たちには刻まれているのかもしれません。なんとか一刻も早く「敗戦の屈辱は戦争とは違う○○で返すことができる」の○○を見つけたいところです。特に日本は当事者です。アメリカに見捨てられる前に見つけないとかなり痛い目にあうような気がします。ウクライナ戦争では団子より花が優先されることがあることを学びました。トランプからは、アメリカの半数くらいは自国ファーストであることを学びました。私たちに残されている時間はあまり長くないかもしれません。

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