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ふたつのタタールスタンー櫻間瑞希「国境を超えた結束と分断の狭間で タタール世界から見るロシア」を読んでみた

ここのところロシア関連文献(政治、思想、サブカル)ばかり読んでいます。今回はロシアの周縁?に当たるタタールスタン共和国からウクライナ戦争を考える論考「国境を超えた結束と分断の狭間で タタール世界から見るロシア」(櫻間瑞希 2023年 『ゲンロン14』に収録)を読みたいと思います。

地域と民族、ふたつのタタールスタン

ロシア連邦は83の連邦構成主体から構成されていて、タタールスタン共和国はそのひとつです。タタールスタン共和国はタタール人の民族共和国。ロシアにおいてタタール人は民族ロシア人に次ぐ人口であるとのこと。ロシアの国勢調査によると、自身をタタール人と認識する人は471万人、そのうちタタールスタン共和国に暮らしているのは約200万人。そのタタール共和国に住むタタール人は人口の約半数。つまりタタール人は他の民族とともに暮らしているようです。

タタールスタン共和国の民族比率は
タタール人    52.2%
民族ロシア人39.3%
その他              8.5%

信仰は
タタール人の多く   ムスリム
民族ロシア人の多く     正教徒

となっています。

1980年代のペレストロイカ期、多くの共和国がソ連から独立したけれども、タタールスタン共和国の前身のタタール自治共和国は独立ではなく主権宣言によって権限拡大を目指しました。タタール人の多くはこのポジションに賛成のようだけれども、彼らの念頭にはチェチェンがあったからみたいです。1990年に独立を宣言した結果、泥沼の戦争に突入することになったチェチェン。

チェチェンのケースが念頭にあって、民族ロシア人が約4割もいたら、そりゃ独立しない途を選択するのも無理はないと思います。

ちなみにウクライナの民族構成は
ウクライナ人 77.8%
ロシア人         17.3%
(外務省ホームページ参照)

プーチン支持とウクライナ難民受容、ふたつのタタールスタン

プーチンがウクライナへの「特別軍事作戦」決行を表明したとき、ロシア国内の共和国の首長たちの反応には以下のような選択肢がありました。

1)即「特別軍事作戦」支持
例:サハ共和国

2)即「特別軍事作戦」支持しかしその前にウクライナやクリミア半島からの難民の受け入れも表明
例:タタールスタン共和国

3)しばらく沈黙も最終的には「特別軍事作戦」支持しかし首長の妻は反戦メッセージをSNSに投稿
例:バシコルトスタン共和国

タタールスタン共和国は、ロシアから身を守りながら、ウクライナ難民を助けます。命を最優先に考えるとこのような態度になりそうです。ウクライナ難民を助けることは将来自分たちを助けてもらうことにつながるのではないかと思います。世界的に極右勢力が拡大してきていることを考えると、たいへん貴重な存在です。民族や宗教が偏らないことによって生まれる希望がありそうです。

伝統の消失と復興、ふたつのタタールスタン

希望があれば絶望もあるのが世の常。

首都カザンの目抜き通りの商店街ではタタール語はあまり通じないらしい。タタールスタンに住む民族ロシア人のほとんどはロシア語しか知らない。さらにタタール人にもタタール語を知らない人は多いらしい。タタールスタンはロシア連邦に含まれるので、政治、経済、教育などの分野ではロシア語が優位になるようです。社会的上昇を目指すにはロシア語が有利なので、親は子にロシア語教育を受けさせたがる。

日本も人口が減って、内需だけでは食えなくなると移民を入れるか、グローバル経済圏に入るしかないから、同じような道を歩むのかもしれません。日本語や日本文化大好きな移民が増えれば維持できるかもしれないから、まずはこれを目指すべきでしょうか。

とはいえタタールスタンも黙って見ているわけではありません。伝統行事や
文化行事の開催支援、タタール語学習機会の提供、民族アンサンブルの活動支援、在外タタール人学生のタタールスタン派遣プログラム、在外タタール人に対するタタールスタン共和国への移住と就労支援プログラムなどを行います。タタールスタン共和国はあくまでも拠点であって、世界中のタタール民族や文化を支援することによって伝統を維持する。そしてロシアによる「特別軍事作戦」下で苦しむロシアやウクライナに住むタタール人を支援する。

タタールスタン共和国から学べることは多いかもしれません。

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