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開戦前にバルスを仕込むー上田洋子「ネットとストリートの戦争と平和」を読んでみた

ここのところ小泉悠のウクライナ戦争関連書や雑誌『ゲンロン』のバックナンバーに掲載されているウクライナ戦争に関する座談会やロシア現代思想関連論文を読んでおりましたが、一段落したので、最新刊の『ゲンロン14』(2023年3月)を読みはじめました。魅力的な鼎談や論考が多々ありますが、今回もウクライナ戦争に関する論文があるので、まずはこれから読みたいと思います。

今回読むのはロシア文学者でゲンロン代表の上田洋子の論考「ネットとストリートの戦争と平和 ロシアの反戦アクティヴィズムについて」です。
この論考を読むと、まさに今、ロシアでどのような反戦運動が起きていて、それに対して国家がどのように取り締まっているのかを知ることができます。だから、万一、日本が戦争を起こしたり、巻き込まれたとき、ひとびとが、どのような活動や発言をすると、どのような事態になるのかを知るための参考になるのではないかと思います。

矛盾する情報

ロシア正教会の総主教がクリスマス前日の正午から36時間の停戦を呼びかけたところ、プーチンはこれを支持。ウクライナはこれを信じない。世界のメディアも信じない。当然だと思います。開戦した国が停戦を呼びかける?信じる方がどうかしていると思います。
したがって、ロシアからは停戦しているというニュースが流れ、ウクライナからは、攻撃は止まないという矛盾した情報が流れる。停戦期間中に、実際に住民2名が死亡したらしい。

仮に、日本が戦争主体になったとき、私はいったいどこから発信されるニュースを信用すれば良いのでしょう。

反戦運動と取締り

リベラルな運動体「春」は反戦運動を展開している。たとえば独ソ戦の戦勝記念日のデモで、ウクライナ戦争の惨状の写真や、反戦メッセージを掲げるよう参加者に促したらしい。すると市民に対する人格と権利侵害、違法な行動の煽動という罪で起訴されるようだ。その後、過激派認定および外国エージェント認定(国家の利益や方針に反する活動を行っているとされるエージェント。認定された者は、発言に外国エージェントであることを明記しなければならない。)される。

また、特定の日時に反戦プラカードを持って街頭に立つピケという運動を呼びかけたのだが、街に警察が多数出ていて、拘束されるリスクが高いと判断されると、方針をかえて、より安全な行動を促した。たとえばウクライナ戦争参加を拒否して拘束された兵士の釈放を要請する署名運動への参加、動員を逃れることを促すビラの配布やSNSでの情報の拡散などである。

安全?ホントに安全なのでしょうか。少しはマシというだけで、彼らは命懸けなのではないでしょうか。だから尊敬します。でも残念ながら、このような草の根の運動がどこまで効果をもつのか疑問です。

SNSと取締り

2022年3月ロシア政府によってツイッター、インスタグラム、フェイスブックが遮断されます。それでもVPNを利用してアクセスしている人がロシア国内にもいるらしい。もちろん政府はVPNを取締るが、限界はあるらしい。

2022年3月ロシア政府はロシア軍に対する名誉毀損を行ったものを取り締まれるように法改正を行った。違反者は最大15年の拘束。結局独立系メディアのWebサイトは遮断され、ジャーナリストは国外から発信せざるを得なくなる。どうやら国内のメディアは全滅するようです。ただロシアには匿名がOKなSNSプラットフォーム、テレグラムがあるらしい。「春」はここから反戦運動写真などを集めている。テレグラムには反戦を訴える情報もあれば、愛国派の情報もあって、それは閉鎖的で、カオスで、アングラなプラットフォームなのだという。

そういえば雑誌『ゲンロン』を発行している株式会社ゲンロンはシラスという動画プラットフォームを自社開発しています。このプラットフォームは有料(閉鎖的)です。人文科学、自然科学、芸術、ビジネスなどさまざまな分野のチャンネルが多数あります。もしかしたら、ゲンロンはこのような事態に備えているのかもしれません。

「春」の活動

「春」の公式Webサイトは現在見ることができないらしい。テレグラム、ツイッター、インスタグラム、フェイスブックが主戦場で、そこに安全な反戦運動の具体的なやり方がポストされていく。監視カメラの逃れ方、活動場所への向かい方、画像の共有のしかた、弁護士の連絡先などである。

反戦運動がどこまで有効なのかは分かりませんが、具体的な行動のしかたを指南してくれるのは、とてもありがたいのではないかと思います。多くの市民は戦時の活動ノウハウを持っていないでしょうから。できれば海外への脱出のしかたや、国から召集された時の回避のしかた、食料取得方法などを教えて欲しいですね。

そういえば、出版社ゲンロンは、ある民間人(東京の町工場の社長)が太平洋戦争をどのように生き抜いたのかそのノウハウ書にもなっている『世界は五反田から始まった』(星野博美 2022年)も刊行しています。そこにはたとえば大空襲で自宅周辺が焼け野原になったとき、どのようにして、かつて自宅があった場所を確保するのか、とか、他人にその土地を奪われてしまった場合でも、奪った者は、近隣の視線に耐えられず、その土地に長く住むことができないといった戦争を経験しないと決してわからない生活が書かれていました。ゲンロンは、着々と戦時の対策をしているのかもしれません。

バルスを仕込む

本論文を読んで思いました。日本にとって平時の今こそ、バルス(映画『天空の城ラピュタ』に出てくる滅びの呪文)を仕込んでおけないものでしょうか。防衛以外の理由で戦争を開始したら、その政権が崩壊する仕組み。このような仕組みがあれば開戦することはありませんね。
でももしかしたら、開戦のきっかけとなった行動が、防衛目的だったのか、そうではなかったのかということすら、私たちは合意できないかもしれません。そしてなぜか日本国内で争いが起きるような気もします。今のうちに日本全体で合意をとる練習をしておいた方が良いのではないでしょうか。バルスの仕込みといっしょに。

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