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リセットとは殺すことー東浩紀『クォンタム・ファミリーズ』を読んでみた※ネタバレあり

前回読んだ『構造素子』(樋口恭介 ハヤカワ文庫 2020年)から「あなたのまえに『クォンタム・ファミリーズ』がある」と言われたような気がしたので、読み直しました。『クォンタム・ファミリーズ』(東浩紀 新潮社 2009年、河出文庫 2013年)。

構造とあらすじと感想を書きます。

※以下ネタバレあります。



構造とあらすじ

物語外1

2008 葦船、航空機爆破テロ未遂容疑で逮捕。

葦船経歴
1972 東京生まれ
父はサラリーマン、母は主婦、妹一人
1990 東大入学、演劇サークル
1997 作家デビュー
1999 ゆりかと結婚 T大助手になる

ゆりかのウィキペディアの内容
1967 埼玉県生まれ
父考哉は有名作家、かつ右翼活動家などと接点あり
1999 葦船と結婚
2003 考哉死亡
2004 出版社退職、児童文学作家に
2008 葦船逮捕
2009 葦船脱走、行方不明
2013 ゆりかが書いた考哉伝記ベストセラー
児童文学「汐子の最後の願い」文学賞受賞
2025 オルタナティブスクールもりとなかよしのしま設立

物語

2007年。葦船とゆりかの夫婦関係はうまくいっていません。ゆりかは心療内科に通っています。
そんな時、葦船は娘(名は風子)と名乗る者からメールを受信します。風子は2035年からメールを出していると言います。

風子の父の葦船は2008年にテロに巻き込まれて死んでいました。そして風子の世界では並行世界と通信できるようになっていました。

2008年。葦船は風子から考哉の別荘へ行くよう指示されます。葦船は考哉の別荘に行き、そして東京に帰ります。空港にはゆりかと3才の娘(風子)が待っていました。ゆりかと風子は実に幸せそうでした。葦船はいつのまにか別世界にいました。

葦船とも風子とも異なる並行世界に息子(名は理樹)がいます。理樹の世界の葦船は自殺していました。理樹の世界では並行世界に対する理解が風子の世界より進んでいて、2035年の理樹の世界から同年の風子の世界を経由して理樹自身の2008年の世界と通信することができました。通信するだけではなく、人間の精神を任意の人間の身体に転送することもできました。理樹は2008年の風子の世界の葦船と自分の世界の葦船を入れ替えることによって、それぞれの不幸な現実を変えようとしたのでした。

そして、2008年。風子の世界の葦船と理樹の世界の葦船は入れ替わります。

葦船は風子の世界で一見幸せな生活を過ごします。しかしこちらの世界の葦船も問題だらけでした。葦船は4年前、ある女性(名は渚)を妊娠させ、流産してしまっていました。しかも幼少時の渚に高校生の葦船は性的暴行をおこなっていました。ゆりかもそのことを知っています。そしてその世界の交換前の葦船はテロリストでした。日本とアメリカで同時爆破テロを実行する予定でしたが、その直前葦船が入れ替わってしまったためテロは起きませんでした。

ちなみに葦船交換後の理樹の世界では、葦船はテロ未遂で逮捕されます。

風子の世界のテロ協力者(名は新)は葦船交換後も存在します。新は改めてテロを実行します。かつてテロリストだった葦船のシナリオ通り、ショピングモールを爆破し、ゆりかと風子も殺します。この事態を防ごうと現場には2035年の風子と理樹の精神もやってきていましたが防ぐことはできませんでした。

その時2036年のゆりかが、テロ現場の葦船、2035年の風子と理樹、2008年の風子、それぞれの精神をゆりかの世界に転送します。身体はそれぞれ2036年の新、新と渚の子1、同2、新と渚の孫が与えられました。ゆりかは、この量子家族たち全員で暮らすことを提案しますが、2035年の風子と理樹は受け入れません。彼女らは元の世界に戻すよう要求します。

ゆりかはみなを戻すまえにカミングアウトします。ゆりかの世界は葦船が2008年テロ未遂で逮捕された世界であることを。そこでは渚は葦船の読者であり、ゆりかの良き支援者でした。しかしその渚と逮捕後行方不明になっていた葦船がある日一緒にゆりかの前に現れます。ゆりかは渚に嫉妬しつつも三人は共に暮らしはじめます。

そんな時、ゆりかは風子の世界をのぞき見ます。そこのゆりかも渚へ嫉妬しており、渚へ対抗するために娘を育て、葦船に復讐するために、考哉の人脈を使って葦船をテロリストにしようとしていました。

2036年の世界ではゆりかは渚の居場所を奪いました。そして渚と葦船は心中します。

ゆりかが理樹と風子を戻そうとしている世界はすでに存在していませんでした。2036年のゆりかの世界は、葦船交換後の理樹の世界でした。つまり理樹が望んだ世界。理樹を妊娠する前に葦船が逮捕された世界。理樹が生まれなかった世界。風子の世界の風子はテロですでに死んでいます。2035年の風子は存在しません。ゆりかは葦船が交換されていることを知らなかったので、このことに気づいていませんでした。

では誰が2036年に家族が全員集合している世界をつくったのか。理樹は2035年の風子が育てていた携帯端末のAIである汐子であることに気づきます。汐子は、家族はみんなうちに帰るものと葦船が残した児童文学草稿から学習していて、それを実現しようとしていました。そして汐子も、葦船、風子、理樹と一緒に2036年のある物理メモリに転送されました。そのメモリを起動すれば世界を再構築できると考えられますが葦船はこれを破壊します。そして風子と理樹に計算するな、感じた通りに生きろ、そして家族全員で生きていこうと言い残し死んでいきます。

物語外2

葦船経歴
1989 葦船性犯罪
1999 ゆりかと結婚できず 同棲開始
2003 考哉死亡
2004 性犯罪をゆりかに告白 ゆりか妊娠 汐子誕生
2008 葦船自首

感想

読んでて楽しい

『構造素子』は『クォンタム・ファミリーズ』だけでなく『存在論的、郵便的』(東浩紀 新潮社 1998年)のオマージュにもなっていると思いました。だから『構造素子』は抽象度がとても高くなったのではないでしょうか。一方東は抽象的な理論の説明を『存在論的、郵便的』に譲り、『クォンタム・ファミリーズ』ではエンタメに徹することができたのではないかと思います。だから『クォンタム・ファミリーズ』の方が読んでいて楽しい。とくに妻と娘にたどり着くために爆破されるショピングモールの中を進むシーンは何度読んでも胸が熱くなります。

リセットとは殺すこと

リセットとはリセット前の物事を消去することです。リセットして何かをクリアしたとしても、代わりに何かを殺します。葦船を交換すると、理樹の世界ではゆりかへの暴力がなくなりますが、理樹は生まれなくなります。風子の世界ではテロに巻き込まれてゆりかも風子も死んでしまいます。何度リセットしても結局人間は死ぬということでしょうか。

このことに気づいた葦船は、物語内でリセットのない世界を生きようと訴えます。そして物語後に配置されている物語外2では、葦船は過去の性犯罪と向き合い自首します。リセットした世界よりきっと幸せな世界だと思います。

父と時空を超えた娘の話に心惹かれる

この記事を書いているとき、たまたま『ドライブマイカー』(濱口竜介監督)を観ました。驚きました。『クォンタム・ファミリーズ』にとても似ていて。どちらも満身創痍の父親が時空を超えた娘と出会い直すことによって父も娘もなんとか踏みとどまって生きていけるという話しだったのではないかと思います。そういえば『インターステラー』(クリストファー ノーラン監督)も似た構図でした。父というか主体は満身創痍。それを娘の幽霊が救う。神話的想像力では息子は父を殺して父の座につくもの。娘は父を改めて父にする存在なのでしょうか?娘とはいったい何なのか引き続き考えたいと思います。

次回は『ドライブマイカー』について書いてみたいと思います。





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