~自分紹介~【小学校編】
幼稚園のときの僕は「泣きむし」ということでした。
続いて小学校のときの僕をご紹介します。
小学校のときの僕は、ずばり「はっきりものが言えない性格」でした。
この「はっきりものが言えない性格」は今も多少ありますね。
いや、今の友達には「そんなことないやろ」って言われそう(笑)
今回のエピソードは2個あります。
①野球の話
②クモンの話
①野球の話
小学生の時は1年生から6年生まで野球をしていました。
「あ、ちっちゃいころから野球好きやったんやな」って思いますよね。
僕は野球がだいっっっっっっっ嫌いでした!(笑)
「じゃあなんで6年間も野球してたん?」ってなりますよね。
辞めたいとはっきり言えなかったからです。
順を追ってお話していきます。
まず僕には4つ上の兄がいるんですが、兄も小学校1年生から野球をしていました。
母親はチームのお茶当番、父親はコーチをしていました。
当時、幼稚園に通っていた僕は親についていって小学校で遊んでいました。
お兄ちゃんの友達が遊んでくれるし、お母さまたちはお菓子とかジュースをくれるし。
とりあえずお兄ちゃんの弟として可愛がられていました。
コーチ、監督ともちょくちょく絡んでいたので
当然、「かずくんも野球するよなぁ~?」のムードです。
僕は特に野球をやりたいとも、やりたくないとも思っていなかったので
気付いたら野球チームに入っていました。
野球をやってみたときの感想はこんな感じです。
・ボール怖すぎ
・低い姿勢しんどすぎ
・バット重すぎ
・自分ちからなさすぎ
・とりあえず手痛すぎ
まぁ楽しくなかったです!(笑)
虫が大好きだったので低学年の時は隙あらば虫取りに行っていました。
野球<虫
学年が上がるにつれて同級生も増えてきて、
一番最初にチームに入った僕がキャプテンになっていました。
改めて見てくださいこの写真。
走るの遅そうやし、ちからなさそうやし、なんか眩しそうな顔してるし。
太陽反対におるのに眩しそうな顔すな。
はい。ずっと辞めたいと思っていました。
でも言えなかったんですよね~。
辞めたらみんなになんか言われるんちゃうか、お母さんに怒られるんちゃうか。
それで結局6年生まで野球を続けました。
以上が野球で「はっきりものが言えない性格」のお話でした。
次はクモンの話です。
②クモンの話
2年生から5年生はクモン、6年生からは進学塾に行きました。
正直、お母さんに行けと言われたから行ってました。
まぁーーさぼりましたね。
宿題をせずに遊びに行く→お母さんに怒られる
勝手に休む→お母さんに怒られる
当時の僕は思ってました。
「いや、なんでバレんねん!」
お母さんは嘘を見抜く力がすさまじかったようです。
確かに「嘘だけはつくなよ!」と育てられていました。
そのおかげで今となっては正直な人間に育ちました。
大事なことなのでもう一度言います。
今となっては正直な人間に育ちました。
ただ、そのクモンも塾も辞めたいと言えないまま最後まで続けました。
(クモンでも問題が解けずなかなか帰れないのですぐ泣いてました(笑))
塾については中学校の時のほうが濃かったので
詳しい話は中学校編で話します。
以上がクモンでも「はっきりものが言えない性格」のお話でした。
noteを書きながら振り返っていると
「ほんまにはっきり言われへんかったなぁ~」って思います。(笑)
今となっては野球、塾を続けたことによって最高の友達ができたので続けてよかったなと思います。
ただ、改めて野球をさせてくれた、塾に通わせてくれた両親には感謝ですね。
「急にいい人ぶるやん。」とか言わんといてください。
いよいよ社会人になったし、親孝行めちゃめちゃしよう。
以上で小学校編は終わりです。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
次は皆さんお待ちかねの中学校編です。