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『サザンクロス ラプソディー 』vol 12

俺がいつもの小カジノのスロットマシンで遊んでいると、マイがやって来た。

「ヤマさん。相談があるんだけれど」

俺の顔を覗き込むようにして声をかけてくる。

そういえば最近姿を見かけなかったな、と思いながら、珍しく真面目な顔でそういうマイに、『こいつ、こういう顔も出来るんだな』と俺は妙に感心していた。

マイは寄り目の変顔が大得意、それと、小悪魔のような笑顔を振り撒いて、男たちを骨抜きにしている自由奔放な女というイメージを俺は持っていた。

マイのこんな表情は、初めて見たかもしれない。
綺麗に整った顔をしている。

「なに?相談って」

スロットを打つ手を止めて、マイに向き直る。

両替して遊んでいた20セント硬貨がちょうど無くなったところだった。

マイはすこし困り顔で、男どもの方をチラリと見やり「ここじゃ、ちょっと」と声を潜めた。

「じゃあ、場所を変えようか?どこがいい?近くの飲み屋にでもいくか?」

マイは可愛らしくコクっと頷いた。

「帰るから。じゃあ、またな」
俺は男どもにそう声をかけると、階段を下りていった。

『今日は寄っていかないの?』といわんばかりの、男どものテーブル席からの熱い視線に、マイは会釈をすると俺のあとに続いた。

外に出ると店の入口のすぐ横で、アカリがひとりで伏し目がちに俺たちを待っていた。

「すいません、ヤマさん。話があるのは私なんです」

アカリもいつもと雰囲気が違う。

俺たち3人は、キングスクロスの中心からすこし離れた、売春宿が数多く点在する地区にある薄暗いバーに入った。

ひとりで静かに飲みたいときにはここに来る。

カウンターまで行き、ショートカットの女性の背後から手を添えて、今にもろくろを回し出しそうなイケメン俳優似の、喧嘩がいかにも強そうなバーテンダーから飲み物を受け取り、テーブルに戻る。

「まず、乾杯!」そういって、ジン・トニックで、喉の渇きを潤す。

「それで、話ってなに?」

ふたりにそういうと、アカネはマイに目配せをした。

マイは頷くと、一呼吸置いて話し始めた。

「実はね、アカネはゴロウがスキなんだって」

「ああ、そうだろうね。俺は気づいていたよ。そうじゃないかと。それで?」

「けど、ケンタから誘われたんだって」

「いつ?どこで?」

「先週、あのカジノで2人きりになったときに、今度ふたりで出かけないかって誘われたんだって」

「そんなのハッキリといえばいいんじゃないか?ゴロウが好きだから、ケンタごめんなさいって」

「そんな簡単じゃないよ」

「いや、それはいわなきゃ」

肩を落としてうなだれているアカネに代わって、マイは俺に食って掛かる。

「だって、ケンタはゴロウと仲がいいんでしょ?」

確かにそうだった。厨房の連中はみんな仲が良かったが、このふたりは特に馬が合っているみたいだった。いつも互いに冗談ばかりいい合っている。

「それで、俺にどうしろと」

「それとなく、ふたりに伝えて欲しいの」

「どんな風に」

「たとえば......『アカネはゴロウが好きみたいだぞ。マイはアカネがゴロウの話ばっかりするからもういい加減コクればっていったらしい』なんてどうかな?」

上手いこというな、と俺は思った。

「マイ、おまえ『あんたたちお似合いだから付き合えば?』なんて冗談めかして軽くふたりに向かっていえそうなもんだが......」

そういうとマイは、ぷうっと頬を膨らませて、すこし怒ったように言い返した。

「ヤマさん......わたしのことすごく誤解してると思う」

「誤解ね......6階じゃなくて?」

「なにそれ?面白くないからっ!」

冗談はここまでにしておくか。

「マイがさっきいったやつ、あれそのまま使わせてもらっていいかな?」

「いいよ。それじゃ、お願いしてもいいんだね?」

「ああ、それとなく伝えるよ。効果があるかどうかはわからないけど」

「ヤマさん、ありがとう」

アカネはホッとしたようにやっと笑みを見せた。
ここで、俺は気になったことをふたりに訊ねた。

「ところで、ふたりは昔からの知り合いなのか?なんかお互いのことよくわかっているみたいだけど」

「さっすがーっ!ヤマさん」

よくぞ訊いてくれましたとばかりに、マイは俺の肩をポーンっと一度叩くと、身を乗り出して話し始めた。

「もともと私たちって小学生の頃からの幼馴染みなんだ。オーストラリアにも一緒に来て、最初は一緒に住んでいたんだけど......」

「喧嘩して、マイがいま住んでいるところをわたしがちょっと前に出たの。あまりにも衝撃的な光景を見ちゃって」

マイの話に割って入ったアカネは、さっきまでとはうって変わって面白いように饒舌になった。

「衝撃的って?」

「アカネ、やめてって!」

横から、マイが片手でアカネの口を塞ごうとするが、アカネはその手のひらを払いのけて止めない。

「だって、マイったらふたりで住んでいたフラットに男連れ込んだんだよ。マイと彼がエッチしているところを見てしまったの」

「ひどいよ、アカネ。なんでそれいうの?......」

マイは顔を真っ赤にしてうつ向いている。

俺はそんなマイの姿が可愛くて思わず笑ってしまった。

「それは、それは。びっくりしたろうな、アカネ」

マイはその彼とはこの一件が尾を引いて別れたという。

「あれっ?ヤマさん、これ聞いて引かないの?」

「何に対してだよ?」

「マイにさ」

マイはまだ顔を真っ赤にして顔を上げられずにいる。

「そんなこともあるだろう。彼がいればエッチだって普通にするだろうし。ただ、親友に見られるっていうのは、俺は勘弁だけどな」

やっと顔を上げたマイは、

「ひどいよ、アカネ! あんたのために力を貸してあげてんのに、そんなことまでバラすなんて!」

マイは怖い顔でアカネを睨んでいる。

「まあまあ、マイ、落ち着いて。俺はそんなことを聞いても、マイのことを嫌いになんかならないから」

「えっ!ヤマさん。わたしのこと好きなの?ねえ、好きなのっ!」

マイは大きく目を見開いて、顔を俺に近づけると、問い詰めるように訊いてきた。

「ああ......」

俺はその勢いに押されて、思わずそういってしまった。

「おめでとうマイ。カップル誕生だねっ!」

すかさずアカネがいい放った。

『カップル誕生って......おいおい、何言い出すんだよ』

「ありがとう、アカネ」

マイはアカネに軽やかに頭を下げると、少女のような微笑みを俺に見せ、
「ヤマさん、末長くお願いしますっ!」
そういって、深々と頭を下げた。

『俺って、結婚するのか?......なんでこうなる?』



昼の賄いを食べ終えて休憩しているときに、俺はマイのことばをそのままみんなにそれとなく伝えた。

「アカネはゴロウが好きみたいだぞ。マイはアカネがゴロウの話ばっかりするからもういい加減コクればっていったらしい」

「えっ!」とゴロウは一瞬驚きの声を上げたが、すぐに「そうなんですか......」とすこし恥ずかしそうに微笑んだ。

ケンタは「えっ!」と声を上げ、一瞬表情を曇らせたあと、作り笑いを浮かべながら、「やったじゃん」とゴロウの肩を抱いた。
そして「アカネのこと、好きだといってたもんな」と寂しそうに声を落とした。

俺は、ちょっと出てくるといって、外の公衆電話でマイから聞いていた番号に電話した。

ゴロウとケンタにそれとなく伝えたことを告げる。

「ありがとう、ヤマさん。お礼はわたしのからだでいい?」

マイは、受話器の向こう側でケラケラと笑いだした。

『こいつ......』
マイのことはいまだによくわからない。

オーストラリアでは使える公衆電話を探すのに苦労する。
壊れた電話の方が遥かに多い。

こちらの公衆電話からは、直接、日本の実家まで電話することができた。電話を取るのは必ず母なので「俺だけど、元気にしてる」といい「元気だよ」と返事をきいたら「またね」そういって受話器を置く。20セント硬貨5枚で事足りた。

自動販売機なんて、街中で見かけることはほとんどない。
何らかの施設の屋内で見かけるくらいだ。
なぜなら、小銭狙いの連中に壊されるからだ。

俺は、つくづく、日本という安心、安全な国に生まれて幸せだったんだな、と思ったもんだ。

それからすぐに、ゴロウからのアプローチでふたりは付き合い始めた。

そのことをゴロウから聞かされたケンタは、その後すぐに店を辞めた。

「そんな、今週いっぱいで辞めますなんて、あんまりだよ。せめてもう少し早くいってもらわないと」

「ワーホリだから色んなところへいきたいんです。すみません、急で」

困り顔のユキさんに、そういって、ケンタは押し切る形で店を辞めた。
お別れ会をしよう、という俺たちからの申し出も断り、去っていった。

ケンタも本当にこころの優しい良い奴だった。たぶん、傷ついたんだろうと思う。
しかし、それも時が経てば、懐かしい青春の思い出になるだろう。



休みの日、昼飯を食べようと花時計にいくとあのミクがいた。

「ヤマさん、久しぶりっ!」

満面の笑みでそういうミクは、かなり雰囲気が変わっていた。

見るからに派手、髪は黒髪から茶髪に変わり、以前の清楚なお嬢様イメージのミクとは打って変わっていた。

いわゆる、『遊んでいます』そんな感じだ。

俺がそういう目で見ているのを察したのか、

「なに?びっくりした?」

そういって、笑いだした。
キヨさんもかなり驚いていたみたいで

「人って......変わるもんだよね」

と感慨深げに呟いた。

「会いたかったよ。ヤマさん」

「俺もどうしているかな?と気にかけていたが、日本の連絡先を聞いてなかったからな。手紙も出せなかった」

「それは、お互い様だから」

「まあ、こうしてまた会えたんだから、良かったよ」

ミクがホームステイの期間を終えて日本に帰る前に、ここ花時計で別れのあいさつを交わしてから、ちょうど1年が経っていた。

『ミク、この1年でいったいおまえに何があったんだ。すごく気になるんだけど』

俺はキヨさん自慢の、味噌カツ定食を食べ終わると、ミクとふたりで、あの公園に向かった。

「あそこに座ろうよ!」

ミクは俺を置き去りにして駆け出した。

前にふたりで座って話をした、同じ木の下だった。

ミクの顔をまじまじと見る。
あの頃の面影は、わずかに三白眼の瞳の色に残っているだけだった。

ハッキリいって別人28号だ。

「おまえ、本当にあのミクか?」

「あれから、色々あったから」

そういって、ミクは声を上げて笑いだした。

彼女の話によると、仕事で始めたSMの女王様にどっぷりとハマったという。

『ああ......』

俺は、ミクのその姿を想像した。

『人って成長するものだけれど、ミク、おまえにはそちら方面には才能を開花して欲しくなかった......』

「ヤマさん、なにかいいたそうね?」

俺のこころのなかを見透かしたのか、ミクは俺の顔を覗き込んでクスッと笑った。

「いや......別に......。ただ、SMだなんて、そんなこと俺にいわなくていいのにと思っただけさ」

「いいや、ヤマさんには何だかいい易いしさ、わたしがどれだけ変わったのか知っていて欲しいんだ。だって、清純な......アハッ、ごめん。ウブな頃のわたしのことを知っている人ってここにはもう、あまりいないからさ」

ミクには、彼女には失礼だが女を感じない。
それは、ミクも同じらしくただの茶飲み友だちみたいなものだ。

それから、この1年の間、互いに起こった出来事を話した。

俺が、ワーキングホリデービザ、婚約者ビザ、テンポラリービザとビザの種類を変えたことを伝えると、「ヤマさんらしい」そういった。

「いま住んでいるキングスクロスから別の地区に移ろうと思っている。最近、オーストラリアにいても日本にいるのとまったく同じに感じて、環境を変えようと思っている」と俺がミクに伝えると「心当たりがあるからそこに住まない?」と勧めてきた。

なんでも、以前ミクがホームステイしていたホストファザーの弟の持ち家があるらしくそこはどうかと訊かれた。

家賃もいまのところより安く、4部屋あり、共有部分を含めるとかなり大きな家だそうだ。

「じゃあ、部屋の件はあとから連絡するから」
そういって、ミクはバタバタと帰っていった。

今回は俺に日本の彼女の実家の住所をメモに書き留めて渡してくれた。

手を振りながら去っていくミクのうしろ姿を見送りながら、男どもを虐め辱しめる、ミクの艶かしい姿を想像してみる。

『女王様ねぇ......はぁ......』

俺はため息をひとつついた。



「ヤマさん、末長くお願いします」

と神妙な面持ちでささやいたマイだったが、あの夜以降、別に何も先に進みことはなかった。

マイは不思議な女だ。

俺はマイを嫌ってはいなかったが、イブのときのようにすぐにそんなにはのめり込めなかった。

男と女の関係になりたいとも俺自身思っていなかったし、なにしろ、働く時間が長すぎる。

オーストラリアでの生活を思いっきり楽しむために来ている女の子と付き合ったとしても、あちらこちらへ連れていってやれる暇がなかった。

なにしろ、車も持っていない。
それどころか運転免許さえここでは持っていなかった。

ましてや、マイのように男慣れしている女ならなおさらのことだ。

マイは俺が厨房の連中と遊んでいると、アカネと一緒にいつも現れる。

かといって、俺とは最初にあいさつを交わし、そのあとは、男どもと楽しそうに飲んでいる。

俺はひとりでスロットをたたいている。

そのあとは、帰るときにあいさつに来るまで、俺のとなりに居るわけでもない。

俺は男どものなかのひとりをマイは好きなんだ、とばかり思っていたが、そうでもないらしい。

なんだか、よくわかなかったが、今のところは顔見知り以上、友だち未満という関係性だった。





ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

話は続きますが、不定期更新なので、次はいつになるのか今のところ未定です。ご了承ください。

尚、全く違った作品も間に投稿する予定です。これについても、予めご了承ください。


この作品は、1987年頃の物語という設定ですが、実在する人物、店舗、団体、地名などとは一切関係ありません。


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