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『サザンクロス ラプソディー』 vol 6

ミサに頼まれていた、外国人の友だちを紹介してくれという要望に答えて、マックスと言うオーストラリア人を紹介することにした。

今日は、12月31日。夜7時。
ミサのフラットで彼女が手料理を振る舞ってくれる。
エイイチとケンゾウはそれぞれの友だちと年越しを祝うそうで、ここにはいなかった。

俺とイブとマックスの3人でミサのフラットに押しかけていた。

「さあ、入って」

今夜のミサは、薄く化粧もして、明らかに大人の女性を意識させる雰囲気を纏っていた。
ミサのスカート姿なんて初めて見た。
所作も心なしかいつもと違って柔らかい。

料理はすでにテーブルに並べられていた。俺はひと目みて、材料費も手間もかなりかかったであろうことに気がついた。何しろこれでも一応調理師なので。

俺たちが席に着くと、ミサが料理の説明を始めた。もちろん英語で。

ミサは俺なんかより流暢に英語を話す。イブやマックスの質問にも淀みなく答える。

すげえなミサ!俺は心のなかでこの同い年の彼女が輝いて見えた。

一日早いおせち料理っぽいもの。
どうしても食べて欲しかったらしい。

紅白かまぼこ。日本からの輸入食材は信じられないほどの値段がする。これだけでも10ドルはしただろう。

伊達巻に見立てた、だし巻き。
栗なしのきんとん。
鶏肉と大根と人参とじゃがいもの煮しめ。本当は根菜類と椎茸も使いたかったという。

けれども、ただでさえ食べなれない日本食。さすがに、ごぼう、れんこんなどは美味しいとは思わないだろうと、これらで済ませたそうだ。

これぞ、おもてなしの心だと俺は感心していた。

サーモンと鶏もも肉の照り焼き。
外国人は基本的に濃いめの味つけが好きだろうと、サーモンも照り焼きにしたそうだ。

それと、ちらし寿司。

俺たちはまずマックスが持参したシャンパンで乾杯した後、ミサの手料理に箸をのばした。

イブもマックスも上手に箸を使う。

「おいしい、美味しい」
二人は、そう褒めことばを繰り返し、いたく気に入ってくれたみたいだった。

イブが日本酒を口にして、美味しいと漏らしたのを聞いて、マックスは俺もと飲もうとする。

「今日は運転手なんだから駄目よ」と酒瓶に伸ばしかけた手をイブに制止された。

マックスが、えっ!と驚いて、悲しそうな顔をしたのを見たミサから、「残った分あげるからね」と言われたマックスは、本当に嬉しそうに、お辞儀をして見せた。

「ちょっと、失礼します」

そう言って、エプロンを身につけ、キッチンに立ったミサは、しばらくすると、本日のメインの年越しそばを手にして戻ってきた。

具は、味付けあげ、かまぼこ、海老の天ぷら、それと餅。薬味でねぎ、七味とうがらし。味付けあげは、現地人が濃いめのしっかりした味が好きだからと入れることにしたと言う。餅は、雑煮に食べようと買っておいたものを使ったのだそうだ。天ぷらは外国人はみんな好きだ。ここ、現地人たちからしたら、俺たち日本人が外国人だが。

俺は、良くこんなに取りそろえたものだ、と心の底から感心していた。

どれもが、見た目も美しく、とても美味しかった。
俺は改めてミサを見直していた。
こんなに料理上手だったとは......。
ミサ、お前いつでも嫁に行けるぞ。ただし、もらってくれる人がいればの話だがな。などと俺が失礼なことを考えていると、

「ヤマ、意外でしょ?私だってこれくらいできるんだから」

そんな俺の心のうちを見透かしたのか、ミサはドヤ顔で自慢げに言い放った。

「おそれ入りました」

頭を下げてそう言う俺を見て、イブは、「今日は日本語は話さないで」そうきつくたしなめた。

甘味のお汁粉と緑茶をいただいて、ミサが腕によりをかけた本日の手料理は終了した。

「ごちそうさまでした」

イブとマックスは、お辞儀をしながら、二人で声を合わせて、日本語でミサに感謝の言葉を述べた。

俺が前もって教えていたものだ。

その後、食事の片付けもそこそこに、マックスの車で年越しのカウントダウンをする場所まで移動した。

キングスクロスのメインストリートに平行するような1本下の通り、ヴィクトリアアベニュー。

ハーバーブリッジ方面を見渡せるネイビーベースを眼下にのぞむ坂の上で、 花火を見学することにした。

どこからともなくカウントダウンが聞こえてきて、深夜零時を知らせる合図とともに花火があがる。

湾に浮かぶ船という船からもボーっという音が聞こえてくる。

「新年おめでとう!」

俺とイヴはキスをする。

それを横目に、ミサたちはばつが悪そうに視線を逸らしていたが、少しだけいやがる素振りを見せたミサに、マックスがミサを抱き寄せ、彼女の頬に軽くキスをするのを俺はしっかり見ていた。

見たからなミサ。いつも勝ち気なお前が、しおらしく恥ずかしそうに薄明かりの下、頬を赤らめていたであろうのを。いじりのネタにしてやるっ!

するとどこからともなく、オペラの歌が聞こえてきた。

アカペラだった。

とっても上手で皆で聞き入っていた。

あたりの空気が、澄んだように厳かな雰囲気に包まれているのがわかる。

俺は無教養でなんという曲なのかわからなかったが、その素晴らしいことだけは分かった。

「多分プロの人だよ」

マックスは少しは分かるらしかった。

彼女が歌い終わると、そこかしこから盛大な拍手が沸き起こった。

オーストラリア人のこういったところが、好きだなあとつくづく思う。

芸術を楽しむ、ということが当たり前の様に生活のなかに溶け込んでいる。

オペラハウス内での週に一度の無料のミニコンサート。

大きな公園での定期的なオペラの無料公演。

昼間のランチタイム、12時から14時の間、ビジネス街の一角にそれ専用に設けられたすり鉢状のステージでは、日替わりで様々な音楽が演奏される。

もちろん、これも無料だ。



「さあ帰ろうか?」

帰ろうとしたところで、マックスが騒ぎ出した。財布がないという。

結局それから1時間ほど、皆で財布を探したが、見つからず、 マックスはかなりヘコんでいた。

「新年早々これだ。今年は思いやられるな......」

マックスはそう悲しそうに呟いた。

イブが幾ら財布に入っていたの?」と聞くと、「いっぱい!」
半ば泣きそうな声で震えながら答えた。
かなりの額に違いない。

ミサはこのあと2ヶ月ほどマックスと付き合った。
かなり、英会話の勉強にはなったそうだ。
そしてある日、自分からお付き合いをお断りしたという。

「友だちとして紹介したんだから、そんなにハッキリとお別れするとかしなくても良かったんじゃあないの?」

本当にすべてに於いて生真面目すぎるミサに、俺は彼女らしいなと呆れるやら、感心するやら。

「とにかく、ヤマにはちゃんと伝えたかったんだ」

そういうミサに、俺は、何故だ?とか、何があった?とか訊くことはしなかった。

彼女が言いたくないことを、しつこく訊ねるなんてことはしたくなかったからだ。



「今日は面白いところに行くからね」と、夕食にイブに連れられてきた所は、ある国のある教団が主催している建物の中に連れて行かれた。

世界的に有名な歌手やIT関連のCEOも信者だったという。

無料の食事を提供しているのだ。
大きなバケツから柄杓で掬った食べ物を、両手にしているプレートにトントントントンと盛りつけてくれる。

学校の給食を思い出していた。
もちろんベジタリアンフードで、美味しかったとしか、形容できない。

その食事の前か後に、楽器の演奏に合わせてひたすら同じ言葉を繰りかえした。

イブは、この頃からベジタリアン食に急速に染まっていくことになる。

ここには、レイラがこの前イブを訪問したときに連れられてきたそうだ。
そう、あの、三人が遅く帰ってきた日だ。


これとは全く関係のない話だが、イブに出会うまえ、俺がまだホームステイをしていた頃の話。

俺は何にでも、経験していないことにはすぐに興味を持つ癖がある。

そして、そこに首を突っ込みたがるのだ。典型的な、まずはやってみようタイプだ。

道を歩いていたら、突然、中肉中背の白人男に話しかけられた。

「あなた超能力に興味はありませんか?」にこりともせず、眼も笑っていない。

「超能力?はぁ...興味はありますが......」

俺はある種の薄気味悪さを感じた。しかし、怖いもの見たさではないが、好奇心の方がかならず勝ってしまう。

そして、その男の主宰する超能力研究所なるものに来ていた。

簡単なものだと言われ、何種類かのテストを受けた。

裏返したカードの絵柄を当てるもの。

5メートルほど離れた箱の中に入っているものは何かを当てるもの。

その男が、その時何を考えているのか、紙に書かされたり。

水の入ったコップから空のカップに水が移動するイメージをしてくれと言われたりとか。

これから5分後に何が起こるかイメージしてくれとか。

テストが終わっても、何の答え合わせもしてくれない。
「結局、結果はどうだったんですか?」
俺の問いかけに、何も答えなかって。
あのにこりともしない仏頂面で、男は手を差し出して「ありがとうございました。テストは以上です」と、追い出されるように帰された。

未だにあれは一体何だったんだろうか?とふと思い出すことがある。

あの無表情の顔の下は、もしかしたら宇宙人だったのか?とか、
超能力者を探していたのだろうか?とか、いろいろと想像してしまった。
俺は残念?ながら彼のお眼鏡にはかなわなかったみたいだったが。




1月2日の夜。部屋で食事を終えたあと、イブが突然言い出した。

「今度ね、友だち二人でブッシュウォーキングに行きたいんだ」

「今度っていつ?」

「明後日!」

「えらく急だね。二人って女の友だち?」

「ううん、おとこ友だち」

「えっ、おとこ?......」

「うん」

俺はちょっと言葉に困った。俺は基本的にやきもち焼きではないが、 二人っきりで泊まりがけで行くという。しかも、俺の知らない男と二人っきり?

「いやいやいやいや、ちょっと待って!」

「何?反対なの」

「いや......それっておかしいでしょう?何人かで行くのならわかるけど、二人っきりって?」

「ただの友達だよ」

「向こうはどう思ってるかわかんないだろ」

「だって、彼とはエッチしたことなんてないし」

まあ確かに彼女の性格からすれば、友だちは友だち、彼氏は彼氏、ときちっと分けるタイプではある。けれど、俺がいるのに他の男と二人きりで出かけるなんてありえないだろう?

俺はちょっと腹が立ってきた。

「行きたいなら行けば?」

そういう言い方をしてしまった。

「何その言い方」

俺は黙っていた。

「行って良いって、ヤマ言ったから、行くからね。もうこの話はこれで終わり」

結局、イブは二日後に、その男とふたりきりでブッシュウォーキングに出かけた。


〈続く〉




ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

話は続きますが、不定期更新なので次はいつになるのか全くわかりません。ご了承ください。

尚、全く違った作品も間に投稿する予定です。これについても、あらかじめご了承ください。

この作品は1986年から1987年の物語という設定ですが、実在する人物、店舗、団体名、地名などとは一切関係ありません。

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