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『サザンクロス ラプソディー』 vol 3
ミサが話があるというので、ふたりでボンダイビーチの砂浜を横切って、彼女の住んでいるフラットまで向かう。
ビーチは日曜ということもあり、かなり混雑していた。
人の間を縫うように歩きながら、俺は性懲りもなく、ビーチに寝そべる女の娘たちの水着姿をチラッチラッと盗み見していた。
「ヤマっ!いいかげんやめなよ、女の娘見るの」
それに気づいたミサが、怖い顔で睨んでいる。
「すみませ~ん」
あーっ、こわっ!俺は同い年のミサの迫力に縮み上がってしまった。
「あのさ...真剣に話、聞いてくれる気あるの?」
「もちろん。ごめん......」
俺は叱られた子どものように、ミサの後ろをとぼとぼとついて行った。
7、8分ほど歩くとミサの家に着いた。
「あそこに座ってて」
ミサは、玄関のドアを開け俺を中へとうながすと、ベランダを指さした。
家の中に入り、ビーチが一望できるベランダに置かれた白い椅子に腰かける。
「お待たせ」
そう言って、ミサは生オレンジジュースの入ったグラスをテーブルの上に置いた。
グラスの中の氷がカランと音を立てる。外は暑いが、ベランダのひさしの下は、意外と涼しい。
「ありがとう、ミサ。それで...話って何かな?」
「うん...実はね。私、添乗員の仕事やってるでしょう。それでね、仕事ではほとんど日本語しか使わないのよ。たまに英語を使うくらい。本当にたまに。
わたし、エイイチとケンゾウと一緒に住んでるでしょう。家で英語を話すこともないし 、ちっとも英会話の勉強にならないのよ。
英語学校に行ってた時の方が、よっぽど英語を使っていたかも」
「まあ、日本人と一緒に住むとそうなるよね。仕事も日本関係のところしかないもんね。
よっぽど英語に自信があって、長期に滞在できるビザを持っているなら話は別だけれど、ワーキングホリデーで来ていて、すぐ日本に帰る奴なんて、雇う方もなかなか、雇いづらいしな」
あーっ、喉が乾く。少し話をしただけでこれだ。生オレンジジュースは美味しい。
「テイクアウェイの店で働いているやつもいるけどな。かなり、トラブルも多いみたいだよ。
だって、お客さんって英語圏だけじゃないだろ。オーストラリアっていろんな国の人が来るから、みんながみんな、綺麗な英語を話すわけじゃないしね。
普通の英語だけでも難しいのに、俺らみたいに英会話が中途半端な連中には、理解するのにかなり苦労するんだって言っていた。
それに、もともとオーストラリアの英語自体が癖が強いから」
「そうだね。私たちが日本で勉強していたのは、アメリカ英語であって、イギリス英語じゃないからね。『アイ カーント』って初めて聞いたとき、何それ?って思ったもん」
「俺は自分のやりたい事って、オーストラリアでの生活を楽しんでさ、あとは英会話の勉強を少しくらいできればいいかなって思っている。俺にはイブがいるし、店でも、まあ、ちょこちょこだけど、女の子と話もするし、勉強にはなるよ」
「わたしも、ヤマみたいにさ、外国人の彼氏が欲しいんだけど、なかなか出会いがないんだ」
「ミサくらい可愛かったら、ちょっと話しかければすぐに出来そうだけどな」
俺から見たら、ミサはかなり可愛い。ショートカットで、顔は小さいし、身長も高い方だし、胸も結構な大きさだし。そう思って俺がチラッとミサの胸に視線を落としたのを彼女は見逃さなかった。
「いま、わたしの胸見たよね?」
「いや、ハエが留まっていたような気がしたから......」
オーストラリアはとにかくハエが多いのだ。
「いや、絶対違う。あの目はいやらしい目だった。日本にいた時にさんざん感じていたあの目だ」
だから、さっき俺が水着姿の女の子を見ていたときに絡んだのか。
「私たちがそんな目で見られているって気づいてないって、お馬鹿な男たちは思っているんだろうけれど、気づかない振りをしているだけなんだって。あまりにもしょっちゅうだからさ。どれだけ嫌な思いしているかわかんないでしょう?目の保養になる、くらいにしかスケベな男たちは思っていないんだろうけどっ!」
ミサのあまりの憤慨ぶりに、俺は思わず、「なんか...すみません......」そう口にしていた。
「ごめん...私、こんな話したいんじゃなかった。この暑さのせいかな?つい、日頃感じていたことがでちゃった。つい一昨日もさ、仕事中にそんな目で見られたから、何回もさ......」
そう言うと、ミサは氷が半ば溶けかけたオレンジジュースをひとくち口に含んだ。
「ヤマさ、私のこと誤解してない ?私、そんなに積極的じゃないんだよ。どちらかと言うと奥手なんだよ」
「そうか...俺にはそうとは思えないけどな。遠慮なく何でも言うじゃん」
「それはヤマにだけだよ。何でか知らないけど、すごく話し易いんだよね。だから、今こうやって相談してるんでしょう?」
「そうだな。今一緒に住んでいる二人には、そういう相談はできないよな。こいつ、出て行くんじゃないかって、心配してしまうしな。このフラットを借りた時に約束したんだろう?半年間は 一緒にいるって」
「うん、そうだよ」
「じゃあ、この家すぐに出て行くわけにもいかないしな」
「そうなんだけど...今のわたしには、現地の人と、最低でもさ、英語を話す人たちと一緒に暮らしたい、という気持ちが芽生えてきているんだ。けど、ここさ...ビーチの近くでロケーションがすごく良いから、季節が変わるまでは居ようかなとも思うんだけど。今のところはそういう話もできないんだ」
ミサの顔には、『こんなはずじゃなかった』、そんな後悔にも似た色が浮かんでいた。
「だから、イブの知り合いに誰か良い人がいないかな?と思って」
「そういう事なら、俺がイブに聞いてみるよ。友達を誰か紹介してもらおうか?」
「悪いね、ヤマ」
「いいって、気にすんな。俺とミサの仲だろ」
「どういう意味?」
「変な意味じゃないよ。友達っていう意味だよ」
「ヤマって女の子をそういう目でしか見ないような人だから」
クククっ、と苦笑いしやがった。俺は少しムッとして、
「それこそ、どういう意味だよ?失礼だな、お前!相談までしといて」
「冗談だよ。むっつりスケベより、もろだしスケベの方が安心できるし」
「ミサ!なんか、お前...さらっとひどいこと言うよな」
「ごめんって。この話はもう終わり。イブに聞いといてね」
「わかった、わかった」
ちょうど話が一区切りついたところに、エイイチとケンゾウに連れられてイブがやって来た。
「こんにちは、ミサ!」
一昨日、俺はプール帰りに、イブを連れてこのフラットを訪れていた。その時に、3人にはもう既にイブを紹介済みだった。
「ごめんねイブ。ヤマにちょっと相談があって」
「うん、聞いた。で、話は終わったの?」
イブは、まだ少し濡れた長い髪を後ろで束ねながら、ミサと話し始めた。
エイイチとケンゾウはニタニタしている。
「おいおい勘弁してくれよ。なんだよそのニコニコ顔は?」
「いいよなヤマは、イブがいて」
エイイチが本当に羨ましそうに言う。
こいつらは、イブの水着姿を見た後だ。何を考えているのか簡単に想像がつく。きっとエッチなことを思っているんだろう。
「お前も彼女を作ればいいじゃないか?」
「あのさぁ、簡単に言ってくれるけど、日本人の俺が、外国人の彼女なんて簡単に作れるわけがないだろう?」
「そんなのわかんないだろ?これだと思う娘にアタックしてみれば?」
「それはそうと、どうやって彼女と付き合うことになったの?」
「お互いに...なんとなく。職場恋愛ってやつだ」
俺は別に隠す必要もなかったが、イブから誘われたということを隠した。
「俺なんか、職場に日本人しかいないからな。は~っ......」
「エイイチ、 ため息をつくと幸せが逃げていくよ」
「何それ?初めて聞いた」
「そうか...結構みんな言うけどな。 これは俺の親父の口癖だったんだ」
「そうなんだ。俺なんか、一日の間に、何回もため息ついてるよ。生まれてからこれまでずーっと。だったら、もう俺の幸せってあんまり残っていないんじゃないか」
「そんなことはないだろう?幸運は期待していないときにやって来ることの方が多いんだぞ」
「そうなの?」
「そういうもんだよ。期待してる時ほど何も起こらない。自分の好きなことに熱中して生きていると、突然、幸運にめぐり合うことがある。要はそれに気づくか気づかないかだな。いつもアンテナを立てておかないと」
「アンテナって...まさか、ここじゃないよね?」
エイイチは、半笑いを浮かべながら股間を指さしている。こいつ...ったく......。
「あー違う。そこじゃないさ。恋愛に関して言えば、心のアンテナってやつだよ」
「ほう、なるほど。勉強になるなぁ。女の子にモテるわけだ」
「モテてはいないさ。イブがいるだけだろ」
「十分じゃん。あれだけの可愛い娘、連れている日本人の男ってなかなかいないと思うけど」
そう言われて、俺はかなり嬉しかった。確かに、外国人の男に連れられている日本人女性は目にすることも多かったが、逆パターンというのは、そうそう目にすることはなかった。
この時も、まだまだ俺は調子にのっていた。周りから見たら、さぞ嫌味な奴に見えていただろう。
*
ビーチから戻ると、俺とイブが住んでいるフラットから、坂を100 メートルほど下ったところに最近できた〈花時計〉という日本風の喫茶店に行ってみよう、とイブが言い出した。
中に入ると店の壁にマンガ本とか置いてあって、日本の喫茶店でよく見かける定食ものを提供していた。とんかつとかハンバーグとか焼き魚とかそういったものだ。ここの店主のキヨシさんは、シドニーでの日本人経営による美容室の草分け的存在で、この喫茶店も経営していた。通称キヨさんと呼ばれていた。
美容室の方は奥さんに任せっきりで、キヨさんは、開店したばかりのこの店を切り盛りしていた。
初めて来店した俺に、話し好きのキヨさんは色々と聞いてきた。
名前、住所、仕事、イブとの関係などだが、さすがに客扱いが上手く、楽しい気分にさせる話し方、聞き方だった。
俺とキヨさんが話している間にも、イブはメニューとにらめっこをしていたが、結局、「ヤマ、決めてよ」と何がなんだか想像もつかない、と匙を投げた。
「今日は、これがおすすめっ!」
その様子を見ていたキヨさんは、そう言って、〈アワビの刺身の盛り合わせ定食〉をすすめた。
「8ドルって、何かの間違いじゃあないですか?」
メニューを見て俺は驚いた。〈アワビの刺身の舟盛り〉と書いてあったからだ。しかも、この値段で小鉢、ご飯、みそ汁まで付く。
「いやいや、自分で潜って獲ってくるから大丈夫」
俺は漁業権とかないのかな?と思いながらも、イブが「これ、食べてみたい」と言うので、それを注文した。
アワビの他にも、何種類かの魚の刺身が盛られていた。
「生まれて初めて、生のアワビと魚を食べる」とイブは、最初はおそるおそる箸をつけていたが、途中からは、「おいしい、おいしい」と言いだして、二人で綺麗に平らげた。
イブは、基本的に野菜中心の食生活を送っていたが、このころはまだ、魚介類と乳製品も少しだけ食べていた。
その後、何度か訪れたこの店で、イブは納豆を初めて食べたのだが、ほとんどの外国人は嫌いだということが多いのに、彼女はいたく気に入ってくれた。
のちほどヴィーガンになる彼女には、もともと体に合っていたのだろう。
*
「今日は、友達と遊びに行ってくる」とイブは日曜日の朝早くに出かけて行った。戻るのは夜遅くになるという。
日曜日は、店の定休日だ。俺はひとりで食事をしにチャイナタウンに出かけた。
イブと付き合う前は、ミサたちと示し合わせて、何度か飲茶を食べに来ていた。飲茶は大好きだが、いろいろな違った種類をつまむのがその醍醐味だ。人数も3人か4人がベストだ。最低でも2人で行かないと楽しめない。
俺は仕方なく、大衆向けの中国料理店、日本で言うところの定食屋に入った。
コンビネーション炒麺と五目炒飯、ゴマ団子と杏仁豆腐を食べ、お腹一杯で帰ろうと、その店を出たところでウェンディにばったり出会った。
ウェンディは、俺の働いているナイトクラブでエミリーと人気を二分するホステスだ。
「お茶でもしない?」
そう、ウェンディに日本語で誘われ、タウンホール近くのショッピングセンター二階のこじゃれたカフェに入った。
ウェンディは、大学に在学中。才色兼備を絵に描いたような美女だ。店で1番可愛い。ただ、人懐っこいエミリーと比べると、どこか冷たい雰囲気が漂っている。
彼女が話す日本語は、もうすでに地方出身の俺より流暢で、難しい漢字もかなり知っていて、おまけに日本語の手書き文字も達筆だった。
なのに、自分ではまだまだ満足していないと言い、日本語の勉強もかねてクラブで働いていた。
よくテレビやラジオの英会話の講座で講師の外国人が流暢に日本語を話しているが、あんなもんじゃない。言葉につっかえたりすることなどがまったくない。
声も超がつくほど可愛かったので、声優ができるアナウンサーとでも言うのだろうか、とにかく凄かった。
スタイルも抜群、長身でボンキュッボンを地で行くような完璧な肢体を誇っていた。
黒髪ストレートロングという所も彼女が人気を集める魅力のひとつだ。
彼女は俺とイブが一緒に暮らしていることを知っていた。
彼女は、本当に流暢に日本語を話す。
「どう?イブと一緒に暮らしてみて。英語の勉強にはなるでしょう?」
「ああ、イブと一緒にいる時は英語しか話さないから、すごく勉強になるよ」
「わたしも、誰か見つけようかな?日本人の彼」
「ウェンディがちょっと声をかければ、イチコロじゃあない?」
「何?それ。イ、チ、コ、ロ?」
「ああ、イチ度何かをすれば、コロリと倒れる。つまり、とても簡単ってこと。この場合は、ウェンディが声をかければ簡単に落とせるってこと。落とすって、分かる?」
「うん、分かる」
何しろ、日本語を習得することに関しては、ウェンディは恐ろしいくらいに貪欲だった。
『ダメじゃん...俺.....』
俺は、せっかく英語圏の国にいるのに、彼女みたいに語学の習得に積極的になれない自分を少しだけ恥じていた。
「このままでいいのか、俺?」
*
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
話は続きますが、不定期更新なので、次はいつになるのか全く分かりません。ご了承ください。
尚、全く違った作品も間に投稿する予定です。これについても、あらかじめご了承ください。
この作品は、1986年から1987年頃の設定ですが、実在する人物、店舗、団体名、地名などとは一切関係ありません。
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