読書感想文「文藝春秋2019年6月号」【特別寄稿】 自らのルーツを初めて綴った 猫を棄てる―― 村上春樹 父親について語るときに僕の語ること

 新聞各紙で話題になったので,ご覧になった方も多かったのでは無いか。文藝春秋6月号に掲載の村上春樹「猫を棄てる―父親について語るときに僕の語ること」である。
 何度も戦争に召集された国語教師の父。俳句を愛した父は,作家になった村上春樹に,小説上の戦争について何度も訂正を求めたのではなかろうか。ルポでもジャーナリズムでも無く小説なんだ,と断ったであろう村上春樹は,父と断絶することになったわけだが,ノモンハンや部隊名を書き表す以上,事実と自身の経験を知ってもらいたかったであろう父。文学で身を立てる自慢の息子は,戦後の子であり自分の従軍体験と(結果としての)戦争荷担に嫌悪したことに理解を示したのではないか。そして,このことが,断絶を長引かせたのではないか。
 では,猫とは何か。真実のメタファーでは無いだろうか。父から見える猫と僕から見る猫。捨てる対象の猫が,再び自分たちに姿を現す。まるで,真実がタイミングを合わせて登場する亡霊かのように。そして,松の木から降りられなくなった猫とは,真実を語ろうにも語る相手を無くした遣る瀬無さではないだろうか。


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