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辰野駅へ (中央本線)

前の晩、遅くまで飲み過ぎた割には、すっきりとした目覚めだった。

二日酔いにもならずに、皆で朝食を食べ、この風景ともお別れだ。僕は今、八ヶ岳の麓で新鮮な朝の空気に包まれている。

このまま帰るには、早過ぎる

朝一番に見た窓の外の風景が、美し過ぎた。

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ワークライフバランス、口にするのは簡単だし、実際に僕の身の回りにもいつも聞こえてくる言葉。

スマートにできる人がうらやましい。何年経ってもそう簡単に気持ちが切り替わらない。前の日は名古屋で仕事をしていて、朝一番の特急列車、乗り換えて特急列車、時計を置くことなどできないまま、急いでここに来た。

このまま家に帰ってしまうのは、ちょっと惜しい。一日、時間がある。

自分を包み込む、風景、空気、言葉、そういったものの全てを変えてしまう。自分から、違う場所に動いて。仕事や日常を切り離し、自ら別の場所に身を置く。

この風景が、僕を、いつものオンから、別のオンに切り替えてくれた。

反対方向への列車

家とは反対方向へ、下り列車を見れば、臨時の快速列車があるようだ。迷わずに切符を買う。これに乗ってみよう。

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やって来たのは、2階建ての列車。

混雑の激しい #東海道本線 で、座って通勤できる「ライナー」列車として活躍している車両。座席の数を最大まで増やすために、2階建てになっているのだ。

押し黙った通勤客で殺伐とした平日の朝よりも、電車だって、週末の明るい雰囲気の中を走る方が楽しいだろう。

そんなことを考えている内に、もう乗り換えの駅に着く頃だ。

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行けるところまで、行ってしまえばいい。もっと遠くへ。

この駅で降りるのは初めてかもしれない。乗り換えくらいはしたことがあっただろうか。

東京からの距離も、岡谷駅で200キロを越えた。

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列車の中で、この先どこに向かうかを考えていた。いつもは、できるだけ無駄のないように、成果に結びつくように、急いで、急いで。でも今日は、穏やかな時間を過ごそうと決めた。特急列車の走るメインの幹線から乗り換えて、少し脇道へ。

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広々として大きいけれど、とても静かな駅だった。

辰野駅、 #中央本線#飯田線 が分かれる要衝でもある。しかし、ホームに流れる時間はゆったりとしていて、急かしてくるようなノイズは何もない。

岡谷駅から塩尻駅の間は、 #中央本線 は2つのルートに分かれている。辰野駅があるのは、いわば旧街道。昭和58年に開業したもう一つの新しいルートに特急列車や貨物列車は移り、この旧街道を経由することはなくなった。

そのときから、時計の針がゆっくりと進むようになったのかもしれない。

#はたらくってなんだろう

天竜川に沿って走ってきた普通列車が到着した。

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駅に発着する普通列車を眺めていると、当たり前だけれども、この土地にも日々の暮らしがあるのだと実感する。

スーツを着てバッグを持って列車に乗ってくる人、参考書にペンを走らせる女学生、買い物帰りのビニール袋が重そうな人もいる。普段の僕自身だったり、僕を取り囲む世界が、初めて見る風景の中に繰り広げられている。

終わることのない仕事、うまくいかないこともある。つらいときもある。

働くとは、僕にとって何を意味するのだろう。

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さっき僕が来た路を戻ってゆく列車を見送り、ホームでぼんやりと。

ここまでの切符を片手に、これも、働いていなければ買えないよなと思う。もちろん、帰りの切符も。金を稼ぐためであること、これに間違いはない。

でも、それだけかと言われると、何か違和感が残る。一生暮らしていける金が十分に手元にあれば、僕は働くことを辞めるのだろうか。

そんな金があればなと、ちょっと溜息。

なぜ、仕事をしている中に、楽しい、充実していると言い切れる時間があるのだろう。なぜ、この旅が終わることを分かっていて、月曜日にはいつも通りに仕事に行こうと思えるのだろう。

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気付けば、この先へと向かう列車がホームに着いていた。列車という言葉で合っているのだろうか、1両だけ。発車までまだ時間はある。

もしかしたら、ゲームなのかもしれない。

ゴールを目指すために、頭を使い、身体を動かして、心まで右往左往している。ゴールを目指す中には、楽しさもつらさも内包されていて、まるでゲームをプレイするようにのめり込んでしまうものなのではないだろうか。それが会社で働く僕にとっての、働くということなんじゃないか。

ゴールまで頑張り抜いたときの達成感とか、納得感、周りからのポジティブな言葉、全部が頭に刷り込まれ蓄積されていて、中毒性がありそうにも思えてくる。

自分で、自分の目指すべきゴールを決めるのは、実は難しい。しかも、走りながら、変化に対応しながら、ゴールを自分で動かしていかなければならないとなれば、なおさら難しい。

けれど、アドバイスをもらったり、話し合ったり、時には強制されたり、人との関わりの中でゴールを決めていくことはできる。僕にとっては勤め先の会社が、その場なんだろう。

次の列車に目を向ければ

会社で求められ話し合い、大変だと思いながらも決めたゴールに向けて、ゲームを始め、また週が明ければ続きをプレイする。

でも、ゴールを決めないで動いたら、僕はどうなるんだろう・・・。

いや、時には、自分だけで目指す先を決めて、動いてみたい・・・。

歳は大人になったところで、今でも、右へ、左へ、心は揺れ動く。そういう心の揺らぎを原動力にして、少しの実験と、ささやかな冒険をすること、僕にとっての旅の持つ意味まで、見えてきた気がする。

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次に乗る列車を見れば、これは随分と経験を積んできた車両だった。

JRの前身である日本国有鉄道は、ヒトもモノも一手に輸送を担っていた。この車両は荷物を運ぶために造られたもの。普通列車に連結されて、駅ごとに荷物も積み下ろしをしていた。

しかし、道路が整備され、宅配便のサービスが充実するなど、世の中は変わっていった。国鉄は、採算の合わなくなった荷物輸送から撤退。この車両は、そのときに旅客車に改造されて、今日、僕という人間を載せてくれることになった。

昭和53年に近畿車両で完成して以来の、一つ一つの銘板に、歴史が刻まれている。

僕の今までの生き様も経験も、いつかこうして、一つ一つをオープンに見せる日が来るのだろうか。今までたくさんの変化があったけれど、時には必死に食らいついてきた。これから先も同じだろう。そのバイタリティーを持ち続けられるだろうか。

遠回り

1両だけの列車は、辰野駅を出発した。

#中央本線 の旧線には、ここがメインルートだった頃の面影に溢れている。単行列車にはあまりにも長いホームの駅に、その時代が偲ばれる。

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駅の先には登り坂。今日はどこか、線路に人生を重ねてしまう。少し考え過ぎたかな。

坂を上った先にあるのは、善知鳥峠の善知鳥トンネル。

声に出して読めないと、この列車の終点、塩尻駅まで辿り着けないかもしれませんよ?

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僕は心の中で読み上げて、遠回りして着いた塩尻駅。

東京側の岡谷駅から今来た線路に加えて、岡谷駅へショートカットするメインルート、そして名古屋への線路、3つがこの駅でまとまっている。そのどれもが、 #中央本線

特急列車が左へ、東京方面へのメインルートへと出発していった。右へ行けば昨日までいた名古屋。

名古屋まで戻っても仕方ないし、かといって途中の町を訪ね歩ける程には時間もない。今日は家に帰って、自分の布団にくるまるのが良さそうだ。

夕暮れ、帰り道

駅で食べた蕎麦が、とても温かかったのを今でも覚えている。

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観光客、山登りの格好の人達もいて、賑やかな車内の列車に僕も乗り込む。この旅を締めくくる時間、そして、夕暮れの色を楽しみにする時間。

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この電車には、今までの旅の思い出が詰まっている。

決して新しくはない車両だけれども、東日本から西日本まで、各地で活躍し続けていた。かつては、上野駅からの混雑するエリアを15両という長い編成で走っていたし、都市部では車両の世代交代が進んでも、まだまだあちこちで出会う車両だった。

走る地域ごとに、車体の色もみんな違う。

今日は、信州の風のような爽やかなカラーの車両で、家路を過ごしている。

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車窓がきらきらと輝いた。

葉を落とし、春はまだもう少し先だと木々が教えてくれる。山の向こうに沈んでゆく夕日は、今日という一日の最後に精一杯の花を咲かせるように、枝の間から美しい光を届けてくれる。

乗り継いだ列車も、遂に終着駅に着いた。

懐かしい、昔から変わらずそのままの渋い色のこの車両も、その前の列車とと同じ115系電車。幼い頃に乗った記憶、今もそのままの姿があった。

高尾駅。

山間を往く #中央本線 が、麓の町に降りたところ。ここから先は、いつもの見慣れた通勤電車が走っている。この駅を境にして、まるで夢と現実がはっきり分かれているように思えてくる。

乗客を降ろした列車は、また次の仕事に向かうのだろう。テールライトの色が心に残る。

気ままに巡った旅というゲームは、ここから通勤電車に乗り換えて、お終いになる。そして、また月曜日、僕はいつものゲームの続きに戻ってゆく。

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【旅のメモ】

●辰野駅:新宿駅( #山手線 他各線・私鉄各線)から # 中央本線 特急「あずさ」で約2時間20分、岡谷駅から #中央本線 で約10分。
●塩尻駅:新宿駅から #中央本線 特急「あずさ」で約2時間30分。
●高尾駅:新宿駅から #中央本線 中央特快で約45分。または #京王線 特急で約50分。

(2021年1月現在、お出かけの際には最新情報をご確認ください)

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