見出し画像

ビニール傘

2019年10月15日。

突然のお天気雨。
慌てて走る私の前に一台の車が止まった。
突然、車を降りてきたその人は、ビニール傘を私にパッと手渡した。

「お店でもらったやつだから、気にしないで」
そういうと、その人はさっと自分の車に乗って行ってしまった。
あっという間のことで、ありがとうございます、というのが精一杯だった。
50歳くらいの女の人だった。
青年だったら恋が始まっていたかも…いや、それはないか。

突然すぎて、彼女の顔も薄っすら思い出せるくらいだし、
どこかで会ったとしても、もうわからないだろう。

日常は、小説より淡白でそっけないのだ。
物語は、そう簡単にはじまらないし、繋がらない。
それでも、さっきまでなかった傘が今は私の手の中にある。
突然の優しさに、自分でも驚いたけど泣いてしまいそうだった。

彼女の車から見た私は、どんな風に見えたのだろう。
雨に打たれて慌てる女を、バカだと笑うような人もいるだろう。
傘を貸してあげようかしらと思いながら、そのまま通り過ぎる人もいるだろう。
そういう人たちを私は、否定しない。
私もどちらかいうと、そちらの多数にいることが多いのだから。

だからこそ、彼女が眩しく、あんな風になりたいと思った。
雪降る夜に笠地蔵がおじいさんの家までお礼に行く気持ちが、わかった気がした。
「地蔵たちに突然こられても、おじいさん困るよね?」って茶化したいつかの自分に、パンチを食らわせたい。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?