20190914_イノベーションの理由

イノベーションはアイデアだけでは実現しない(武石彰ほか『イノベーションの理由』)

イノベーションを実現するためには、大雑把にいって3つのフェーズがあると思う。第一に、アイデアを見つけるフェーズ。第二に、仲間やリソースを集めるフェーズ。第三に、アイデアを仲間とともに実行し成果につなげていくフェーズ。どのフェーズも大切だ。

図1:イノベーション実現までのプロセス

世の中のイノベーション本は、アイデアを見つけるフェーズばかりを解説している。もしかしたら、アイデアを見つけること=イノベーションだと思っている人すらいるかもしれない。しかし、実際にはアイデアだけではイノベーションは起きないのである。

また、仲間・リソースが一定集まったあとに、いかに試行錯誤して実現したかは巷の体験談がたくさんある。あとはやるのみになれば、楽しいことのほうが多く、記憶も当てになるだろう。

一方、アイデアを見つけたあと、仲間やリソースを集めるところは、難しく重要なのに、この部分の情報は少ない。第一に、あまり研究されていない。第二に、辛い毎日になるからか、体験談も「記憶がない」「とにかくがむしゃらに」といった程度で体験談も具体性がない。

図2:仲間・リソースを集める部分は研究が不足している

武石彰・青島矢一・軽部大の『イノベーションの理由 資源配分の創造的正当化』(有斐閣、2012)はこういった間隙を埋めてくれる貴重な本である。やや高価だが、イノベーションを考える上では十分に購入に値する。

理論

『イノベーションの理由』は、大川内賞という、優れた技術革新に与えられる賞の受賞者・受賞企業を分析し、イノベーションが実現する過程で仲間やリソースをどう調達するかを理論化している。

当たり前だが、イノベーションが起こる前、それがイノベーションだとは知らない。例えば、『イノベーションの理由』には花王のアタックが出てくるが、アタックは発売される前は、あんなに少量できれいに洗浄できることが価値になると信じられていたわけではなかった。

イノベーションは起こる前は周りから「お馬鹿さん」だと思われてしまう。その一方で、イノベーションを起こすためには、仲間やリソースが必要である。そのために必要なのが「創造的正当化」だ。

創造的正当化とは、普通の正当化では仲間やリソースが不足するために為さなければならない関門なのである。だからもちろん、創造的正当化だけうまくてもイノベーションを起こせるわけではない。

創造的正当化から私が読み取ったメッセージは、結局のところ集めるべきは仲間だということである。カネやモノは自分で動かない。だから、カネやモノが不足しているときも、結局は不足しているのは仲間なのだ。究極的にはいつも仲間が不足している。それがイノベーターの宿命なのである。

では、如何にして仲間を集めるか。私なりに本書の主張を要約すると図3のようになる。仲間の協力の総量は、仲間の数と、権限・権威を持った仲間がどれだけいるかにかかっている。

図3:資源動員の創造的正当化

具体例

詳しい内容はぜひ本書を読んでいただくとして、以下では3つのアプローチの具体例を示す。3つのアプローチは、どれか1つから選ばなくてはならないといったものではなく、全て行うのが望ましい。ただ、現実的には一気にはできないので、できるアプローチから攻めていくことになる。

【話せば分かる層にリーチ】
セイコーエプソンの自動巻発電クオーツウォッチの事例では、ドイツの販売会社社長と巡り会うことで、環境を重視し、また新しい機械を好む傾向にあるドイツなら売れるかもしれない、という固有の理由に基づく支持者が獲得された。
【説明を変えて層を広げる】
オリンパス工学工業の超音波内視鏡は、膵臓がんの早期発見を可能にすることを目標に開発がスタートしたが、その後に登場した胃壁の五層構造の抽出が可能になるという発見を通じて、むしろ、胃がんの進達度診断という用途に向けて本格的な事業化が進み、普及が進んだ。
【権限・権威ある仲間をつくる】
(富士フィルムのデジタルX線画像診断システムの開発では、当初)会社の支持は限定的なものだった。 [...] 風向きを変えたのが、欧州の学会で得たフィリップスの評価だった。これによって経営陣も納得して、事業化に向けて前進する。

示唆

以上の議論から、イノベーション推進政策や、イノベーター育成教育への示唆も得られるのではないだろうか。

第一に、政策的含意としては、アイデア段階の支持だけではダメだということである。政策として、基礎技術の応用先を広げるための支援を行う、政策的に権威を付与し社内での説明を付与するといったことも、イノベーションの実現には重要である。もしかしたら、富士フィルムで学会発表が突破口になったように、産学連携も切れるカードとして一層意識する必要があるかもしれない。

第二に、イノベーター育成教育における、解釈力と説明力の重要性である。イノベーターにとって解釈力が重要なのは、Finke et al. (1992)等で古くから言われている。生み出すだけではなく、生み出したものがどういう価値を持つか解釈する力、文脈に定位する力が必要である。おそらく、それは純粋にスキルというよりも、多様な文脈における豊かな経験に基づいた、より広範ななにかである。

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