時間が限られているとしたら
人の寿命についての話。
職場の博学おじさんと、都市伝説のような話で盛り上がることが多いのだが、その話の中で「人は生きている中で、様々な行動の時間が決められていて、病気の場合を除き、いずれかの時間が限界に達した時に寿命となる」という話を聞いた。
笑う時間、寝る時間、本を読む時間、喋っている時間、泣く時間、ご飯を食べている時間、働く時間…。
人生において、それら全てにそれぞれの許容時間が設けられていて、それが限界に達した時に寿命を迎える、というもの。
まぁ、にわかには信じがたいし、私はこの手の話をまんまと信じることができない。
しかし、もしもそうだと仮定した時、私は何の時間を費やし、死を迎えるのだろうかと考えてみたくなった。
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それぞれのカテゴライズが明確ではないのだが、私の死因で1番に思い浮かぶのは寝ている時間だと思った。
これは他者との比較に過ぎないが、同世代の友人たちと比べて、私は睡眠時間が長い方だと思う。
また、早寝早起きに関しては、同世代の友人たちだけでなく、私の知りうる限りの人々と比べてもトップ5には入るだろうなと思うので、朝日を浴びる時間かもしれない。
またほぼ毎日夢を見るので、夢を見る時間も可能性はある。
考えてみると睡眠にまつわることばかりなのだが、ふと冷静になり、なんと中身のない人生なのだろうと恐ろしく思えた。
もちろん睡眠は大切だし、このスタイルを変えるつもりはないが、我にかえると問いただしたくなるのだ。
これでいいのか、と。
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私はあらゆることの経験値は低い方だと思う。
"したことがあること"よりも"したことがないこと"の方が多いはずだ。
冒険をしないタイプというのだろうか。
独身で子供もいない。
あまり旅行もしない方だし。
転職は何度かしたけど、業種は変わらず。
他人と比べることにあまり意味はないだろうなと思いつつも、私個人だけで考えてみても経験が多いと思えない。
きっと経験値が低くても、「これで死ぬなら本望」と思えるほどの何かがあれば、心持ちは変わったはずだ。
ひたすら本を読むことが好きで、本を読み過ぎて死ぬのがいいと思えたり、たとえば海に関する仕事をしていて、海に浸かっているとか水中にいる時間で限界を迎えたいとか。
「これぞ」と思えるものも無いから、こんなにもモヤモヤするのだろうな、と。
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もし、あらゆることの時間が決められているとするなら、あなたは何をして寿命を迎えますか?
今後も有料記事を書くつもりはありません。いただきましたサポートは、創作活動(絵本・書道など)の費用に使用させていただきます。