人生の選択に迷わないコツ
人生は選択の連続だと、シェイクスピアは言った。厳密にいえば、シェイクスピア作『ハムレット』の中での話。
今日も既に、朝起きてから今に至るまで幾つかの選択をしているのだろう。「だろう」というのは、中には根拠や覚悟を持たずに、ほぼ無意識の状態で決断してしまっている部分も多いと思うからである。
少し早く起きすぎたな。
起きようか、もう少し寝ようか。
いや、とりあえずスマホを見よう。
LINEをあけるか、noteをあけるか。
朝ご飯は何にしよう。
あ、卵があるからお昼はオムライスかな。
今日の服はどうしようか。
とりあえず何か飲もう。
コーヒーか、紅茶か。ホットミルクもいいな。
いやいや、その前にトイレへ。
週末は天気が悪くなりそうだから、今日はお布団を干そう。
…などなど。
そうやって「決断」と呼ぶには気恥ずかしいくらい小さな決断を繰り返し今に至る。
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人は1日のうちに1000以上の選択をするという。過去の選択の積み重ねで、今の自分があることは間違いない。これまでも、これからも大小様々な選択をして、未来の自分をつくる。
しかし、無意識に気楽に決められない判断というものもある。選んだ一方が正解であることを信じられない場合だ。
転職するか否か。
告白するか否か。
購入するか否か。
手術するか否か。
投票するか否か。
引っ越すか否か。
その選択で、もう取り返しがつかないとなると判断が鈍るものだ。
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世にサイコパスと呼ばれる人たちは、判断に迷うことがないらしい。
サイコパスと聞くと猟奇的殺人者のイメージだったがこれは間違った認識だ。実際には、極端に自分勝手であったり、または目的のために手段を選ばないという「社会性の欠如」となる脳障害だという。
また、脳障害とはいうがサイコパスの人が適した職業があるのも事実。その最たるものが外科医である。
人の体を切るのに躊躇わない。なぜなら、治すためだから。そうやって目的を明確にして考えるので、ここを切ったらこの人の今後の人生はどうなるか、悲しむのではないかという余計な感情を切り捨てて、病気を治す・少しでも長い延命をする方法へと判断することができるらしい。
サイコパスになりたいとは思わないが、見習うべきところはたくさんあるだろうと思う。
今、抱える問題は何なのか。
抽象的な感情や現象の一切を見ないことにはできないが、なるべく切り捨てる努力をすれば、あるいは問題解決の糸口が見えるかもしれない。
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おそらく私は感情優先主義なので、サイコパスには程遠いと思う。だから、決断しなければならない一切を今は忘れ、祝日を理由にもう一度寝ることにする。
今後も有料記事を書くつもりはありません。いただきましたサポートは、創作活動(絵本・書道など)の費用に使用させていただきます。