見出し画像

案内人とマヨイビト

昨日、道を聞かれた。

スーツを着た少し私よりも年上くらいの女性で、少し珍しく思った。

このご時世、スマホを片手に道に迷うなんていうのはほぼあり得ない。森の中や人の住んでいない集落でも、スマホがあればよほどのことがない限り迷うことは少ない。

ましてや東京の新宿区だ。
バッチリスマホの地図アプリも起動しているのに、「ここに行きたいのですが…」と言われたので、少しだけびっくりした。

地図の読めないなんとか…という本をふと思い出したが、その考えはすぐに取り消した。

なぜなら、今月に入って道を聞かれるのは昨日で3度目だったから。そして、昨日以外は男性から聞かれたからである。

・・・

ただ、道を聞かれることに驚くことはあまりない。

昔からポケーっと歩いてて暇そうに見えるのか、とっつきやすく思われるせいか、道を聞かれたり「あなたは神を信じますか?」という声掛けをされることがとても多い。

しかし、昨日道を聞かれて気づいたことは、「4月は迷い人が多い」ということである。

今年に入って3度、道を尋ねられたが、その3度ともが4月なのである。

特別迷いやすい場所というわけでもない。
駅前から会社へ行く道中だが、大通りにも面しているし…と思うが、それは道を知っているからだ。

どんな場所でも初めて訪れる地では駅前だろうが大通りだろうが、「ここはどこだ?」「どちらへ向かえば?」と思ってしまう気持ちもわかる気がする。

先日道を聞かれた少し年配の男性は、ハガキの地図を頼りに道を探していたようで、正解が書かれていても迷うことがある。

それは「初めての地、または慣れない地だから」ということであり、「よく知らない土地・場所・道」の中では、正解を見てもたどり着けないことがあるのだ。

・・・

迷い人といえば、道だけではない。

進路・就活・転職・結婚。
さまざまな人生のステージで、「迷っている人」は多くいる。

それらの正解が、案内図付きでハガキに書いてあるなんてことはない。

だって正解がないのだから。

しかし、少し矛盾するかもしれないが「正解がない状況での正解」はなんだろう。

それは、己で考えた結論に他ならないと思った。

・・・

他人が示した正解は、あなたの正解ではない。
世間一般で言われている正解だって、あなたの正解とは限らない。

よく考え、吟味し、自分の考えだけに陥らず、自分意見とは違う他人の意見を一度は聞いてみる。

全部の意見を参考にした上でちゃんと迷って。最終的に「これで間違いない!」と自信を持てる結論こそが、あなたの正解なのですよ。

よく道を聞かれる案内人のわたくし。
正解のないマヨイビトには、このようにお示ししようと思います。

今後も有料記事を書くつもりはありません。いただきましたサポートは、創作活動(絵本・書道など)の費用に使用させていただきます。