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【短編選集】ここは、ご褒美の場所

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どんな場所です?ここは。ご褒美の場所。
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2022年7月の記事一覧

電脳病毒 #19_209

 劉は店に入る。奥の軟件包装隅《コーナー》に進む。そこには、部優《政府認定優秀商品》、名優産品《有名優良製品》など正版流通《盗判ではない正当製品》の軟件包装《ソフトウエアパッケージ》、電脳関連の暢銷書《ベストセラー》が整然と並ぶ。劉は棚から包装を取り眺める。そのどれにも防偽標識《偽造品防止用レーザープリント》が貼付されている。劉の必要とするものではない。  店の奥。手持ち無沙汰に店員が劉の様子を窺っている。 「お客さん、残存遊技《サバイバルゲーム》軟件、人気ありますよ。電脳掃

電脳病毒 #18_208

五 電脳城  劉は城鉄《都市鉄道》を降り、電脳商街へ向かう。そこは数百軒もの電脳商店や黒市《ブラックマーケット》、集貿市場《フリーマーケット》がひしめきあう。専業特色街《専門店街》、いわゆる電脳城《パソコンマーケット》だ。電脳発焼友《電脳マニア》、遊戯発焼友《ゲームマニア》はもちろん、洋人《西洋人》、美国人老《ヤンキー》、小日本《日本人》など老外《外国人》達で混雑している。  壁面に魚の形を掲げた高楼。そこを劉は目指す。その四階。酬賓《バーゲンセール》の貼り紙を掲げた零食商店

電脳病毒 #17_207

 電子郵件《電子メール》の文件《ファイル》交換で感染し、宏《マクロ》病毒は網絡《ネットワーク》上に拡がっていく。宏《マクロ》病毒より強力なのものもある。硬盤《ハードディスク》を壊すなど容易だ。主機《サーバ》にも感染し遠隔操作《リモートコントロール》も可能だ。系統《ネットワーク》リソースの全てを制御する。電源から接続機器まで全ての系統環境を。これを電脳病毒と称する。  電脳病毒は自己増殖型の軟件包装《ソフトウエアパッケージ》だ。携帯遊技《ゲーム》機の軟件《ソフトウエア》のように

電脳病毒 #16_206

「考えさせてください」と劉。 「連絡してくれ」背広は劉に名刺を残していく。 四 探索  劉は徐とのやりとりを思い起こす。犯行計画を練っていたとも知らず。  流行している宏《マクロ》病毒は、応用軟件《アプリケーションソフト》が持つ宏《マクロ》言語で記述され宏《マクロ》機能を逆手にとる。これまでの病毒は程序文件《プログラムファイル》に感染し、程序の実行で文件感染や破壊活動を行う。宏《マクロ》病毒は文字処理《ワープロ》や表計算の文書文件《ファイル》に感染し、文件や硬盤《ハードデ

電脳病毒 #15_205

「そこで相談だ。当局は専門家を増員している。このような高知犯罪《知能犯罪》に対処するため」 「当局とは?」  背広は懐から身分証明書を出し、劉に示す。そこには国家電網応急処理中心《国家コンピューター・ネットワーク応急処理センター》、魯某との名。 「捜査に協力しろと。私のような局外人《アウトサイダー》が?香港に帰ると決めているんです」 「それはどうかな?海帰派《海外留学経験者》の君には、党も数々の支援をしてきた。第一、徐を追いたいとは思わないのか?すごすごと逃げ帰るつもりか?」

電脳病毒 #14_204

 ご丁寧にも背広は説明を始める。 「SQLスラマー。英吉利《イギリス》の電脳研究者が公開した編碼《コード》を、この国の黒客《ハッカー》が改変したとされる。その黒客《ハッカー》は獅子というハンドル名として知られる。犯行声明文には紅星電脳連盟という組織名が使われている。この組織、SQLスラマーが公開された黒客《ハッカー》連合が母体と疑われる。当局は、反国家的犯罪として紅星電脳連盟を追求してきた。この組織は、民運分子《民主化活動分子》、東突《東トルキスタン分裂主義》、疆独分子《新疆

電脳病毒 #13_203

「どういう状況だった?発火が起きた時」 「電子郵件《メール》を開いた時でした」 「誰から?」 「学生です。徐という」 「電脳恐怖手段《サイバーテロ》の嫌疑犯《容疑者》だ」 「徐が?」 「犯行声明に署名があった。公表はしていない」 「まさか・・・」 「やつは解密高手《クラッカー》だ。学生として潜伏していたのだ。病毒を放ちここを消失させるため」 「信じられない」 「病毒の感染先を探知する信号が、この学院から頻繁に発せられていた」 「その感染先は?」 「脆弱性を誇る微軟《マイクロソ

電脳病毒 #12_202

 その夜、電視台の新聞《ニュース》は電脳電影学院の出火事件を手短かに伝えた。研究室が全焼し、五十数台の台式計算机《デスクトップパソコン》が灰になったことを。出火原因は調査中とされた。  だが、電視台《テレビ局》には犯行声明が届けられていた。声明文には、政府の電脳及び電網化推進政策への抗議文が『紅星電脳連盟』という署名付きで認《したた》められていた。電視台は、この声明文を公にすることはなかった。  数日後、劉は延焼した研究室の前に立つ。室内は煤け、台式計算机《デスクトップパソコ

電脳病毒 #11_201

 その頃、公用電子通信網に接続した政府機関、研究所、大学に病毒被害が拡大していった。これまで信息《情報》化からも程遠いといわれたこの国。今や国際互聯網絡《インターネット》人口五千万人、自由電子郵件《フリーメール》の帳号《アカウント》数八千万帳号《アカウント》、手機《携帯電話》利用者一億人にまで膨れ上がっていた。  周辺の亜州《アジア》諸国、並びに美国までも大規模な国際互聯網絡《インターネット》障害が同時に発生した。通信速度の低下から長時間の不通に至った。影響を受けた系統《シス

電脳病毒 #10_201

 その目的のため、香港から電影技術者をはじめ電脳机科学《コンピューターサイエンス》関連の系統工程師《システムエンジニア》、程序員《プログラマー》が多数招聘された。劉もその一人。項目経理《プロジェクトマネージャー》だった。  劉が研究室で電子郵件の添付文件《ファイル》を開いた時、それが起った。死机《ハングアップ》した台式計算机《デスクトップパソコン》。屏幕保護程序《スクリーンセーバー》の揺晃《フリッカー》のように揺らめく三維圖像《三次元画像》は、屏幕《スクリーン》を拡がりなが

電脳病毒 #9_199-200

三 電脳電影学院  劉が電脳電影学院に所属していた、あの頃。学院は旧来の電影《映画》制作に最新の電脳画刊《コンピュータグラフィックス》技術を応用する目的で設立された。先端文化施設とされた。電脳画刊の基礎技術を確立し、これまで美国《アメリカ合衆国》の下請けでしかなかったアニメーターを、最終的には電脳画刊創造者《クリエーター》に養成。電脳画刊化の進む美国の電影産業へ追随しようという目論見だった。  将来的に虚擬現実《バーチャルリアリティー》への展開も計画されていた。国際標準化《グ

電脳病毒 #8_199

 薫陶は、段ボールハウスから出ることはない。劉と配給所へ行く以外に。孤独症、ひきこもりのまま、終日、遊技に熱中する。長時間没頭すれば、眩暈や車酔いを起こす。そのうえ、倒叙、フラッシュバックという断片的回想発作に発展する。やがては、心身に後遺症的障害を引き起こす可能性が高い。そのため、電子計算机遊技の長時間使用は政府により制限された。だが、薫陶にとっては無意味だった。制限鍵、キーを解除する方法を探り当てていたからだ。 「薫陶!」  薫陶の身体を、劉は激しく揺すり起こそうとする。

電脳病毒 #7_198

 アルミ箔やソーラーパネルが張り詰められた、その蓋。紐で括られてはおらず、中の住人は寝ているようだ。  自分の段ボールハウスを出ると、劉は蓋を紐でくくる。隣の段ボールハウスの横に立つ。劉は、おもむろに蓋を開ける。 「起きてるか?薫陶」  俯いた薫陶の口から落ちた涎。それが、筆記本電脳の鍵盤、キーボードに滴り落ちている。 「発作か」うんざりしたように劉は呟く。  薫陶の頭を、劉は何度か叩く。だが、起きる様子はない。段ボールハウスから身体ごと引き出すと、劉は薫陶を地べたに横たえる

電脳病毒 #6_197

 菜鳥、ネット初心者の増加とともに、名目上の数字鴻溝、デジタルデバイドは拡大していく。  劉は筆記本電脳を上網、インターネット接続。電子郵件、Eメールをチェックする。人才信息服務系統、人材情報サービスシステムの新聞組、ニュースグループや雅虎、Yahooや網人案内の網頁を眺める。あるNGOが主催するその掲示板、最新の配給状況や日雇情報が掲示される。今日の配給信息を劉は確かめる。それを、激光打印机、レーザープリンターから打ち出す。  寝床を畳むと、劉は段ボールハウスの上蓋を細めに