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私はなぜ死ねなかったか(過去)


何度も死にたいと願った私が、なぜ死ねなかったのか。

センセーショナルなことを書きたいわけではなくて。
そして前提として、この記事は自殺を否定も肯定もする意味もない。

死ぬことについて書くのは、色んな危険を伴うかもしれない。

だけど私は、死にたいと思っていたとき、

その気持ちを抱いてはいけない気持ちとして受け取られるのが悲しかった。

だから、ひとつの感情として、当たり前に扱いたい。

死にたい気持ちを抱いている自分を、誰かを、ただ受け止めたい。

それだけの意味を込めて、
私がなぜ自殺に踏み切れなかったのかを振り返ってみたい。

今回は、今まで3回のうつによる希死念慮のうち、過去2回について書く。


死にたい気持ちは高校生の頃から、うつとともに発生した。

でも、積極的な実行をしたことはない。

ただ企図を、ずっと頭の中で考えているか、偶然死ねることを望んでいた。

死にたいと思いながら、生きることは本当につらい。

死にたいと思いながら、ご飯を食べて生きようとしている自分が、許せなかった。

私にとって生きることは、死ぬことよりもつらいことだった。

死んだら全て終わらせられる、
もうなにも感じなくていい、
もう死ぬしかない、

そう考えていた。


死にたい気持ちは、色んな要素が複雑に絡まって私から生まれたものだ。
確実に私のものだった。

だから、鬱の症状とわかっていても、そう言われることになんだか嫌悪感があった。

私の中から生まれたものを、ないがしろにされているような気がしたから。

理屈じゃない。
私がそう思ってる、ただそれだけだった。


死にたい気持ちを実行できなかった最初の理由は、周りの人の人生を壊したくないという、

依然、自分勝手にできない私の性格だった。

死んだらやっと今までのつらさを、わかってもらえるかもしれない。

だけど、悲しませたくない。

家族を、友達を、関わってくれた全ての人たちの人生に影を落としたくない。

ただその気持ちだけが私を引き留めていた。

それは優しさではなくて、

病的に人に迷惑をかけることが怖くて、

そして本当の自分を知られることが怖かった。

もし死んだら今までの苦しみがばれてしまう、だけど本当は、わかってほしい。

ばれる恐怖が防衛的な感情ならば、
わかってほしい気持ちは私の心の底にあった純粋で悲痛な欲求だった。

相反する感情が同時に存在して、葛藤していた。

その葛藤は、ばれる恐怖、そして迷惑をかける恐怖が勝利した。

死んでもなお、死んだあとの周りの人の反応が怖かった私は、
いよいよ死ぬことができずに、悶々とし続け、

薬やカウンセリングによるうつの回復とともに、死にたさも消えていった。


結局、死ねなかったのは

周りの人に迷惑をかける勇気がなかった、ただそれだけだった。

自分の命がなくなることは、ひとつも惜しくなかった。

私がもう少しだけ、考えすぎずに行動できる人間だったら、死んでいたかもしれない。

だけど、本当に死んでしまった人が自分勝手だとは思わない。

ただ、つらかったね、と声をかけたい。


そして、私は今回のうつでも死にたさを抱えている。

だけど、今までとは少し違う、

この先の人生が惜しいという感情が伴った死にたさである。

なぜそのように変化したか、何がそうさせたか、また書いてみようと思う。



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