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日本のスポーツはなぜ強くなったのか?②エリートアカデミー

前回に引き続き、オリンピック前に、日本のスポーツはなぜ強くなったのか?という話を書いていきたいと思います。今回はエリートアカデミーについてです。

NTC(ナショナル・トレーニング・センター)が2008年に創設された際、JOCは3つの事業を打ち出しました。それが「JOCナショナルコーチアカデミー事業」、「JOCキャリアアカデミー事業」、そして、「JOCエリートアカデミー事業」です。エリートアカデミーは、全国から優れた素質を持つジュニア競技者を発掘し、一貫指導システムの下、将来的にオリンピックをはじめとする、国際大会で活躍できるアスリートの育成を目的としたもの。中学1年生から高校3年生まで6年間にわたって実施されています。

競技力の向上だけでなく、人格形成にも力を入れていて、「英会話教室」「キャリア教育」「栄養教育」といったカリキュラムも用意されています。競技で結果を出すためには、人間性も磨かなければならないということです。個人的にこれは本当に大事だと思っています。成長していくためには謙虚であることはすごく大事だし、実際、取材応対にも優れたアスリートが増えたなという印象もあります。

2024年度はレスリング、卓球、フェンシング、飛込み、ライフル射撃、ローイング、アーチェリーの6団体、計22人が在籍。学生の入れ替わりがあるため、元々は事業に賛同していても選手不在となる競技団体もありますが、それを加味しても実施していない団体のほうが大多数です。

有力な選手の育成なら全部の競技団体が取り組んだほうがよいのでは?と思うでしょう。ところが事はそう簡単には進みません。発足時にエリートアカデミー事業への賛同が得られた競技団体は、レスリングと卓球の2団体だけでした。中学生、高校生がNTC(アスリートビレッジ)に住みながら近隣の学校に通い、放課後はナショナルトレーニングセンターに戻って練習。こうした育成法は前例がなかっただけに、多くの競技団体が慎重だったというわけです。成功事例がないので、「本当にそれでうまくいくの?」という疑問もあり、また、学校部活との兼ね合いや、「エリート」という名称への反発もあったと聞きます。

「エリート」という言葉は、憧れの対象であると同時に、どこか高慢な印象も受けます。エリート型の選手と雑草型の選手がいたら、心情的に雑草型の選手のほうが応援されるような印象があります。実際、中学1年生からエリートアカデミーに在籍した経験を持ち、東京2020オリンピックで金メダルを獲得した乙黒拓斗選手は、エリートアカデミー所属ということで、周囲からの反発をすごく感じていたと、過去にインタビューした際に語っています。

中学部活や高校部活の選手から「エリートアカデミー」所属ということで強く敵対視され、対戦相手の学校のみならず、直接関係のない周囲も「エリートに負けるな」という空気だったのです。いわゆる半官びいきというやつです。中学1年生のときから周囲に敵対視されながら闘うのは精神的にはかなりきついものがあったでしょう。しかし、早くからオリンピックを意識し、日の丸を背負ってきたからこそ身につくものもあります。事実、心身の強さを身につけた乙黒選手は、2018年に二十歳で世界選手権を制し、前述の通り、東京オリンピック金メダリストに輝いています。

エリートアカデミー出身者で活躍しているのは、乙黒選手だけではありません。同じくレスリングでは須﨑優衣選手、志土地(向田)真優選手も東京オリンピックで金メダルを獲得。卓球では張本智和、美和きょうだいや、平野美宇選手らもエリートアカデミー出身選手。また、パリ大会で旗手を務めるフェンシングのサーブル世界王者・江村美咲選手もエリートアカデミー出身です。現在エリートアカデミーに所属する中学生、高校生にとっても、こうした選手たちの存在は大きな刺激になるはずです。

一方でエリートアカデミーに対する対抗心によって、成長する選手もいるはずです。期待され、良い環境を与えてもらった選手に負けたくないという思いで練習に励み、レベルアップしていく選手もいます。エリートアカデミーは、そこでの選手育成だけでなく、所属外の選手にも良い刺激を与えることで競争による相乗効果を生んでいるわけです。

柔道や水泳、体操など、エリートアカデミー事業をおこなっていない伝統競技でも、それぞれが選手育成法を研究、改善し、数多くの優秀な選手を輩出しています。世界で戦うような選手は誰もが心身ともきつい練習をしていますが、いわゆる根性練習だけではなく、効果的なトレーニングの研究も進み、世界最先端の技術に触れる機会も増えている今は、優秀な選手が各競技団体で育っています。

少子化の日本にあって、世界で勝てるアスリートを育成することは容易ではありません。若者人口も競技人口も少ない日本がスポーツで世界と渡り合うのは並大抵のことではないのです。各競技団体、各クラブや道場、学校の指導者、エリートアカデミー、さまざな要素が組み合わさって、競技力は保たれています。きっとパリでも多くの競技でメダルを獲得してくれると期待しております。

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