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チリコンカンと白い蕾とお月さま

最近、食欲が無くなった…と言う母を心配していた。確かに、元々ほっそりしていたけれど、近頃はやけに小さく見える。娘二人は、いかに痩せるかに興味津々なのに、羨ましくもある。だけど、母の食欲不振はパーキンソン病だと言うことも関係しているのであって、ちょっと心配なのだ。
そんな折、テレビで見て美味しそうだったと、チリコンカンを食べてみたいわと言う。
へえ。そんな異国の食べ物に惹かれるなんて、まだまだ食欲は残っているじゃないかと少し安心した。お豆さん(関西人は豆にはさん付けします。)が沢山入っているからだろうか?スパイシーだからだろうか?
まあ、食べてみたいと言うのだ。何だっていい。早速、香辛料を揃えて作った。持っていくと、容器の蓋をすぐさま開けて、香りを確認する母。
「美味しそう!」
と顔をクシャッとして、喜んでくれた。
こういう顔は、忘れないで覚えておこうと思わなくたって、きっと後々思い出すだろう。
お腹が満たされたらそれでいい…と言う人もいるが、自分で料理してキュンとなるのは、やっぱりこういう時だと思った。作る楽しさと食べる楽しさ、そして、食べてくれるひとの笑顔だ。月並みな、良く聴くフレーズではあるけれど、やっぱり喜んでもらえると嬉しい。料理することや食べることというのは、幸せでしかない。亡くなった父の最後の楽しみだって食べることだった。辛いことや悲しいことがあって食欲がなくなることはある。でも、いつか時が来ればどうしたってお腹が空く。そして、温かいものを食べたなら、少しは気持ちが和らぐのだと思う。
自分で料理するのなら楽しみは倍だが、自分で料理出来なくても、しなくても、「食べること」は、お腹が満たされる以外にもイイコトがある。ただの食いしん坊の戯言かもしれないけど…。

そんな風に気分よく自分の家のマンションまで帰って来た時、甘い香りに気がついた。この香り、何だっけ…。まだ感覚に残っていたチリコンカンの香りが邪魔をしてすぐには分からず、暗がりを見渡した。まだ小さな蕾の金木犀だった。もうそんな季節なんだ。それにしても、小さなオレンジ色の花が開く前の蕾だというのにもうこんなにも香るのかと、しばらくその甘い香りを楽しんだ。
白い蕾の金木犀の隙間には、まだ昇りきらないオレンジ色のお月さまが遠くに見えていた。

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