ジーンとドライブ フラットにいこう
「今私は、M子さんは大嫌い!申し訳ないけど…。この先は分からないけど、兎に角今は、大嫌い!」
そう言ってしまったことがある。ジーンに義母は嫌いだと公言してしまったのだ。どうしても我慢できなかった。人の心を利用するからだ…とも言った。ジーンは黙ってしまった。結婚して間もなくのことだった。今思い返すと、大嫌いだと言った彼女よりも私の言葉の方が、ジーンのことを傷つけたかもしれないと猛省する。そんなこと、私が言わなくてもジーンはとっくに分かっていたのだと思う。
母親って言うのは本当に存在が大きい。私自身のことを考えてもそうだ。母にはたくさんの欠点があり、全くどうしようもない…と思うこともしばしばあるが、あこがれと尊敬はそれを上回る。
生まれ落ちた乳飲み子は、目の前の人にしがみついて、愛してもらわなくてはどうしたって生きていけない。それが大抵の場合、母親である。まして、男の人にとっては生まれて初めての異性である。母親がどうであれ子供は母親を愛す。母親の愛情を想うように得られず、歪んだものになっても、やっぱり紐解いていけば心の奥深くでは、母親を愛している。そう思うと、母親という存在は厄介だ。健全ならばいいが、そうでなければズルくて傲慢に思える。どうしたって愛してもらえるのだから。
ジーンと結婚して9年目を走っている。
今、彼女のことは大嫌いではない。ジーンという人と全力で向き合い、私は義父母の前で被っていた何匹かの猫を脱ぎ捨てた。少し匂わせる程度では全く真意を気づいてもらえないと分かってからは、少々…いや、大分ハッキリと言葉にするようにした。
私の事だから、正義感を振りかざすような言い方はしない。おちょけに任せて言ってしまうことがほとんどである。
そのセンスは意外とある、と、自負している。かつて、勤めていた小さな会社のおバカ社長にも、おちょけながら三言ほど言葉を投げて、皆に驚かれたことがある。が、みんな予てから不満に思っていたことだったらしく意外と喜ばれ、それ以降、なぜかおバカ社長にも気持ち悪いほど気に入られてしまった経験がある。おちょけ作戦は言いたいことを言えてスッキリするし、言われる方も意表をつかれて、思いのほかきちんと言葉が耳に届くようだ。年配の事務員さんが私のこの作戦を真似て同じように社長に物申して、「私には無理だったわ…。100倍返しよ。」と撃沈していたが、これをサラリとしてのけるのには、どうやらテクニックがいるようだ。それが何なのかは実は私にも分からない。
話が逸れたが、義母にしても同じく、今はそう悪い関係ではない。ま、他所では悪口を言われているやもしれないが、それは私の知るとこではないので構わない。
好きでもないけど嫌いでもなく向き合っている。とてもフラットに接している。
何年かぶりにテレビでチャックウィルソンを見た。年の割に若いことに驚いて、体を鍛えていると若返るのかもと話している時、
「そう言えばM子さんって、運動頑張っているだけあって年の割に若いよね。」
とジーンにいうと、首をかしげて帰ってきた言葉は、
「そうかな。そうかもしれないけど、ギスギスしてるよな。」
だった。この度は、私の方が黙ってしまった。確かにその通りだった。彼女はいつも不満を抱えている人だからだ。むしろ、その不満をエネルギーに変えている節さえある。満足度を計る器は大きくなったり小さくなったりして、いつもからからに乾いている。ジーンは気づいていないようで気づいていて、見ていないようでしっかりと見ている。目を逸らしているわけではないのだ。とても客観的に見ている。フラットだ。
母親に対する否定的な言葉はあまり口にしなかったので驚いた。逆に今は私の方が胸が痛くなった。
義母はジーンより弟の方への想いが強い。昔の話をしていても、弟の話ばかりする。私はジーンの話が聞きたいわけで、弟君の話は別に聞きたくはない。話していると無意識に弟の事ばかり思い出すのだと思う。それくらい可愛くて可愛くて仕方がない。でも、弟君には強靭な嫁がいる。先ほどの私のおちょけの刃等、比べ物にならないくらいの凶器でズバズバと刺してくる。私は刃を向ける時にはある一定の優しさとユーモアが必要だと思っている。たとえて言うなら私の刃は、刺せば引っ込むおもちゃみたいな刃だ。が、若くて賢い彼女にはそれは一切ない。一番若いくせに一番高いところから陳腐な正義を掲げて刺してくる。可愛くて賢いが、「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」という言葉は知らないようだ。年老いた義父母は一瞬で完敗だ。
孫には会いたいが縁遠くなる。義母の不満は募るばかりだ。彼女が求めれば求めるほど、皆が離れていく。それが自分にも原因があるとは夢にも思っていないと思う。そんな彼女をクルっと丸ッとトントントンッと整えられるのは、今やジーンしかいない!と私的には思っている。
これから先、とりあえず義父母が快く過ごすには、一皮むけたジーンの出番だと思う。それがジーンの為にもなるのだと思う。…とか言って、私が何をどうすることはないけれど、みんなが等しくフラットに快く過ごせたら、それが一番だと願っている。
M子さんは自分で全く気付いていないが幸せな人だと思う。ズルいと思う。
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