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気長に待つよ

家族みんな歌を歌うのが嫌いじゃなかった。父も母も妹もどちらかと言えば、うまい方にはいる。自画自賛だが、私に関していえば、中学の文化祭で歌を歌った事実もある…。
父は、「ピーピーピーピーピーピーピー…」とイントロが始まれば、泥酔していてもマイクを探した。長渕剛のトンボが十八番だった。
母は、いとしのエリーが十八番。アナウンサー志望だったという美声で披露した。
歌スキが歌を歌えなくなるのは、傍で見るものより本人的にはとても悲しく辛いらしい。病気になって寝たきりが続くと、筋肉が驚くほど速く落ちていく。結構ガッチリと筋肉質だった父の足は、見る見る細くなっていった。筋肉が落ちるのは足だけではない。体中の筋肉が落ちていく。腹筋もそのうちのひとつだ。歌を歌うのには腹筋や喉の筋肉が必要だ。
「もう歌えん…。」
父はポソリと言ったのを思い出す。
父はもういないが、今度は母である。母もまたパーキンソン病を患ってもう10年以上になる。進行はゆっくりだが、確実に進んでいる。
「あ~、あ、あ…。」
一緒に部屋にいて、突然消え入るような小さな声を発するので驚くことがある。歌番組だのCMなどで、好きな歌が流れるとつい口ずさんでしまうのだろう。でも、昔のように声が出ないのでショックなのだ。
「歌ってみたのよ。でも無理ね…。」
と、悲し気に笑う。
こういう時、何といえばいいのか分からない。とても困る。
上手い下手関係なく、大きく声を出すことがまず大事だな…と思う。でも、うまく歌えた自分が下手になったとなると、どうしても歌から遠ざかる。そして、だんだん口数すら少なくなる。まして、パーキンソンの症状として言葉がすんなり出てこないこともある。

言いたいことを察知して、話そうとすることを遮ってしまうことがある。お店で買い物をしたり、薬局で薬を処方してもらう時も、お店の人たちは忙しくしているので、同じように気を利かせて言いたいことを察知してくれる。結局、母は最初のキーワードを話しただけで通じたら、全部を話さずに済んでしまう。お店の人と母のやり取りを見ていて、これはいかん!と反省した。せめて家の中では、話そうとするのを待つことにしようと思った。
世の中の流れはとても速い。とにかく何でも早く速くが常である。大体の場合、遅いよりも早いが良しとされる。待てる人が少ない気がする。みんな急いでいる。
父の介護を長くしていたが、着替えなど、あんまり手伝わないでいると、
「あんた、手伝ってやんなよ。」
と、他人に注意されたことが何度もある。何もいじめているのではない。日常生活で出来ることは、リハビリとしてやる!それが家族の方針だった。
待つのも本当のことを言うと楽じゃない。手を貸した方が幾分楽なのだ。健康で介護などの経験が無いと、つい手伝ってしまう。出来ることを奪ってしまうのだ。時間や気持ちに余裕がないとなおさらだ。
お年寄りに限っての話でもない。小さな子供にもあてはまる。子供に質問しているのに、横にいるママが答えてくれることがよくある。子供ははにかむだけでいいのだ。もしかしたら、ママの答えより面白い話が聞けたかもしれない。

母はまだ介護など必要とはしないから、忘れがちだった。まだまだ、できることはたくさんあるのに、ちょっともたついていると手を貸してしまう。
財布から小銭やカードを出す時も、寒い時期は特に指先が上手く動かない。レジで並ぶ人が多ければ、つい、横から抜き取ってやろうとしてしまう。
優しさは時々複雑で、優しさが優しさにならない時がある。
父の介護をしていたにも関わらず、私はそれをよく間違う。
おしゃべりな私はペラペラと話して人を笑わせるのが好きだが、気長に母の話の聞き手に回ることも気にかけてやってみようと思う。聞き上手になる。もしかしたら、聞いたことのない昔話が聞けるかもしれない。
そしたら、ワンフレーズくらい歌えるようになるかもしれない。

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