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BambooRollとサステナブルのストーリー

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竹でつくったトイレットペーパーの定期便BambooRollの公式noteマガジン。バンブーロールの開発や運営の裏側にあるストーリーをスタッフの言葉でお届けします。
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記事一覧

竹からトイレットペーパーをつくるのは、何が難しいのか?(BambooRoll国産化への道のり #02)

竹でつくったトイレットペーパーの定期便「BambooRoll」を発売開始してからも、ずっと考えていたこと。それは、バンブーロールの国産化だ。日本の竹を使って、日本でトイレットペーパーの製紙ができないだろうか。 工務店「アトリエデフ」が「たのしく竹林プロジェクト」として実施していた竹林伐採に何度も参加して、伐採した竹を使わせてもらえないかと相談することにしたところまでを、前回の記事で書いた。 竹は、どうしたら紙になるのか? そもそも、竹をどうしたら、紙にすることができるの

竹を伐採し、枝を落とし、運ぶ作業で見えたこと(BambooRoll国産化への道のり #01)

2021年1月、竹でつくったトイレットペーパーの定期便「BambooRoll」を発売開始した。おかげさまで多くのメディアに取り上げられ、たくさんのお客様からあたたかい励ましの声をいただき、現在に至っている。 発売する前から考えていたことが、一つある。それは、バンブーロールの国産化だ。わたしたち日本人は、古来より竹とともに暮らしてきた。けれども、暮らしのなかで重宝されてきた竹製品は、プラスチック由来の安価な製品にすっかり置き換わり、使われないものになってしまった。竹林の手入れ

呼称には思想が宿る。ユーザでもお客様でもなく「フェロー」と呼ぶことにした理由

対面する相手をどう呼ぶか。たとえば取引先を、お客様と呼ぶか、クライアント様と呼ぶか、パートナー様と呼ぶか。その呼び方には、会社として、事業として、サービスとして、相対する人との関係性をどう考えているか?という思想が宿ると常日頃思っている。 Webサービスを運営していると、ユーザー、それがECサービスならお客さまが一般的な呼称だろう。私はサービスを作るときはディレクターであり、サイトの文章を書く役割を担うことが多い。利用規約をつくるたびに、ABOUT(そのサイトの説明ページ)

日用品は、実店舗で見て選びたい。オンラインで買いたい。私のワガママを両立する方法。

2020年の感染症の到来によって、私たちはオンラインで物を買う機会が増えた。洋服も日用品も食品も。私が住むポートランドは、1年以上にわたって街が非日常運転だから、街のお店はどこも一部開店という状況が続いているし、圧倒的にオンラインに依存している毎日だ。 オンライン購入は好きだ。なぜならサイトで、そのブランドのビジョンや、オーナーの想いなど細部を確認して共感の上で買うことができる。気が済むまで自分で調べて決断することができる(時間制限がない)。 一方で、とりわけ毎日使う日用

移住で経験した商品梱包のカルチャーギャップ。そして辿り着いたトイレットペーパーの梱包の話。

私が米国に引っ越したのは2019年の夏。COVID-19の影響もあり2020年はオンラインショップにたくさんお世話になっている(ポートランドの小売店の多くは閉まるか、予約来店に絞るか、密を避けるため入場制限を行っている)。 米国でオンラインショップから家に届く荷物は、ざっくりと適当に段ボールに入っている。日本であればクレームにすらなりそうなものも多い。とりわけ環境に配慮をしていたり、プラスチックを避けていたりするショップから買おうものなら、購入した商品が上手に隙間に詰められ

暮らしの中で、無意識に消費されていくものに目を向ける。サステナブル スタートアップを起業して「竹100%のトイレットペーパー」をつくった理由

2021年1月、私たちは竹100%でつくったトイレットペーパー「BambooRoll」を発売開始した。この「BambooRoll」を発売するに至った経緯や背景、思いをまとめた。 「土に還るのか、還らないのか」という問い 東京から長野へ、娘とふたりでダンボール6箱程度で移住してから5年が経つ。私は下着は2セットしか持たないようないわゆるミニマリストだが、長野での暮らしは、まず最初にDIYで使うインパクトドライバーや丸ノコを買い揃えるといった具合で、ものが増えつつある。誰かに

41歳母の私がサステナブル スタートアップを起業し、トイレットペーパーから始める理由

私が米国ポートランドに家族で移住したのは2019年のことだ。それから約1年も経たずしてCOVID-19が起こり日本は遠くなった。2020年はさらにBlack Lives Matterのプロテストが起こり、米国初の女性副大統領が誕生することになった。COVID-19のため極力STAY HOMEを心がけ、人と会う機会も少なく、身体的行動はかなり減った2020年。ただ心と思考は激しく揺さぶられた年でもあった。 そして2021年になり私はサステナブル、環境をテーマに仲間と会社をつく