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通り雨

のんびりな休日の午後、久しぶりに自転車で近所に買い物に行った。ふと突然の雨。急などしゃぶりに思わず、自転車ごと小さな八百屋の軒先に滑り込んだ。

雨はものすごい音を立てながら次第に雷雨へと姿を変え、一時しのぎのお客で、店はいつもより少し賑わい始めていた。

なかなか止まない雨に痺れを切らし雨の中へと走り出そうとしたその瞬間、軒先で呼び込みをしていた若い青年が、

「どうぞゆっくり雨宿りしていってください。」

そう声をかけてくれた。

「雨が止むのを待たないのは日本人だけらしいですよ。」

青年の人懐こい笑顔に、私もつられて微笑みながら、ものすごい勢いで降り続く雨を、しばらくぼんやりと眺めた。

「雨、止むかなあ」

ぼそっとつぶやいた私に青年が言った。

「雨が止むかって?答えは簡単、雨は必ずあがります。なぜなら止まない雨はないのです。ただしいつ止むかはお答えしかねます。」

得意そうにおどけた青年の、能天気な明るさに、私は思わず吹きだしてしまった。調子にのった青年が大声で叫ぶ。

「止まない雨はなーい!」

私はお腹をかかえて笑い出した。雨宿りしていた他の客たちも、つられて笑い出していて、気づけばそこにいたみんなで、一緒になってげらげら笑った。

結局なかなか雨は止まず、私は親切な八百屋さんに借りたビニール傘をさして家まで歩いた。途中あんなに強かった雨は、不思議なほどすぐにやんでしまった。

立ち止まって空を見上げると、雨雲の間から降りる光の線が見えた。ずっと頭から離れなかった、もう二度と会えない人のことを思った。目を閉じて、さっきの青年の言葉をゆっくりと反芻してみる。

それからもう一度歩き出した。通り雨の後の、柔らかく澄んだ風を肌に感じながら、一歩ずつゆっくり、温かな気持ちで。

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