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9分丈ドライビング 【小説】ラブ・ダイヤグラム⑨ |大型2種教習所編


あらすじ

ダンプ運転士を辞め、いよいよバス運転士養成制度を利用して「大型二種免許」を撮りに行く事になった愛。

仕事柄しばらく飲めないと思い、
飲み納めも済ませて、気合いも新たに教習所に向かおうとするが…


本文

いよいよバス運転士養成制度を利用して
教習所に通おうかって前日、
私はクローゼットの中を覗き込みながら
愕然としていた。


「丁度良い服装」が、
まるで無い事に気づいたからだ。

面接の時に着たリクルートスーツと、
短パンにジーンズ、プリントTシャツに
ジャケット2枚。

気候を考慮しても、着れそうなのがホントにそれしか無い…

中学生だってもう少し色々持ってるぞってレベルだ。

キレイめでフォーマルなのも持ってたのに、OLを辞めた時に、あらかたをヤケクソで処分してから、
真逆を行く様なカジュアル服ばっかりになっていた。

「チャラい姉ちゃんがバス運転士ねぇ」等と思われながら教習受けるのも癪に障るけど、

だからと言って毎回スーツのスカートでバイク移動ってのも、流石にワイルドが過ぎる。


思い悩んだ末に結局、
辛うじてスーツの上に合わせられそうなパンツを買いに、紳士服屋に行く事にした。


私はバカだ。
何も今まで着ていた物、
根こそぎ捨てる事無いのに…

勢いに任せてまた余計な買い物を
するハメになってるじゃ無いか…と、店に向かう道中は自責の念に駆られたものの、

多分…取っておいたらおいたで
それを見るたび、彼と、彼に言われた言葉を思い出して、どうせ嫌な気分になっただろうなと、
店の自動ドアをくぐる頃には、
そう思い直すことが出来た。


負けたんだ。
自分の生き方を信じきれなくて。


捨てようが、残しておこうが、
どっちにしろ痛い目に遭うのは仕方が無い。

だって負けたんだから。


本当にここ最近ようやくそんな風に
あのOL時代の傷も、弱かった自分も受け入れて、切り替えようとする事が出来る様になった。


折角の、おニューの戦闘服だ。
ちょっと位は良いのを選ぼう。

制服を着るまでは暫く
世話になるのだから。


そう前向きに考え直して結局
ノーマルなパンツでは無く、
ほんの少し色気を出して
9分丈のパンツを買ってしまった。


本来なら大真面目に
ノーマル丈の物を選んで然るべきなのだろうけど、試着して比べてみてどうしてもノーマルは野暮ったく感じてしまい、9分丈を選んだ…


そもそも試着で両方試そうとした時点で勝負など決していた。


…言い訳をさせて貰うのならば、

…元々からして私は「女」に生まれたからにはスカートとかヒールとか身に付けるべきって信条だ。

9分丈位の色気で済ませられたのは
一応大きな変化…であり、同時に…
今の私の限界でもあった。



そんなこんなで、リクルートスーツのジャケットに白のインナー、
色を合わせた9分丈パンツに
ピッカピカのローファーを合わせ、
小野原営業所へとバイクを走らせた。


スカートでバイクはワイルドすぎ…と言いながら、
これはこれで中々に
「何やってる人なのか謎」
ないでたちになってはしまったが…
まあ何にせよ今日の流れはこうだ。


初日の今日だけは営業所に出向いて、
これから教習に入る旨を運行管理者の助役、或いは代務…という、営業所のカウンターの中にいる方達に報告したのち、教習所に移動して初教習を受ける。


今日は直接顔を合わせるので
教習開始の連絡は不要との事だけど、
終了時には終了の連絡。

明日以降は開始と終了時に連絡する事になる。

photo by inagaki junya


メットを被っても、夏場の時みたいに汗で髪が濡れなくなったのが有り難かった。

営業所に到着し、メットを外すと
軽く手櫛で髪を整え入り口をくぐった。


「おはよう御座います!小原です!失礼します!」


最初が一番肝心だ。
挨拶だけはキッチリ、
そして元気良く。

特に男所帯の現場ではそれが大事だと
ハナちゃんに散々教わった通り、
元気良く挨拶してはみたものの…

営業所の中は、会社説明会の時と同じ様な
鉄火場の如き喧騒が広がっていて、
中の人にはまるで気付いて貰えなかった。

そういえばあの時と、
ほとんど同じ時間に来てしまっていた。

何だか猛烈に忙しそうで、重ねて声を掛けづらく
参ったなどうしようかと困っていると、
今しがた出勤して来た運転士らしき年配のおじさんが、マゴマゴしてる私に気付いてくれた。


「姉ちゃんどうした?保険営業の人とかか?」


「いえ、私、今日から養成制度の教習で…
小原っていう者です。助役か代務さんに…」


「あぁそうか。
…おい!新人さんお越しだぞ!!
放っぽってたらカワイソウだろが!!」


「え…ああすいません!!
対応出来ませんでー!今行きまーす!!」


「あ、ありがとうございます」


「今日から教習所け?頑張りな」


「…はい!頑張ります!」


年配のおじさんが親切な人なのは、
前の職場と一緒みたいだ。
…見た目メチャクチャおっかなそうな人なのに
良い人だ。居てくれて助かった。

おじさんがポケットに手を突っ込んで
ノッシノッシと奥のトイレに向かう後ろ姿を
目で追っていると、

カウンターの…見慣れたアルコール検知器が
置いてあるのを見るに、多分出勤点呼を受けるであろう所から名前を呼ばれた。

前に会社説明会で来た時にもカウンターに居て、
私に声をかけてくれた方だった。


「これはどうもお久しぶりで!!
会社説明会にお越しの時にもお会いしましたね!
入社してくださんたんですね!」


「これから、お世話になります。
今日から教習所、行って参ります」


「はい!じゃ今日は出勤確認は済ませときますので
今日の教習終わったらまた電話して下さい!
連絡忘れると日給出なくなっちゃったりしますんで、気を付けて!」


そう、これだ。だからだ。
私が養成制度で教習を受けるにあたって
フォーマルなカッコに拘った理由。

免許取得制度で教習所に通っている期間、
会社から日給が出るのだ。

流石にフルタイムで働く人達ほどの金額では無いにしろ、お金を頂く以上それは業務に変わりがない…って言うのが私の考えだった。

業務なら業務らしく、
スジ通して正装で当たりたかったんだ。


教習中に山上さんの様な会社の指導長や
まだ会った事はないけど「主査」という、
ちょっと聴き馴染みの無い、更に上の役職の方も
視察に時折来ると聞いてもいたし、
尚の事、私服で行って気楽にやってると思われたくは無かった。


一礼して会社を後にすると、
さっき脱いだばかりのヘルメットをまた被って
今度は教習所へと向かった。

教習所は、私のアパートと営業所の
丁度中間の場所。

そう遠い所では無いものの、初日だ。
早めに入っておく事に越した事はない。

…つい先日まで通っていた教習所…
まるで同じ教習所なので当然既視感が凄いが、
あの時とはまるで状況が変わっている。

バスの仕事が本当に私の望む人生を送れる仕事なのか、まだ分からないものの、答えはここの教習を
クリアした後でしか受け取ることが出来ない。


…が、望む者になれると信じて、ここにまた来た。

負けたくはない、やってやる。


気合いはもちろん入ってはいるものの、
そもそもからして私は運転が上手い訳ではないので、当然不安も付き纏った。


大型一種でさえ、取る時にあんなに苦戦したのに
すんなりと行くのだろうか…
更に難しい事をさせられるのは間違い無さそうで、
プレッシャーがヤバすぎた。


ソワソワした気持ちを紛らわせる様に窓際の、教習コースを見渡せる椅子に腰掛け、なんとなく走る教習車を眺めていた。

私、怒られるかな…
まあ、怒られるだろうな…運転下手だし…

いや、違う。
下手だから教習すんだから、
気負う事無いんだって。

そんな自問自答を繰り返していると、
後ろから声を掛けられた。


「小原さん、随分早く来たんだね」


振り返るとスーツ姿で恰幅の良い、
穏やかな雰囲気な初老の方が立っていた。

私の名を知っている以上会社の何某かの人だろうと思って、
特に構える事なく普通に挨拶した。


「あ、お疲れ様です。
早めに着いちゃって…」


「初めまして、
緑根バス、主査の田丸です」


「え!?主査の…!?
すいません挨拶が遅れまして!!
小原と申します!宜しくお願い致します!」


なんとなく心のどこかで、
初日だし面識のある山上さん辺りが来るものと思い込んでいた節があった。

思いがけず急に上司の方が来たのでテンパってしまった。


「そんな全然畏まんないで良いよぉ。あれ、入校は済ませた?あ、まだ?じゃ、それ先にやっちゃおうか」


そう促され、早速やらかしてしまった気分のまま書類の提出と受け取りとを済ませる。


「じゃあ、40分後、予定通りね。
休んでて」


田丸さんはそう言って、
どこかへ行こうとしてしまったので、
慌てて声を掛けた。


「あ、あの、今日この後の
「運転適性」って…
コレ、何をするんですか?」


今日の予定は入校を済ませたのちにこの運転適性と書かれただけの、謎のテストだけで終わりなのだ。

予定が書かれた紙を受け取った時からそれが一体何なのか気になっていた。


「あ、コレ?ただ乗用車ちょっと運転するだけ。いつも通り運転してくれれば良いよ。じゃ、後でね」


ニコニコしながらそれだけ言って、
田丸さんは教官室の方に行ってしまった。

…そんだけ?ホントに?

よく分からないものの、とは言え
準備に何か出来るというワケでもなく、貰ったテキストになんとなく目を通しながら時間を潰していると、

教習開始のチャイムが鳴り、
沢山周りに居た教習待ちの人々が
ゾロゾロ外に出て行って、
私一人ポツンと残される格好になった。

貰ったプリントの通りに事が進むならこの時間で私も車に乗って
例の運転適性が始まるはず…なのだけど、一向に声のかかる様子が無い。


外の教習車の止められたスペースで
一人、また一人と生徒と教官が車に乗り込み、全員が出払ってしまった所で

ようやく田丸さんと…教官らしき人、それに謎のスーツ姿の二名がやって来て、行きましょうかと言われた。


「はい、じゃ、外の車乗って下さい」


一台だけポツンと残された
教習車に全員が乗り込む。

後ろの席に田丸さんとスーツ二名。
助手席には教官らしき人だ。


…なんか、人数多くない?
こんな一杯乗って何をやるんだろう…


ドギマギしながらじっとしていると、
田丸さんから話し始めた。


「ええ…小原さんの横の方…
この教習所の指導長されてます、〇〇さん。アタシの隣の方々は、小野原営業所副所長〇〇さんと、本社人事課の〇〇さん。

このメンツでこれより運転適性、始めていきます。
皆様宜しくお願い致します」


一斉に声を合わせた挨拶につられる様に私もお願いしますと言うと、
早速何やら始まった。


指示されたのは、
発進して、外周コースを一周。
途中で信号方向に左折して、
右折で外周を反対回りに一周。

それだけ。


なんて事のない、あっという間に
終わってしまいそうな内容だ。
正直乗用車もマニュアルギアも苦手だけど全然何とかなりそうで、少しだけ安心した。



「行きましょう。
準備出来ましたら発進して下さい」


そう言われエンジンを掛けた。

一応教習所内だ。
大分念入りに左右確認したのち、
かなり慎重に運転した。


…が、開始早々、
イキナリ暗雲立ち込めだす様な一言が
横の助手席から掛かった。

信号の方へ曲がろうとした時だ。


「一回ハザード出して。
左寄せて止まって」

「え…はい…」


ええぇ…!何?何!?
確認…した筈だし、スピードだって
ゆっくりだった筈だよ!?

一気に嫌な汗が吹き出るのを
感じながら車を停める。


「今、曲がる時どこ見てた?」

「…左側を…」

「右と後方は?」

「軽く…」

「軽く?軽くって何?」

「ぱっと見…右も後方も異常無かったもので、左の巻き込みを…」

「……はい、発進して」


手汗がヤバい事になって来ていた。
ハンドル滑りそうなレベルの異様な発汗量。

まだ発進して1分そこいらの出来事だ。

その後は声が掛かる事もなく
言われた順路をこなして、所定の場所に停めた。


何とか…一瞬ヤバかったけど、
何とか終わった…無事に…

…なんて考えていたが、
私は大甘だった。

本当の地獄はここから始まった。


あれ?発信の際の確認が…
ギアの繋ぎと選択も問題あって…
変えるタイミングも変でしたしね…
基本的に周囲の安全確認からしてちょっと…


ものの数分走っただけの私の運転に対して、ダメ出しの品評会が車内で始まってしまったのだ。

自分では極めて慎重に…と言うよりも最早、普段は絶対にやらないレベルの「教習所運転」に
徹した筈の私の運転に対して、
とんでもない量のダメ出しの数々だった。

このテスト、要は普通車運転での基本動作がどの程度出来るかのテストだったらしいのだけど、
普通自動車に大分ブランクがあった上に…

ど緊張の最中の私の運転は、
教習のプロの面々には全ての付け焼き刃など見抜かれてしまっていた様だ…


教習開始10分余りで私は運転を終え、しばらくの皆様からのご指導ご鞭撻の後、教官自らの正しい周囲確認+ 運転の手本を実演頂いて、
教習時間は終了となった。


考えうる限り…

最悪に近い「運転適性」の結果
である事は疑う余地は無さそうだった。


「基本の基本から…かな」

「はい…すみません…」


終了後項垂れる事しか出来なくなった私の所に、田丸さんが来てフォローを入れに来てくれた。


「まあ…時間は掛かるかもだけどさ、じっくりやったら良いんだ。

運転出来ないって辞めた奴も、
匙投げられた奴も1人も居ないから。
出来ない事出来る様にって養成してんだからさ」

「…はい…」



その日の帰り道…

今日ほど一杯やって気を紛らわせたい事も未だかつて無かったが、
明日も教習という事でそうも行かず、

…とは言え、と、苦し紛れに
買うのは一体何年ぶりかっていう様な、どデカサイズプリンをコンビニで買って帰った

…お風呂上がりに食べてやろう…


いつも画像を拝借している、
稲垣純也様のマガジンになります。

どれも味のある写真ばかりで、
私は離れられなくなりました。

併せて宜しくお願い致します。

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