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大男の居る風景 【小説】ラブ・ダイヤグラム⑩

あらすじ

ついにバスを運転する為の
「大型二種免許」を取得するべく、
教習所に通い出した愛。

「運転適性試験」なる乗用車を使った試験で、初日からコテンパンにダメ出しをされてしまった。

まだバスにも乗っていないのに、
この先一体どうなってしまうのだろう…
もうヤケクソで帰り道に巨大プリンを購入し、自分を誤魔化そうとする愛であった。


本文


朝、爆音のアラームが
携帯から鳴り響いて目を覚ますと、
いつもと違う光景なので一瞬焦ってしまった。


心労から中々寝付けず、不安に駆られたまま動画サイトの教習風景を見ていたら、いつの間にかそのままソファで寝てしまったらしい。

電気付けっぱなしの上に、
お風呂の汗を引かせる時の薄着のまんまだった。

変な体制で寝たものだから、
何だか全身痛いし…
髪も収拾がつかない程に
ボッサボサになっていた。


洗面台の鏡の前に立って、
おまけに顔まで浮腫んだ
自分の姿を見て、思わず声が出た。


「ああぁぁううぅぅ…」



い……行きたくねぇ……



この有様の身だしなみを
コレから一生懸命整えて、
昨日完全に自信を
打ち砕かれた教習所に…

また冷や汗をかきに
行かなくてはならないと言うのが、
この上無く億劫だった。


あああダメだ…
また負けてしまいそうだ、
弱い自分に…

…でも、今更逃げて何になる


「ううぅ……うああぁ!!!!」



寝癖のついた髪をゴシャゴシャ掻きむしって雄叫びを上げ、思いっきりため息をつくと、急に正気に戻ることが出来た。


「あーもう決めた。
買ってったろ、アレ」


photo by inagaki junya


教習所は、
最寄りの駅を少し過ぎた先にある。

地方都市とは言え、
通勤ラッシュの時間帯だ。

特に駅周辺で車や人が集まってゴチャつく中、車の間を縫う様にしながらバイクで走り抜ける。

どんな事だって人は
繰り返していれば慣れるものの様で、
こうやって追い抜きを掛けながらバイクに乗るなんて考えもしなかったのに、今では普通にやってしまっていた。

むしろ、コレが出来なきゃ
単車に乗ってる意味が無いとすら
考える様になっているのだから、慣れとは怖い。


小野原の道は何処も大通りだけの一本道ばかりで、抜け道も殆ど無い。

私ですら追い抜きしながら渋滞すり抜けなきゃやってられないと思ってしまうほど、ピーク時にはそこかしこで似た様な小渋滞が起こる。

何となく安いからと選んだだけのバイク通勤は思ってたより正解だったと、今では感じている。


とは言え…
教習所に近づくにつれ、
グググっと込み上げてくる心の重圧は
まだ如何ともし難く、拭いきれない…


でも大丈夫だ。


そんな抵抗感を有耶無耶に出来る
とっておきの幸せアイテムを、
私は道すがらに買っておいた。


教習所に到着すると、いつもの受付のある待合スペースでは無く、自販機とベンチの並ぶ休憩スペースの方へ向かった。

山上さんと言い争いになった、
例の場所だ。


缶コーヒーのブラックを買って席へ座ると、バッグからコンビニでさっき購入したその名も「もっちり食感ロールケーキ」を取り出した。


昨日…ヤケクソのプリンを買った時に見掛けた奴だ。

見境なく一緒に買い出したらキリがない上、運動量だって最近は減っている。

いくらヤケとは言え
カロリーも気にしなきゃならないと
辛うじて買うのを我慢した奴だった。


わたしは「もちもち」とか
「ふわふわ」なんて
文言にめっぽう弱い。


人生は時に厳しいものだ。

挫けそうな心を一時癒すために、
少しばかりの甘いものを口にするのの何が悪い。


…まあ私はこうやって
ストレスが掛かるといつも
お酒か甘い物にすがるタチなので、
心労が続くとすぐに太ってしまう。

なので極力ストレスを
溜めない生活を心掛けているが…


今日は…今日は良いじゃんか。

気分が乗ってる方が、絶対に良い教習が出来るってものだよ、絶対。


そう自分に言い聞かせ、
プラスチックの蓋を外すと
小さく切られたロールケーキを口に運んだ。


…うわぁ…何だよコレ。
やだもう…マジでモッチモチじゃんコレ…


こう言うのが好きな癖に
太るのは嫌で普段食べないものだから、たまに食べた時の効果がテキメンだ。

甘さと食感の喜びの二重奏に、
鏡を見ずとも私の目元や口元が
緩んでいるのが分かる。


何でこう、体に悪いものってのは
脳が痺れるほど美味しいものばかりなのだろう

本当に罪深いと思う。


「あ、いたいた。
おはよう小原さん」


夢見心地まで後一歩の所で
ドアが開いて、我に返る。

振り向くと田丸さんがやって来ていた。


「ああ、おはよう、ございます!」

「なに、おやつタイムしてた?
悪いね邪魔して。…冬木くん、この子。昨日から教習入った小原愛さん」


そう田丸さんに声を掛けられながら、ヌッと休憩室に入って来たのは
やたらと背の高くてガッシリとした体つきの、短髪の男だった。

上下ジャージ姿という出立ちで、
どっからどう見ても体育会系出身、
30代くらいに見える人だった。


「あーこんちわ。
冬木って言います。」


「…?こんにちわ。小原です」


一体何の人なんだろう。

えらいラフな格好だなと
ついジロジロ見てると、
田丸さんが付け加えた。


「小原さんの1週間くらい前から、
おんなじ養成で教習受けてんだよ、冬木くんは。
どう?身体デッカいでしょ?
185あるんだって」

「あ、養成の人なんですね。宜しくです。…何かスポーツとかやってたんですか?」


「おれ、ラグビーやってました」


「学生の時に全国大会とかも出てたんだって。…順調に教習終えたら、多分二人一緒に入社ってなると思うからさ、仲良くやってね」


「おー、じゃ…同期っすね俺達。
これから宜しく。握手しましょう」


「あ、はい。こちらこそ宜しく…
…手ぇデッカイな!!」


私が今までの人生で握手した人間の中で最大の手のデカさだった。
思わず口に出してしまった。

太い声だし体つきも
ゴリラみたいでおっかないけど、

何処かのんびりともしていて、
基本的に人懐こい人の様だった。

田丸さんが所用で席を外した後、
次の教習時間まで少しだけ話した。


「…なんか美味そうなの
食ってんじゃないすか」


「あぁ…いや、教習前に
気合い入れとこうかなって…
よかったら食べます?」


「あーゴメン。俺酒飲みでさぁ、
甘いの苦手なんすよ。
…昨日からって事ぁ、
しばらく座学っすか」


「みたいです。
…運転適性で大分やられたし、
却ってありがたい、その方が…」


「適性かー!!あんなイジワルテスト、何も言われない奴なんて居ないから!!気にしちゃダメすよ!マジで!」


「冬木さんも何か言われたんだ。
…ごめんなさい、なんか凄い安心した」


「まーアレっすわ。
俺のがちょっとだけ先の教習やってっから。なんかあったら聞いて。
じゃあまた」


そう言うとまたデカい身体揺らしながら、ノシノシ別の棟の方へと歩いて行った。


…いや、心強過ぎる。

同じ境遇の人間に、少しでも話を共感してもらえるだけでも本当に心救われる。

あんまり気を使わなくて
良さそうな人柄なのが、なお有難い。


photo by inagaki junya


スイーツパワーと同期の助けもあって、何とかまともな心境で初講義に臨む事が出来た。


座学の内容は大型の一種、ダンプの時のものがバスに置き換わっただけの印象で、
別段に小難しいものでは無かった。

ただ、一種の時と違うのは
受講しているのが私以外全員、
大分年配の人ばかり。

しかも人数も、私含めて
4人だけという少なさだった。


一種の時はそこそこ若い人もいて
人数も多い上に女性の姿もあった筈だけど、

2種となると、ちょっとやっぱり特殊なんだろうか…

予備校の少人数クラスを思い出す様な
少し小さめの部屋で、ひっそりとした感じだ


こんなとこでも
何だかやっぱり何処か独特な、
普通の人はあまり関わる事のない仕事に私は就こうとしてるんだなって気持ちになる。


特にハプニングも無くその後も受講を受け、昼過ぎにはその日予定されていたすべての内容を終えた。


…いざ始まってしまえば拍子抜けする程淡々と、私のバス運転士に向けての第一歩は進み始めてしまった。


まあ、まだ運転してないっていうのが
今の所平穏無事でいられている
一番大きな要因ではあるのだろうけど…

それにしても実感がまだ湧かない。
始まったぞ!目標への第一歩だ!
…みたいな、盛り上がりに欠けていた。

ダンプの仕事を
辞めた時にはあんなにも
「やるぞ、決めたんだ!」って
強く思っていたはずなのに。


…早い話が、
思った以上に燃えてこない。

仕事に入る前にまず免許から…って言うのが目標地点まで遠過ぎて、
ピンと来ないせいか…
何だかモヤモヤした気分だった。


…とは言え、一つずつ
こなしていくしか無い。


教習所を後にする前に、
さっきの休憩スペースに少し立ち寄った。


朝に来た時とは変わって、
チラホラ先客がベンチに座って
思い思いに過ごしている中、

私は窓際の席に
また座って、外を見た。

何となく、まっすぐ帰る気分にならなかった。


…あ、そうだ。
会社に連絡しないと…

携帯を取り出して電話を掛けると、
すぐに電話は繋がった。


「あ、小原です。あの…
昨日から教習所に通わせて頂いてて…そうです。
本日の教習終えましたので連絡を…
はい、わかりました。失礼します。」


見知った運行管理の方とは
別の人だった様で、
少しだけ話が通るのに手間取った。


なにしろ今日の私の
「仕事」はこれで終わった。



…帰って、何しようか。

一応教材ももう一通り目を通しちゃったし現状、先の為に予習出来そうな事も、何もなさそうだった。


何となしに、丁度誰かがバスの教習を始めたのをしばらく眺めたのち、

まだ陽も高いうちに休憩スペースを出て駐車場へ向かって帰り支度をしていると、

朝に見かけた
ジャージ姿の大男が目に入った。



「あ、冬木さんお疲れ様です」


「お?おー小原さんか。
え何、バイク乗りだったの?
これ小原さんのバイク?」


「いやバイク乗りって言うか…
まあ、はい。バイク通勤してます」


「めっちゃイジってあるじゃ無いすか!!
只事じゃねぇなぁこりゃ…
このステップの位置とか…うわー…」


「いやコレ、色々訳あってですね…
私の趣味ってワケじゃ無いですよ!?
…話すと長くなるんですけど…」


「小原さん…
まさかとは思うすけど…」


「…な、なんです?」


「…元レディースの
お方とかじゃ無いすよね?

…いやでもコレ、
族車って感じじゃねぇな。
…流石に違うか…」



…この人マジで、思った事全部言っちゃうタイプの人なんだろうか…

山上さんもそう言う感じだったな…
なんか多いな、最近率直な人との出会いが…


…え、待って。

レディースって…
それバイクの雰囲気の話だよね?

まさか私の見た目がレディースっぽくて言ってるワケじゃ無いよね…?


「まあ、良いか。
今日もうアガリっすか?」


「(まあ良くねぇが)
はい、今日は上がりです。
冬木さんはまだこれから?」


「いやもう…スッゲー時間空いた後、
一限予約取れたんで入れたんすよ。
暇だし、出たとこのラーメン屋
行ってみっかなって思って。」


「まだ続くんだ。
張り切ってますね」


「いやー教習早く終わらせて
早く正社員になってさー、
仕事したいからさ」


「そろそろ運転の教習ですか?」


「あー、順調に行けば明後日から。

あ、もしアレなら
小原さんもラーメン行く?
何かあんま美味そうな
雰囲気じゃない所だけど」


「いやぁ…今日は…いいかな?
ダイエット中なのに、
朝方甘いのも食べちゃったし」


「あー了解。じゃあまた明日ねー。
明日会ったら感想教えるよ。」


「感想……ラーメンの?」


「そうだよ。
一応餃子も試してみるわ。
じゃ、お疲れしたー」


そう言い残してまたノシノシ、
私に背を向けて歩いて行ってしまった。

……誘われた…
とか言うワケじゃ無いよな?

なんかもう
友達みたいな態度だったし…

…気さくとでも言うか、
そう言う人なんだろう。


或いは、何と言うか…
雑な人なのか…

頭の中に幾つも???…を
浮かべながら
メットを被って家に帰った。



画像を拝借させて頂いております
稲垣純也様のマガジンです。

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