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よの19 たかが10分されど10分

同じ職場の一個下の後輩の坂本くん。
とある仕事の打ち合わせで彼と待ち合わせをした。

午後1時30分駅の改札口で。

私は少し早く着いて彼を待った。

午後1時40分。
あたふたと小走りで坂本くんが現れる。
「お待たせしてすいません」
愛嬌のある笑顔で頭を下げる。

10分遅れだ。

まあ。
たかが10分の遅れで、
文句を言うつもりはない。
特に気にすることなく、
われわれは仕事の現場に向かった。


一週間後。

たまたま坂本くんと一緒の現場を任されて、
ふたたび駅の改札で待ち合わせをした。

待ち合わせ時間は、午前10時。
今日も少し早く着いて彼を待った。

午前10時10分。
坂本くんが、あたふたと小走りで現れる。
「すいませ~ん。お待たせしちゃって」

まあ。
ちょっとしたアクシデントで遅れることはよくあるし、待ち合わせ時間は大抵ちょっと遅れてもいいように設定してあるのだ。
あえてそれに触れることなく、われわれは現場に向かった。


それから1ヶ月が経った。

今まで特に注意していなかったが、坂本くんは普段からよく遅れて出勤してくるようだ。常習者らしい。

ただ、大きな遅刻はほぼなく、いつも10分程度遅れてくるのだ。

10分の遅刻。

10分程度の遅刻は誰でもよくあることだし、うちの職場では特に取り立てて誰かが改まって注意することはない。だからといって遅れていいということでもないのだが。


それから一週間後。

ふたたび、坂本くんと待ち合わせた。
待ち合わせ時間は午前11時30分。

坂本くんは、午前11時40分ぴったりに現れた。
「お待たせしました~」

「・・・・・・」

その日私はしばし熟考した。

なぜ、彼は毎回10分遅れてくるのだろうか?
しかもぴったり10分。
ある意味時間に正確だとも言える。

この間出勤時間が30分遅く変更されたとき、その遅くなった時間からきっちり10分遅れて彼は来た。


推測するに、おそらく彼は。

毎回待ち合わせ時間ぴったりに来ようとしているのではなかろうか。
時間ぴったりに来ようとすれば、たいてい多少何かがあって、若干遅れるもの。

10分前くらいに来ようとして、はじめてちょうどくらいの時間に着くのだ。

私の場合は、いつも20分前に着くよう計算して出発する。そうするとだいたい10分前前後に到着するのだ。

それが社会人というものだ。


たかだか10分。
10分遅れたからって大したことはないだろう。

ただ。
たかが10分が、待たされた人の10分を奪ってしまうことになってしまう。
たかが10分が時には人の信用失うことに繋がってしまう場合だってあるのだ。


と、いうようなことを、

たまたま坂本くんと飲みの席で話してみた。
すると、坂本くんの目がキラリと光り、
「たかが10分、されど10分ですね」
と納得したような表情で私を見た。

その場に感動の空気が流れた。

私は酒のせいもあってか、その後も
調子に乗って話しを続けた。

10分が長いか短いか。
一生のうちの10分なんてほんの一瞬に過ぎない。
だか10分待たされるカップラーメンは長いと感じてしまうはずだ。
待たせる10分はあっという間だが、待つ10分は長いのだ。10分で信用を失ってしまうこともあるが、逆に10分で信用を作ることも可能なのだ。

その日以来、坂本くんは待ち合わせ時間よりも10分早く到着するようになった。

坂本くんは変わった。

かのように見えたが、2,3日で遅れがちになり、あっという間に元の坂本くんに戻ってしまった。


以来、

彼は待ち合わせ時間に遅れながらも、持ち前の愛嬌で乗り越え、仕事を続けた。

そして一年後、彼は私を越えて出世した。


「・・・・・」
私は熟考した。

なぜ彼は10分遅れ続けるのだろう。

私は熟考に熟考を重ね、
そして、
ある答えにたどり着いた。


おそらく彼は。

時間を無駄にしたくない派なのではないだろうか。

常に時間に遅れないように着くためには、多少早めに出発しなければならない。それがたとえ10分であっても、彼にとっては10分の無駄な時間なのだ。

それが毎日続くとなると、365日で3650分の無駄な時間ができてしまう。
 私の場合は、いつも20分早く出発しているから、20分×365日=7300分無駄にしてることになる。

しかも。

逆に、毎回10分遅れてくるということは、ある意味10分得しているということでもある。
1年間で3650分のお得。

とすると。
私と彼とでは実に30分の差があることになるから、30分×365日=10950分。
なんと私は彼と比べると、計算上1年で10950分も無駄にしていることになるのだ。

さらには。
10分という時間はぎりぎり許容されうる、
遅れすぎない絶妙な時間でもある。
おそらくは彼はそれを本能的につかんでいる、
まさに達人、私なんかよりもずっと上手なのだ。

しかも。
彼の10分程度遅れは、社員達の時間に遅れてはいけないというプレッシャーを和ませ、ギスギスした社内を潤す役割をもはたしている。

だれもが、たかが10分遅れたくらいで目くじら立てるなよ、と腹のなかでは思っているが、口に出せないでいるのだ。




そして一週間後。

私は、朝予期せぬハプニングがあって、いつもより20分ほど遅れて家を出た。

遅刻するかもしれない。

しかしながら。

まてよ。と思った。


少しぐらい遅れてもいいじゃないか。

そう思うと気が楽になった。
私は結果的に、15分遅刻した。


しかしながら、遅刻して入った
社内の視線は思いのほか冷たかった。

しかもその日は運悪く、たまたま加藤先輩
の目について、呼び出されて厳しめに注意された。

たった1回の遅刻なのに・・

「・・・・・」
私は熟考のあと、つぶやいた。


う~ん。
たかが10分されど10分。



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kawawano


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