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よの23 あうんの呼吸

他人からみて我慢できそうに思えることが当人にとっては我慢できないということがある。
分かってもらえない我慢はよけいに辛かったりする。

山崎さんは一年上の先輩で、私はいつも彼とチームを組んで仕事をしている。
ところが、山崎さんとは、いつもなにかタイミングが合わないというか、常に山崎さんが半テンポ遅れているような気がして、それがなにか妙に気になってしまうのだ。

これが息が合わないということなのだろうか。

他の人と組んだときはなんでもない。
そしてもちろん山崎さんが仕事が出来ないとか、ミスをするとかということでは全くない。

山崎さんは真面目すぎるほどいい人だし、
仲もそれほど悪くはないのだ。

ただただ、作業のたびに半テンポズレている、ような気がするのだ。
そしてそれは、もしかして気のせいかもしれない、と思えるような小さな違和感なのだが、ただ、確実にそれはあるのだ。

何度も言うようだが山崎さん以外ではそれは無い。
山崎さんと作業をする時だけ、毎回、しかもある意味正確に、半テンポズレてくるのだ。

その半テンポがなんなのかは今もってわからない。

なんとなく我慢できそうな、できなさそうな、微妙なズレが、作業中ずっと規則正しく続くのだ。

当然ながら山崎さんはそれを知らないし、関係ないかもしれないが結構山崎さんはいい人なのだ。
仲も悪いということでは全くない。

その微妙な半テンポが、数日のことだったら、もちろん気にも止めないだろう。
その微妙な半テンポが、軽いジャブのように、毎回規則正しく、かれこれ8年続いていて、最近それがボディブローのように効いてきているような気がするのだ。
当然山崎さんに落ち度はないし、基本的にいい人だ。

自分だけ我慢すれば、気にしなければすむことなのかもしれないが、ただそれはこれからもずっと、定年まで続いていくのだ。

我慢とはいえないかもしれない我慢をしていること。
しかもその我慢を相手は知らないこと。
そして本来受けるはずのないストレスを受けているということ。(つまり業務とは全く関係ない)

それらが微妙に絡み合って、何ともいえないストレスを感じさせているのかもしれない。

「いったいなんなんだ?」と、
言いたいが言えない。
山崎さんは基本的に真面目だし、結構いい人なのだ。


そして私は今日もまた、
何ともいえない微妙なストレスを蓄積させながら、仕事を終え帰宅した。

その帰り道。

一本道。

向こうから一人の男が歩いてきた。
そのまままっすぐ進むとその男とぶつかる。

私は進路を左にずらした。
と。
正に同じタイミングで男も同じ方向に進路変えた。

男と真正面。
このままいくとぶつかる。

私は今度は右に進路をずらす。
と、またもやピタリのタイミングで男も同じ方向へ進路をずらす。

私がとっさにまた左に戻そうとすると、
男も戻そうとし、
私がそれを見てフェイントで右にずらすと、
男も右にずらした。

気持ちのいいほどタイミングがぴったり合う。

私は必死に左に、右に、ずらそうとしても、ことごとく相手はぴたりとついてくる。

まるで鏡の自分を見ているかのような動き。
信じられない。
こんなことがあるのだろうか。

身動きが取れず、
ついに私はバランスを崩してその場に倒れかけた。
それはまるで、あうんの呼吸。達人の技を見せられたような心持ちだった。


参りました。

男は全く手も触れず、私は倒されながら綺麗に受け身を取った。

男は振り返ることもなく立ち去っていく。
私はその男の立ち去る後ろ姿を、ただただ見送った。

今までの何ともいえないズレが、たちどころににぴたりと正された爽快感を感じながら。




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kawawano





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