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よの26 申し訳ございません

部屋探しで妻と、とある不動産会社に入った。

「いらっしゃいませ。本日はお部屋をお探しですね?ありがとうございます。こちらでお待ちください」

受付に案内され席で待っていると、
隣の席から「申し訳ございません」
という声が聞こえてきた。

なにやら男性客が声を荒げながら店員に文句言っている。ちょっとしたミスをなじっているようだ。

クレーマーかな。

私は思わず妻と顔を見合わせ、
ちょっと大人げないねと耳打ちした。

平謝りの店員。
男は怒りを抑えきれないといった表情。

ふと。
その男と目が合った。
私は哀れみの表情で男を見る。

と。
我に返ったのか、男は恥ずかしそうに目を伏せた。



10分ばかりして営業担当がやってきた。
「お待たせして大変申し訳ございません。スマイルの佐々木と申します」
店名がスマイルだからというわけではないとは思うが、妙に笑顔の似合う三十前後の男性だ。

佐々木さんは、待つ間に記入したアンケート用紙を見ながら質問する。
「松本様はどのような物件をお探しでしょうか?」
「・・松木ですけど」
「大変申し訳ございません。松木様」
愛嬌ある笑顔で謝る佐々木さん。

我々の条件を確認しながら何枚かの図面を出してくれた。そして、そのうちオススメの3物件を案内してもらうことになった。

案内の車内で妻が、感じのいい人ね、と私に耳打ちする。確かに愛嬌があって感じのいい青年だ。

ただ。
ひとつ気になるのは、小さな事ではあるのだが、何だかちょくちょく間違えるのだ。名前だったり、条件の聞き間違えだったり、物件の内容だったり。

でもそれが愛嬌があって妻にはむしろ好感らしい。
確かに悪い気はしない。

と、突然、
「あれっ・・?」と佐々木さんがつぶやく。

どうやら道を間違ったらしい。
申し訳ございません、と佐々木さん。
「・・・・」
私と妻は思わず顔を見合わせて苦笑する。

現地に着いて部屋を開けようとして、
「あれっ・・」という声。
ドキッとする。

鍵を間違ったらしい。
大変申し訳ございません、と愛嬌ある笑顔で謝る佐々木さん。

仕方なくその物件を後回しにして、途中鍵を取りに戻りつつ、3物件を内覧をした。

が。

正直気に入る物件はなかった。
というか、3物件ともなんだか微妙で、そもそもチョイスが間違っているのではと思えてならなかった。

店に戻ってきて、再び佐々木さんが物件を提案してくれるがやっぱり微妙で、どうしようか、となりかけたとき、
「この、本郷町の6万3千円の2LDKって見れますか?」
と妻がさっきからネット検索していた自分のiphoneの画面を佐々木さんに見せた。

「あ、この物件ですね、ちょっとお待ちください」
一度奥へ引っ込み、すぐ戻ってくる。
「大丈夫です。よろしければ明日ご案内します」
と愛嬌のある笑顔で佐々木さんは答えた。


次の日。

われわれは再び佐々木さんの案内で本郷町6万3千円の物件へ向かった。

物件に着くやいなや、あれっ?とつぶやく佐々木さん。
ドキッとしながら、「な、なにか?」と私。
「あ・・いえ、大丈夫です」と佐々木さん。

脅かすなよ、と思ったが案内されたその部屋は思いのほか良かった。

「いいじゃない。思ってたより全然いいよ」と私。
「いいね。思ってたより広くない?」と妻。

われわれは一瞬で気に入った。
ここにしよう。

こんないい物件があるんだったらもっと早く紹介してよ佐々木さん、と冗談まじりに会話しながら、上機嫌で店に戻ってすぐ物件の申し込みをした。

手続き中も相変わらず佐々木さんは小さなミスを連発するが、いい物件が見つかったわれわれは気にすることなく終始笑顔でいい気分で帰った。


と、その夜。
佐々木さんから電話が掛かってきた。

「大変申し訳ございません」と佐々木さん。
ドキッとする私。
「ど、どうしたんですか?」
「じ、実は・・、間違って違うお部屋をご案内してしまいまして・・」

え?

どういうこと?
一瞬頭が真っ白になる。

どうやら今日見た物件は本郷町6万3千円の物件ではなかったらしい。見たのはすでに成約した物件で8万円のちょっと広くて設備が新しい部屋だったというのだ。

そんなことある?
違う部屋を案内するなんて。
理解不能になりかけた頭を整理しながら冷静に、8万円か、道理で気に入るはずだよ、と思った。

大変申し訳ございませんと何度も電話越しで謝る佐々木さん。

まあ。
間違えは誰にでもある。

私は今週末、今一度本郷町6万3千円の物件を見に行くことを約束して電話を切ったが、その後の妻への説明にひと苦労した。

なぜあの物件が本郷町6万3千円の物件ではないのか。どうして違う物件を案内したのか。どうして成約した物件を案内するのか。そんなことがあり得るのか。そもそも8万円の物件なんて見たくなかった。どういうふうにしたら間違えることができるのか、等々無限ループがしばらく続いた。

まあ。
事実起こったことなんだから。
しょうがないじゃない。

週末。
われわれは気を取り直して店に出かけた。

店内に入るやいなや、またもや
「申し訳ございません」
と佐々木さんが平謝りをしてくる。

冷や汗が出る、われわれ。

もしかして。

案の定、本郷町の6万3千円は申し込みが入り決まってしまったという話しだった。

あるあるである。

まあ。
しょうがない。

仕方なく、われわれは代わりに用意してくれていた物件を2つ内見した。

しかし。

う~ん。
微妙である。

が。
賃貸だし、わがままも言ってられないか。
そんなに長々と探してられないし。

ふと、愛嬌ある笑顔で説明をしてくれる佐々木さんを見て、なんだか本当に部屋が見つかるのか不安になってきたし。

結局、われわれは案内された2つ目の物件の申し込みをすることにした。

店に戻って申し込み書に記入していると、突然、
「あれっ・・?」と佐々木さん。
私と妻はドキッとする。
「申し訳ございません」と佐々木さん。

今度はなに?

「こちらの物件の駐車場ですが、実は今一台しか空きがなくて・・」
「あ、大丈夫です。妻は運転しないので、一台でいいです」
「そうですか。よかった」

脅かすなよ。そもそも二台必要だなんて言ってないし。
「あと・・実は・・」と恐る恐る切り出す佐々木さん。
ビクッとするわれわれ。

まだなにか?

「水道代なんですが、2ヶ月に1回大家さんにお振り込み頂くかたちになっております」

え?と思ったが、
「わかりました。そういうかたちで大丈夫です」
その程度のことで逆に良かった。

それよりもなによりも、そもそも物件自体間違いないのか、ちゃんと期日までに入れるのか念押しで確認をすると、佐々木さんは「大丈夫です」と悪気のない愛嬌ある笑顔で答えた。

しかしながら。
正直、申し込みしてから部屋の鍵の受け渡しまでの数週間は気が気ではなかった。

説明内容がちょくちょく違っていたり、途中で設備内容の変更があったり、書類の不備あったりで何度か来店させられたり、後出しでいろいろと出てくるのだ。

大丈夫なんだろうか。

佐々木さんから着信があるたびビクッとしてしまう。
今はとにかく早く無事に引っ越せればいいという気持ちだけだ。


そして。
いよいよ鍵の受け渡し当日。

私は受け取り時間に店を訪れた。
席に案内され、佐々木さんの戻りが遅れているので5分少々お待ちくださいという説明を受けた。

なんとか無事引越しができそうだ。

と、少しだけほっとした瞬間、
今までのことが走馬灯のように一気に思い出されてきた。

最初は愛嬌があっていい青年だと思った。
ちょくちょく間違えるのも人間味がある証拠だ。
完璧な人間なんていないのだから。

ただ。
いくらなんでも間違えすぎではないだろうか。
いったいどれだけ間違えれば済むというのだ。

名前を間違える。道を間違える。鍵を忘れる。書類を間違える。部屋を間違える。振込先を間違える。後から後から不備間違いが出てくるのだ。

あらためて思い出すと何だか無性に腹立たしくなってきた。

ありえない。

あの愛嬌ある笑顔も嫌みに思えてくる。

結局。
反省していないから繰り返すのだ。

そして、今までのたくさんの申し訳ございませんが一度に頭の中で鳴り響いてきた。申し訳ございませんが、全く反省してございませんに聞こえてくる。


と。

佐々木さんが店に戻ってきた。
慌てながらこちらの席へ駆けつけてくる。
そしてあの愛嬌ある笑顔をちょっとだけ歪ませながら、
「遅れてしまって大変申し訳ございません。松本様」

と、言った。


え?
耳を疑う。

ここで、名前間違える?

ありえない。

めったに怒りを出さない私が思わずカッとなった。

そして、松木だよ、名前も覚えられないか、と声を荒げて佐々木さんをなじってしまっている自分がいた。

何度も平謝りする佐々木さん。


ふと。

視線を感じたその方向を見ると、2人組の女性客と目が合った。

女性2人とも。
何ともいえない表情でこちらを見ている。

哀れみの目。


いや。

違うんだ。

そうじゃないんだ。

思わずその女性達に今までの経緯を説明しに行きたい衝動に駆られたが、それも叶わず、私は思わず恥ずかしそうに目を伏せた。




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kawawano


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かわわの
小さな喜びの積み重ねが大きな喜びを創っていくと信じています。ほんの小さな「クスッ」がどなたかの喜びのほんの一粒になったら、とても嬉しいなぁと思いながら創っています。