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短編小説

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#SF

宇宙の内外および理想と実情への想い

 私は宇宙的空間とやらに理想的な思いを巡らせたことなどただの一度もないが、人々が空に憧れ、上を目指し、あのどこまでも続く星々の空間の中へ飛び込んでいきたいという欲求は、充分に理解しているつもりだった。それは人々の「内側」に、それら自身の宇宙空間があり、そしてそこに住まう宇宙人がいて、生態系があって、出来事があるのだ。その限りにおいて、宇宙はまだ人々と幸せな関係を築いている。  しかし、人間の「宇宙飛行士」という職業は、昔ほどは手の届かない存在ではなくなり、それどころか金さえあ

非・世界への誘い:消失者、大越美墨②

 戦いとは、生存戦略だ。それは生き残るための手段であり、誰にでも平等に与えられた権利であり、大したコストもかからない、使って当たり前の道具だ。  にもかかわらず、それを放棄する人間がいた。そいつはそうすることが正しいと信じて”戦うこと”を捨てたのだ。けれど結果はひどいものだった。そいつはもう二度と戦えない身体にされ、その正しささえも失い、さまよえる生きた屍となった。  自分はそうなるまい。そう決めて、俺は武器を取ることにした。  大学3年の春、この世からその存在が消え去った

非・世界への誘い:調世者、黒滝四鳴

 無駄だとわかっているならなくせばいい。不快ならやめさせればいい。気に食わないなら殴ればいい。この世界は単純だった。それほどに。けれどいつしかそうではなくなった。単純では困ると考えた者が勝手にルールを課した。なぜか、誰もがそれに従わねばならなくなった。従わない者は異端とされた。それはあたかも、作られた世界だ。誰かによって与えられた偽りだ。  「灯り以外」が光の恩恵を受けない暗闇の中で、黒滝四鳴(しなり)は待っていた。周囲は一見何もない真っ黒な空間で、まるで身動きすらとれない

非・世界への誘い:消失者、大越美墨①

 世界には無駄が多い。袋に入ったお菓子1つ1つを包む個包装、宅配便のサイズの合っていない段ボール箱、顔を突き合わせての会議、印刷しなければ突き返される資料、好きとか嫌いとかの余計な人間的感情。  無駄は削減されなければならないのに、一向にその気配はない。私たちは無駄と共に生きている。無駄がなければ生きられないかと言っているかのようだ。もしかすると削減する気などないのかもしれない。誰かがやればいい。皆、そう思っている。  大学3年の春、大越美墨(みすみ)はこの世から消えた。な

世界では布団が禁止になっていた。

 朝は眠い。  まどろみの中から何者かに引っ張り上げられる感覚がする。私は夢の中で赤子になっていた。今は亡き母の子守歌を聞きながら、暖かい布団の中で、ただひたすらに安眠を貪るのである。  それは至福だった。  昔ながらの家屋の中で母と2人、なんの憂いもなく柔らかな居心地に抱かれることが、ではない。  布団だ。  赤子の私の矮小な手でも握りしめることができ、そしてそれは暖かな弾力を返し、まるでこの手の中に収まっていることが母の腹にいたときから決まっていたかのように、収まりが良い

『世界は緑に沈むのか』緑化対策局、ナッシュの記録

  ただ無機質な機械と人工物と、高い建物とよどんだ雲が視界を埋める景色より、ただみずみずしい空気と自然と、高い山々と澄んだ空が見えるほうがよほど嬉しい。自然こそが私達の還る場所だ。作り出したものではなく、もうずっと昔からそこにあるものの一部に私達はなるべきなのである。  緊急警報が鳴った。  ナッシュははっと目を覚まし、椅子を蹴倒して立ち上がった。机においていた書類の束が雪崩を起こす。ナッシュは舌打ちをした。 「クレドのやつ、だから片付けろって言ったんだ……!」  悪態は、