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短編小説

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#ファンタジー

ただ、自分の死の後の世界を

 大泉昌は驚いていた。黄色いテープが張り巡らされた白いガードレールには、いくつかの花束が手向けられている。その交差点では先週事故があり、昌はそこで死んだのだ。事故だったが、そう受け取らない人々もいた。昌自身も、振り返るとあの時は特に気分が落ち込んでいて、落ち込みすぎて良く分からなくなっているくらいだったから、ふらりと赤信号に飛び出してしまったのかもしれないと分析している。  ともあれ、彼はそんな冷静な判断とは裏腹に、ともかく、驚いていた。矛盾するかもしれないが、彼の今の状態で

非・世界への誘い:消失者、大越美墨②

 戦いとは、生存戦略だ。それは生き残るための手段であり、誰にでも平等に与えられた権利であり、大したコストもかからない、使って当たり前の道具だ。  にもかかわらず、それを放棄する人間がいた。そいつはそうすることが正しいと信じて”戦うこと”を捨てたのだ。けれど結果はひどいものだった。そいつはもう二度と戦えない身体にされ、その正しささえも失い、さまよえる生きた屍となった。  自分はそうなるまい。そう決めて、俺は武器を取ることにした。  大学3年の春、この世からその存在が消え去った

非・世界への誘い:調世者、黒滝四鳴

 無駄だとわかっているならなくせばいい。不快ならやめさせればいい。気に食わないなら殴ればいい。この世界は単純だった。それほどに。けれどいつしかそうではなくなった。単純では困ると考えた者が勝手にルールを課した。なぜか、誰もがそれに従わねばならなくなった。従わない者は異端とされた。それはあたかも、作られた世界だ。誰かによって与えられた偽りだ。  「灯り以外」が光の恩恵を受けない暗闇の中で、黒滝四鳴(しなり)は待っていた。周囲は一見何もない真っ黒な空間で、まるで身動きすらとれない

非・世界への誘い:消失者、大越美墨①

 世界には無駄が多い。袋に入ったお菓子1つ1つを包む個包装、宅配便のサイズの合っていない段ボール箱、顔を突き合わせての会議、印刷しなければ突き返される資料、好きとか嫌いとかの余計な人間的感情。  無駄は削減されなければならないのに、一向にその気配はない。私たちは無駄と共に生きている。無駄がなければ生きられないかと言っているかのようだ。もしかすると削減する気などないのかもしれない。誰かがやればいい。皆、そう思っている。  大学3年の春、大越美墨(みすみ)はこの世から消えた。な

『世界は緑に沈むのか』緑化対策局、ナッシュの記録

  ただ無機質な機械と人工物と、高い建物とよどんだ雲が視界を埋める景色より、ただみずみずしい空気と自然と、高い山々と澄んだ空が見えるほうがよほど嬉しい。自然こそが私達の還る場所だ。作り出したものではなく、もうずっと昔からそこにあるものの一部に私達はなるべきなのである。  緊急警報が鳴った。  ナッシュははっと目を覚まし、椅子を蹴倒して立ち上がった。机においていた書類の束が雪崩を起こす。ナッシュは舌打ちをした。 「クレドのやつ、だから片付けろって言ったんだ……!」  悪態は、

クロン=ルーマ貿易戦線

クロン=ルーマ …交易会社代表。壮年の人間男性。 オビル=イムエル …交易会社新入り。精悍な青年であり操船技術を持つ。 オーリン=セン  …魔導軍兵団副団長。無口で大柄な中年男性。  エタムスナート皇国は、広大な国土に何千万もの臣民を抱える、ムスナート大陸で最も歴史ある国だった。大陸の中心故に交易が盛んであり、同時に、他の国を圧倒する経済力および軍事力を持っている。  中でも、その豊富な予算によって育成・編成された「魔導軍兵団」は強力無比である。大陸中から選抜された優秀な魔