『晴れ、時々くらげを呼ぶ』(講談社)鯨井あめ 著
突然だが、あなたは高校生だとしよう。
放課後、校舎の屋上へ行くと、小動物のように小柄でぐりぐりとした大きな瞳を持つ女子が、小さな両手を空へ突き上げこう叫んでいる。
「くらげよ、来い! 降って来い!」
さぁ、この場面であなたならどうする。
①様子を見る
②逃げる
③隣に行く
私なら迷わず③だ!!
彼女の隣へ立ち、右手は口元、左手は腰のくびれに添え、全身全霊で叫ぶ。
「スクールカウンセラー!! 出動!!」
くらげは降らず、物語は終了だ。そして、カウンセラーは残業だ。
しかし、鯨井さんはこんな不思議ちゃんの物語を無惨に終わらせたりはしなかった。
小説家だった父を病気で亡くし、読書が嫌いになった主人公、亨(とおる)。
理不尽な世界と戦うため、空からくらげを降らせようとする少女。
小説の言葉たちに救われ、そこから独自の哲学を構築する先輩。
取り憑かれたように勉強に猛進する、影あるクラスメイト。
個性が強い登場人物ばかりだが、何故かすぐ近くで起きている話のような、そんな気持ちになっていく。
私は高校生でも無いし、くらげ乞いをしたことも無い。読書は好きだが、矢延先輩のように確固たる主張を何の迷いもなく他者に述べるなんて出来ない。
ちなみに、取り憑かれたように勉強をしていたら、きっともう少しマシな文章がここに書かれているだろうから、そう、取り憑かれた経験はない(笑)
それでも、どうしてだろう──。この物語は、距離が近い気がする。
周囲を突き放しているのに本当は人が好きで、変わりたいのに変わることを恐れて無関心を装う享。そんな彼が読み進めていくうちに、放っておけない存在になっていく。
次第に、忘れてしまったり諦めかけていた夢が、戦う心がここには詰まっていると気付かされる。
どうしても登場人物が高校生だと、若い人に向けた小説に思えてしまうが、本書は理不尽な世界に生きている人ならきっと、登場人物達が発する言葉のどれか一つでも「忘れられない台詞」を見つけ出せると思う。
2020年現在、世界は禍の中に放り込まれている状態だ。理不尽さが一切ない状態の人などいるのだろうか。
もしかしたら、何の影響もなく「被害にあっている人は自業自得」と思っている人もいるかもしれない。きっとそういう人は、被害者となった時、自身を責めてしまうのだろう。
でも、そうでは無いと私は思う。人は弱いし、誰かに頼りたいものだ。そして、弱いなりに抵抗しても良いのだと、そう教えてくれたのが
『晴れ、時々、くらげを呼ぶ』だ。
時々なら、くらげを呼んだって良いんだ。突拍子も無い発言をしたって、見捨てない人達はきっといる。
いま、息苦しさに耐えている人がいたら
深呼吸をして蒼天を見上げるように、どうかこの本を読んで欲しい。
くらげは降る。それは、この物語に出会えた人達だけが使える、魔法の言葉なのだ。