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銃と宇宙 GUNS&UNIVERSE

2016年から活動しているセルパブSF雑誌『銃と宇宙 GUNS&UNIVERSE』のnote版です。
明るく楽しく激しい、セルフパブリッシング・エンターテインメント・SFマガジン。気鋭の作家が集まって…
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#小説

目次

各作品の第1話へのリンクです。 (作者50音順) 神楽坂らせん 宇宙の渚でおてんば娘が大冒険『ちょっと上まで…』 かわせひろし 少年とポンコツロボと宇宙船『キャプテン・ラクトの宇宙船』 道具として生まれ命を搾取されるクローンたち『クローン04』 にぽっくめいきんぐ 汎銀河規模まんじゅうこわい『いないいないもばあのうち』 宇宙人形スイッチくん夫婦の危機を救う『アリストテレスイッチ』 幾つもの世界と揺らぐリアリティ『町本寺門は知っている』 波野發作 銀河商業協同組合勃興記

プロキシマ・ケンタウリ

 明るく輝くいくつものモニターの前で、私は高ぶる気持ちを抑え切れずにいた。  並ぶ画面の中の数々の数値を、一つ一つチェックする。それはいつもの手順だ。  だが状況が、いつもと同じではない。つい気になって、何度も確認してしまう。  私のような天文学者にとって、このような状況で気分をしずめろというのは無理な話だ。  何しろ今日はこれから、新型宇宙望遠鏡での初観測を行うのだから。  宇宙望遠鏡は天文学者にとって夢の観測機器だ。長年の悩みを解決してくれた。  大気は地表から宇宙に向か

いつまでも変わらぬ愛を

 私はじっと息をひそめていた。  奥の部屋で彼が原稿を書いているから。  その邪魔をしないようにソファーに座り、身じろぎもせず、じっと待つ。  音をたてるなんてもってのほか。動く気配でさえ、彼の集中をさまたげるかもしれない。  だから私は、じっと待つ。  ただ、じっと。  ひたすら、じっと。  部屋からはかすかな打鍵の音だけが伝わってくる。  彼が使っているのは古風なメカニカルキーボード。今は思考入力が当然だ。脳波から考えていることを読み取り、文章の形に整えて表示する。  だ

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クローン04 第14,15最終話

  十四 彼もまた  長引く戦いに、リンスゥの身体が悲鳴を上げ続けている。  クロックアップし、身体の動きをプログラムに委ねている分、痛みに対して敏感になった。意識を身体を動かすことに向ける必要がなく、これだけ激しく動いている中でも冷静に状況を感じることができるからだ。  激しい息づかい、ふみこむ足音、ナイフが風を切り、時折はじきあう。そんな目まぐるしい戦いの中でも、リンスゥの意識はそれと少し距離を置いている。周囲の音は聞こえているのに、同時に静まり返っていて、リンスゥには

クローン04 第13話

  十三 彼女の決意が 日が沈み、夜はふけゆき、月が高く昇った。  この近辺は歓楽街のような不夜城というわけではない。一軒、また一軒と営業が終わり、通りは暗くなっていく。  街中が店じまいして人通りが少なくなるのを待って、リンスゥはシロウの部屋の窓からそっとぬけ出した。  となりの建物との間隔はせまい。逆にそれを利用し、壁に背中をつけ、向こうの壁に両足を突っ張って、体を支える。腕を使い、少しずつずらしていくようにして移動する。  これはロッククライミングで、体が入る大きな裂

クローン04 第12話

  十二 私がいたら 「リンスゥのベッド、シーツだけじゃなくて下の布団まで穴開いちゃったし、かえないとねえ」  話しかけたのはマリア。襲撃され荒らされたリンスゥの部屋から自室に移動して、二人の枕を自分のベッドに並べている。 「うん……」  答えるリンスゥ。破れたパジャマをぬいで新しい物に袖を通していた。気のぬけた返事。  その口調にマリアは振り返る。リンスゥはどこかぼんやりと、心ここにあらずといったふう。  それを、さっきの事態の反動だろうとマリアは受け取った。戦闘型のクロ

クローン04 第11話

十一 交換可能の部品 外は嵐。夜半過ぎ。  表の荒れくるう闇とは対照的に、その部屋は明るい光に満たされていた。  単に輝度の高い照明が点いているだけではない。白い壁、白い天井、そして並ぶ機器類も白い外装をしており、ことさら明るい印象を強めている。  そこに白衣を着た男がいた。そこら中で光るモニターをのぞきこんでいる。その男がおどろいたようにつぶやいた。 「九十六号が仕留めそこなったって?」  ここは暁里(シャオリ)生物科技本社検査室。そこで様々な機器に取り囲まれるようにして

クローン04 第10話

  十 私たちと同じ 「え、おばちゃん出かけたの?」  買い出しに行き、寄り道してすっかり遅れて、おばちゃんに怒られるとあわてたマリアとリンスゥ。しかし店にもどってみると、当のヤーフェイはそこにいなかった。  それを伝えてくれたのは夕方早くにやってくる常連の三人、ワン、グォ、チェン。いつもの席ではなく、奥のテーブルに座っている。小太りのワンが外を指さした。 「何か急用とかで、今出てったよ。二人を待ってたみたいだったけど」 「あれー、これはかなり怒られるね」  リンスゥと目を

クローン04 第9話

  九 それ以上の存在 「これが街頭センサーの記録だ」  壁の大型スクリーンに映し出されているのは、東京都市部の俯瞰図。そこに一本の赤い線が描かれている。線は、あるところではまっすぐ大胆に進み、あるところでは細かく向きを変えて、くねくねと動き回っている。  新宿近郊を動き回っていたその線は、急にその場をはなれる動きを見せる。公園内に侵入したのち、さらに離脱して海へと向かう。そして海沿いの地域で、ぶつぶつととぎれ、やがて消えていた。 「全域をカバーしているわけじゃないんだな」

クローン04 第8話

  八 プリンの日  がちゃーん!  かん高い破壊音が、昼下がり休憩時間中の店内にひびいた。  居合わせた人たちがおどろいて肩をすくめ、音源を振り向く。  視線の先には、一人の女性。  すらりとした立ち姿。  整った、それでいてどこか少女の面影を残す顔立ち。  ただし今、その表情は強ばっている。  固まって立ちすくんでいるのは、リンスゥだった。  両手はお腹の前にささげる形。右手にはあわ立つスポンジをにぎっている。その姿勢で、下を向いて動かない。  かすかに眉をひそめ、口元

不謹慎ピクニック

「さあ、行くぞ!」  お父さんがうれしそうな顔でイグニッションキーをひねる。最初きゅきゅきゅと音がしたあと、ぶおーんとエンジンがふき上がる。  その音を聞いてにこにこ顔のお父さんに対して、となりの助手席のお母さんは少し顔をくもらせている。 「こんな日にピクニックだなんて、不謹慎だって思われないかな」  それはぼくも同感。後ろの席から窓の外を見る。確かに雲一つなく晴れ上がった空はピクニック日和に見えるけれど、視線を落として地上の他の状況を考えたら、ふつうは遊びに行くような日じゃ

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クローン04 第7話

  七 なかなかの器量  今宵は新月。太陽と共に月も沈み、夜の闇が一層その深さを増す。人々が寝静まった深夜の静寂。繁華街のような眠らない街とちがい、居住区に群立するマンションの影の中では、静けさはさらに際立つ。  そのマンションの通路を歩く人影があった。  それは件の会社『暁里(シャオリ)生物科技』のクローン、九十六号。  『暁里生物科技』は、その名が示す通り、大陸からこの地に進出した会社である。だが現在の活動拠点はむしろ日本が中心になっていて、大陸からの他の勢力を迎え撃つ

クローン04 第6話

  六 彼女が私で、私は彼女 「リンスゥ、表の札、ひっくり返しといて」 「はい」  ヤーフェイの指示を受けて、リンスゥは大きく開いた店の正面、その両脇にたたまれた扉に向かう。そこには「営業中」の看板がかかっていた。  その板に手を伸ばし裏返す。すると表示は「準備中」になる。営業時間外だというお知らせだ。  この食堂は正面の壁を全部開けられるようになっていて、晴れた日には店の前にも席を用意している。今日は風もなく一日いい天気で、まさにそういう日和だった。とても貴重な一日だ。

クローン04 第5話

  五 幸せというのか  カーテンごしの朝の光が、やんわりと目覚めをうながした。  リンスゥはうっすらまぶたを開ける。  見慣れぬ天井、見慣れぬ壁、見慣れぬ品々、見慣れぬ部屋。  そうだ、新しい住まいだ。  その認識が、じんわりと意識の表層に浮かび上がってきた。  ゆっくり寝返りを打ち、自分のわきのまっさらなシーツを、そっとさする。その下の布団のやわらかな感触。リンスゥの身体を優しく受け止めている。おかげで深い快適な眠りを得ることができた。  ぐっすりと寝た。  ここ何日か