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陳舜臣生誕100年に寄せて              第2回 自然が溢れる美わしの街よ

川瀬流水です。前回は、神戸ゆかりの作家、陳舜臣(1924.2.18~2015.1.21)の生誕100年にちなみ企画されたミステリーツアーに沿って、小説『三色の家」に描かれた神戸の街の姿を取り上げました。

今回は、彼が神戸に寄せた思いについて、みてみたいと思います。
 
『三色の家』では、主人公の陶展文は大学卒業後中国に帰国しますが、1年前に発表された第7回乱歩賞受賞作『枯草の根』(かれくさのね)のなかでは、50歳になった彼が神戸で中華料理店「桃源亭」を開いています。

今回のミステリーツアーで、この店が入居していた「東南ビル」のモデルになったのが、旧外国人居留地の海岸通に面した「商船三井ビルディング」、との説明がありました。建築家・渡辺節(わたなべ・せつ)の設計による旧居留地を代表するアメリカンスタイルのモダニズム建築です。

商船三井ビルディング

次のエリア図で、商船三井ビルディングは、右下の海岸通沿いにあります。向かいのビルが、河合浩蔵の設計による「海岸ビル」(旧三井物産神戸支店)です。海岸ビルは、阪神淡路大震災で全壊した後、再構築されました。これら2つの建物が並ぶ姿は、今回のタイトルバックにも使いましたが、神戸を代表する景観のひとつです。

小説『三色の家』にみる神戸の街

エリア図の下方中央、海岸通に面して建つ神戸華僑歴史博物館は、1979(昭和54)年に開設されました。神戸開港に伴い、上海・香港・長崎などからやってきた華僑の人々の記録が展示されています。神戸華僑と関わりの深かった孫文の直筆の書、陳舜臣の直筆の原稿なども展示されています。

神戸中華総商会ビル1F、中央から2Fへ上がると神戸華僑歴史博物館

 神戸華僑歴史博物館の入口に「落地生根」(らくちせいこん)の扁額が掲げられています。同館館長の「愛新翼」(あいしん・つばさ)氏の書によるもので、華僑の生き方を示すとされます。

神戸華僑歴史博物館の入口に掲げられた扁額

パフレットによれば、「山と海に囲まれた、この麗しの地、神戸こそが自らの子孫を育むべきところと思い定め、深く根をおろし、地域社会の発展に応分の財を寄せ、まごころと力を注ぐ」とあります。

今回のツアーでは、私にとって、新たな発見がありました。阪神淡路大震災直後の1995(平成7)年1月25日、神戸新聞朝刊に陳舜臣の寄稿が掲載されたのですが、当時仕事に忙殺されていた私は、迂闊にもそのことを知りませんでした。今回のツアーで教示いただき、初めて知りました。

陳舜臣は、大震災前年の講演中に倒れ、自宅療養中に被災、京都市内のホテルに緊急避難するなかで、神戸新聞の求めに応じ、後遺症で不自由だった手で原稿作成、遠縁にあたるNPO法人国際音楽協会理事長の「張文乃」(ちょう・ふみの)さんの手を借りて、掲載に至ったとのことでした。

「神戸よ」と題された497文字の寄稿の一部を、紹介させていただきます。

「わが愛する神戸のまちが、壊滅に瀕するのを、私は不幸にして三たび、この目で見た。水害、戦災、そしてこのたびの地震である。(中略)地震の五日前に、私は五カ月の入院生活を終えたばかりであった。だから、地底からの声が、はっきりきこえたのであろう。神戸市民の皆様、神戸は滅びない。(中略)人間らしい、あたたかみのあるまち。自然が溢れ、ゆっくり流れおりる美わしの神戸よ。(後略)」

今回のミステリーツアーの最後は、北京料理の老舗「第一樓」(だいいちろう)で昼食をとりました。第一樓は、1947(昭和22)年創業の神戸を代表する中国料理店のひとつで、旧外国人居留地のエリア内にあります。

第一樓 重厚な趣きの正面入口
第一樓 1階ロビー

 当日の昼食メニューは、次のとおりでした。このなかから、3品ピックアップしてご紹介します。

当日のメニュー表

まず「1 什錦併菜」(前菜の盛合せ)です。大皿(概ね5人前)に盛り付けられた前菜は、様々な食材からなるボリューム満点な内容で、味もすばらしく、参加者一同、老舗の味をいただける喜びに浸ることができました。

1 什錦併菜(前菜の盛合せ)

 そして、「4 紅焼海参」(干しナマコの醤油煮込み)です。かつて陳舜臣に提供されていた当店オリジナルの特別メニューで、通常は提供されないものです。今回のツアーのために、特別に用意していただきました。

じっくり煮込んだナマコは、干しナマコのイメージとは異なり、プルンとして柔らかく、醤油味とからまって、これまで食べたことのない絶妙の味でした。偉大な作家の愛した料理を味わいながら、改めて海に開かれた街、神戸に思いをさせることができました。

陳舜臣の特別メニュー 4 紅焼海参(干しナマコの醤油煮込み)

 最後は「6 抜絲両様」(ポテトとバナナの餅巻の飴炊き)です。いわゆる大学イモのような食感ですが、第一樓オリジナルのバナナ(皿の中央)は、爽やかな風味がきいて、ポテトとは一味違った独特の美味しさでした。

6 抜絲両様(ポテトとバナナの餅巻の飴炊き)

今回、陳舜臣生誕100年にちなむミステリーツアー に参加し、神戸の街を巡りながら、彼のこの街に寄せた深い愛に想いをはせることができました。

人々が、その暮らす場所に根をおろし、愛する人とともに、そこで生きていこうと思い定めるとき、人々の避災招福の願いは強く結び合って、忍び寄る魔を跳ね返す強靭な力となることを感じました。

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