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[ライブレポート]11/3山中千尋Special Live 偉大なミュージシャンに感謝とリスペクトを込めて。川崎の地にエレガントに『ジャズの橋』を架ける唯一無二のライブ

11月3日、カルッツかわさきで“山中千尋Special Liveかわさきジャズ2023”が行われた。リリースしたアルバムは、すべて国内のあらゆるJAZZチャートで1位を獲得する、日本が誇る世界的なジャズ・ピアニスト山中千尋の、満を持しての“かわさきジャズ”への登場だ。2017年から山中のツアーに参加する山本裕之(B)と、その歌心溢れるドラミングへの評価が高い桃井裕範(Dr)のトリオでの演奏。2,000人を収容するホールは早くに満席になり、観客は、皆今か今かとおなじみのフラッグが掲げられたステージを見つめていた。

ステージに上がった山中は茶目っ気たっぷりな自己紹介のスピーチの後、最初の曲、の『Impulsive』(イリアーヌ・イリアス)を演奏。ブラジル音楽の明るさや神秘的な響きを疾走感と共に伝えながら、時にフリージャズの匂いも漂わせる個性的な演奏。特にカッティングを聴かせるベースに絡まる、ひそやかな山中のインプロヴィゼーションは絶品だ。山中の「JAZZを弾く女性は、音だけでなくパッションも強い」という言葉に、イリアスへのリスペクトが痛いほど伝わる。次に、『Take Five(ディヴ・ブルーベック)』。シンコペーションが強めのアレンジで、正確な5拍子の中でのインタープレイも迫力があった。そして、8月30日にリリースした、3月に逝去した巨匠ウエイン・ショーターと坂本龍一に捧げたアルバム『Dolce Vita』より3曲を演奏。

最初は『BEAUTY And The BEAST』(ハワード・アッシュマン/アランメンケン)。ハモンドオルガンの音色で、16ビートの中に時折入るシャッフルのリズムが、アレンジの素敵な味付けになっている。やわらかな音の揺らぎが心をくすぐった。

次に、『異邦人』(久保田早紀)。山中が演奏する理由を語る。

カナダで、こわれたバイオリンと太鼓でストリートプレイをするきょうだいに会った。どこから来たか尋ねると「シリア」を答えた。「家族と一緒にボートで避難してきたが岸に着く前にボートが壊れて、家族がバラバラになってしまった。だから少しでも早くお金を貯めてお家の人に会いに行く」と言った。それを聴いたとき、『異邦人』のテーマが浮かんだ。

「世界は一つ、アラブの音楽もジャズにとって大事なグルーヴの一つ」と心に刺さる言葉を投げかけ、演奏に入る。テーマをやさしく包み込むように歌い上げた後、アラブテイストのスケールを使ったインプロヴィゼーションを鮮やかに織り交ぜる。

 ここでアルバムの紹介。タイトルは「美しい人生、甘い生活」という意味だが、福島の祖母が「人生は美しくも甘くもない。『渡る世間は鬼ばかり』が今の世の中にぴったりだ」と言った、という話に会場は爆笑の渦。1部アルバムから最後の曲は『Yes Or No』(ウエイン・ショーター)。ショーターの曲でもよく知られたナンバーをクールに弾きこなした。

 1部最後は、『A Girl From Ipanema(イパネマの娘)』(アントニオ・カルロス・ジョピン)。山中の最初のアルバムからの1曲。山中は学生時代、この曲のアレンジで、米ダウンビート誌の「アウトスタンドパフォーマンス賞」と「アレンジ賞」を獲得した。エッジの効いたインプロヴィゼーションを聴かせる山中、体を揺らして楽しそうにプレイする山本、リムの音を響かせながら2人の音にレスポンスする桃井、とびきり明るい演奏に大きな拍手で1部の幕が下りた。

山中千尋(p)
山本裕之(B)
桃井裕範(Dr)

2部は、山中のドレスに関するトークから始まった。ドレスを選んでくれた中国人の店員さんから「千尋さんはドカンだからかわいいの似合わない」と言われたが、「ドカン」ではなく「童顔」だったこと、コンサートにその店員さんが来てくれたとき、ドレスのタグが気になって集中できないと言われたこと、そんな彼女が大好きなことを語り、ほっこりした雰囲気になった。

演奏はアルバムから『One By One』(ウエイン・ショーター)。山中はこの曲を聴いてジャズをやりたいと思ったという。透明感のある、明瞭なタッチが素晴らしい。体を揺らしながら聴いている観客もいた。

 続いて、もう一人の巨匠、坂本龍一の『Undo(Amore)』。サッポロドラフトビールのCMで流れ、その後坂本のアルバム『beauty』に『Amore』として収録された曲を美しく、情熱的に歌い上げた。転調を繰り返し、変奏曲のようにメロディが形を変えて広がっていくスケールの大きな演奏だった。3曲目に、ショーターと坂本龍一の2人に捧げる山中のオリジナル『To S』をグリーンのライトに照らされながら華麗に演奏。山中の超絶技巧が光るハードなナンバーで、激しい息づかいの中に、山中の巨匠への想いがひしひしと伝わってくる。

 フィナーレは山中のライブのクロージング・テーマとしても有名な『Yagibushi』。冒頭からスリリングなテーマの演奏。激しいインタープレイの応酬も交えながら、白熱したドライビングなピアノを聴かせる。最後は、観客の盆踊りの手拍子で2,000人が一体になった感触を得る。

 アンコールは、アルバムのタイトル曲『Dolce Vita』。冒頭の激しい連打から、人生の美しさをシンボライズする甘いメロディで魅了した。そして山中が母への感謝の気持ちを込めてつくった『So Long』を軽快に演奏し、ライブ終了。美しい余韻に、会場がこの上ない幸福感に包まれた。

 このライブでは、アルバムでトリビュートした2人や、イリアーヌ・イリアスの他にも、自分の家族、故郷、そして世界のあらゆる人々へのリスペクトがひしひしと伝わってきた。これだけ大きな音楽ホールを、圧倒的な音量で鳴らしきって、エキサイティングにプレイする中でも、観客は優しさとエレガントさを十分に感じ、優しく温かい気持ちになれたのは、山中の音楽の向こう側にいる『人へのリスペクト』がその音楽からにじみ出ていたからに違いない。ジャズを通して、人と人とをつなぐ、まさに、かわさきジャズの想いを体現したライブだったといえるだろう。来年も、その先も彼女の姿が、かわさきジャズにあって欲しい。

Text:小町谷 聖(かわさきジャズ公認レポーター)
Photo:Tak. Tokiwa

●公演情報

山中千尋 Special Live かわさきジャズ2023
日時:11月3日(金・祝) 16:00 開演
会場:カルッツかわさき
出演:山中千尋(ピアノ)、山本裕之(ベース)、桃井裕範(ドラムス)

●セットリスト

1st stage
01. Impulsive(イリアーヌ・イリアス)
02. Take Five(デイヴ・ブルーベック)
03. Beauty And The Beast(ハワード・アッシュマン / アラン・メンケン)
04. A Stranger / 異邦人(久保田早紀)
05. Yes Or No(ウエイン・ショーター)
06. A Girl From Ipanema / イパネマの娘(アントニオ・カルロス・ジョビン)

2nd stage
07. One By One(ウエイン・ショーター)
08. Undo (Amore)(坂本龍一)
09. To S.
10. Yagibushi / 八木節(民謡)

アンコール
01. Dolce Vita
02. So Long