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学校に行かない理由はこまごまとありすぎてよくわからなかった

今はもう理由なんてどうでもよくなったけど、こどもが学校に行かなくなってからの3ヶ月くらいは、なぜ行きたくないのかをこどもに聞いたり想像したり、それが常に頭の半分を占めるくらいに考えつづけていた。
なんとかして学校に行ってほしい、とは全然思わなかったけど、それでも、何か取り除ける理由があるならそれを解決しなければ、と思っていた。

先生は、「いじめじゃないですよね?」というのを最初にすごく真剣に聞いてきた。もしいじめを放置したら責任問題だから気になるんだろうなあ、と思った。
小さい嫌なことはあったけど、いじめとは違う感じがしていたので、いじめではないと答えたら、先生はホッとしてたみたいだった。

結局、本人に聞いても親が考えても、これだ、という唯一の大問題は見つからず、いろいろ重なってかなあ、と思ってもう探るのをやめた。何にしてももう学校には行かないほうがこどもには合ってるとわかった。
理由さがしをやめた頃に、理由を聞いてもしょうがない、本人にもわからないことが多い、という説など目にして、たしかに、と思った。

一個一個は、そんなこと?というようなことでも、登校に付随するこどもが嫌だと思っていることはたくさんたくさんあった。本当にたくさんあって、逆に、行きたい理由はほとんど無かった。会いたいほど親しい友達もいないし、給食も食べれなくてお弁当だし。

そんなこと、というほど些細なことが、そんなこと、で済ませられるかどうかは個人差がかなりあると思う。うちのこどもの場合はそんなことの一つ一つでも帰宅後に玄関でグダグダになっていて、積もり積もって限界を超えたようだった。
「がんばってたけど金属疲労で折れたからもう戻らない」とこどもは言っていた。

普通の子なら、それが何?という程度のことばかりなんだけど、例えばどんなことかというと、

通学団の朝の集合時間が決まっているから分単位で間に合わせないといけないけど、時間通りに朝の支度をするのが難しい。ちょっと遅いと他の子にやっと来たかと言う顔をされ、もうちょっと遅れると走って追いかけ、もっと遅いと母子登校になる。走ると疲れるし、お母さんと行くのはいいけど班の子にそれを見られるのは嫌。遅刻になるのは絶対嫌。

班で並んで行かないといけないけど、歩き方が速いとか遅いとか、前の班を追い越そうとかやめようとか、なんだかんだもめる中で、遅いとか走れとか言われがち。
班の子たちの都合で今日は早く行きたいから走っていこうとか言って走らされる。
傘さすかささないかなんて個人で好きにすればいいのに、通学班で全員さすか全員ささないかで統一しようとされて、降ってるのに傘ささずに行くので濡れる。

雨には濡れたくない。そもそも雨の日に出かけると濡れるから嫌い。
靴が濡れると気持ち悪い。でも長靴も嫌。下駄箱で脱いだり履いたりさっとできないから。

帰りは下校グループ(学年別なので上級生がいない)の子にちょっかい出される。道端の猫じゃらしで「ほらほら」「キャ~」みたいなことはみんなは遊びでやるけど、うちの子は本気で嫌がっていた。でもやってる子にはみんなの「キャ~」と同じに見えるからやめてくれない。

早く帰りたいのに下校グループの子たちが遊びながらのろのろ帰るから、時々一人で先に帰ってきたり、私が途中まで迎えに行って先に連れて帰ってきたりしてた。
でも下校グループの人数が減っちゃうから、安全性の問題から、迎えに来て先に連れてくのはやめてほしいというのが学校の方針だった。
安全のためと言うけど、みんなで帰ると道で遊んじゃって危ないし、ちょくちょくけんかになるし、よその子の安全のためにうちの子の心を犠牲にしたくない、と思って私はいつも迎えに行っていた。
他の子から「先に帰っちゃいけないんだよ〜」とか「いつまでお母さんに迎えに来てもらうの?もう2年生なのに」と言われたけど。あなたたちがちょっかい出すからよ(悲)というのは口には出さず黙って帰った。

あるとき帰宅後のランドセルを見てたら(用具の準備も点検も全部見てあげないと無理だった)、教科書が濡れていて、どうしたのか聞いたら、雨が降り込んだというので、窓閉めたらいいのに、と言ったら、「先生が開けとけって言ったんだ。先生の言う通りにしてればいい、って先生が言った」と不満そうだった。先生もクラスがぐちゃぐちゃにならないように必死だから指示が増えがち。

放課(授業の間の休み)の遊びが苦痛。席で絵を描くか本でも読んでるのが好きなんだけど、先生によって外で遊びなさい、と指定されるのも嫌だし、同級生に遊びに誘われてもやりたくない遊びもあるし、断っても断れなかったりする。お馬さんごっこの馬にされた、とかあった。

文房具をいじられるのが嫌。勝手に筆箱から消しゴムを取られて窓から投げられたり、鉛筆で穴開けられて戻ってきたりする。それっていじめ?と心配して聞いたら、そういう感じじゃない。クラス中でそういうことがいっぱい起きてるようなことを言っていた。このへんの方言で言うなら、わやじゃん、て感じ。

そうでなくても、こども自身も持ち物の管理が苦手だったので、定規がなくなった、えんぴつがなくなった、といって先生といっしょに探して見たら机の奥に入ってただけだったりした。それだけのことなんだけど、無いと言って帰ってきて、机の中探してみてと言っても次の日も見つけられず、“すみませんが探すの手伝ってください”と連絡帳に書いて、3日目に見つかるまでの間、「無くなった!」と強く思っているので本人には大問題だった。

前の席の子が振り向いて話しかけてきたり自分の机に手を乗せてくるのが嫌だって言ってた時期もあった。どうやら相手の子は人懐こいだけでいい子のようだったけど、相性の問題?席替えまではずっと嫌だ嫌だと言っていた。
たぶんうちのこどもはパーソナルスペースが広めで、あまり人にぴったり近づいてほしくない方なんだけど、その子は狭めで近寄りたい子なんじゃないかと思った。他の子とでも、並んで歩くと相手は寄ってくる、こどもは離れたくてよける、で、どんどん道端に押されていっていた。

授業内容がおもしろくない。自分の興味あることと違う。もう知ってる。簡単すぎる。あるいは逆に体育は全然できない。

国語は答えが一つじゃないのがいやだ。この人はどう思ったでしょう、のような問題がわからない、と言っていたけど、国語の授業参観を見たら、教科書の音読で他の子たちが棒読みなのに、こどもだけ声優みたいに演技の入った読み方をしていたので、文章から気持ちが読み取れないわけではないと思う。テストの形式になじめない、のかも。
「算数なんて何回おんなじことやってるんだろと思った」とも言っていた。とにかく授業は退屈だったらしい。先生に、授業がつまんないみたいです、とはとても言えなかったけど。先生の教え方、というより、学習指導要領で決められてることがこどもには合ってなかった。
高校講座物理基礎の物理家の人々を楽しみにして見ていたので、中学高校の内容だったら興味持てるのかもなあと思った。でも仮に飛び級できて中学に放り込んでも心は小学生なのでだめなんだ。

そして反復練習が大嫌いなので、計算ドリル漢字ドリルや宿題がほんとに苦痛だったようで、取りかかるまでに2時間かかったり、やり始めても途中で何回も「はあー」ってなってた。理屈がわかればもういいじゃないか、なんで何回もやらなきゃいけないんだ、と思っているみたいだった。

授業時間が決まってると、まだやりたいのに終わったり、まだやりたくないのに始まったりする。学校だからそこは我慢するけど、ほんとは家だったら自分でここまでと思うところまでやらないと絶対に中断しないくらい、思いは強いので、かなりストレスだったと思う。

同級生に話が通じない。
何か自分にとって当たり前の知識(イルカは哺乳類、くらいのこと)を言ったときに、それを知らない子に「そんなわけない」などと否定される。そしてみんな知らないとその子の意見のほうが通ってしまったりする。
「何の話ししてるのかわからない」と言われる。普通の小学低学年は興味持たないような機械工学の話しをしてもわかるわけないんだけど、こどもも子どもだったので、わかるわけないことがわかれない。
みんなもわかるドラえもんの話でもしてればいいんだけど、そのとき夢中になってた機械の話がしたくてしょうがないので妥協ができない。
そういうことがわかった時には「ぼくの話わかる人一人もいない」だった。教職員も含めても。

帽子とりで転ぶ。運動会の練習で帽子とりのたびに誰かにぶつかられて転んで膝をすりむき、心折れかけてた。一斉に走る、秒で帽子取られる、落とされた帽子を拾おうとかがむ、後ろから来た子がぶつかる、転ぶ、半ズボンなので思いきり擦りむく、というパターンが毎回毎回で。
私にはこれは限界だなとわかるけど、世間的には子どもが転んで膝すりむいたからって何?って感じだろうし、転ぶから帽子とりに出ません、て言ったら何言ってるの?ってなるだろうし、運動会に出ませんて言うのもますます何で?ってなるだろうし、困った。
結局、心折れそうですということを連絡帳に書いて持たせたけど、「参加しないという選択肢はないから、って言われた」と帰ってきて、運動会当日もやっぱり転んで救護テントに行っていた。

「学校は強制されるところだから地獄だ」と言っていたのが唯一こどもが言葉にした学校にいかない理由だった。強制って何を?と聞いても何も言わなかったけど、たぶん、学校のシステム全てが強制と感じてたんだと思う。何時何分にどこで何をどうやってします、が全部決まってて、やらない選択肢がない。
もしかしたら帽子とりの件がきっかけで、これは強制だ、と気づいたのかもしれないなあ、とちょっと思っている。


そのころ本田秀夫先生の発達障害と不登校の動画を見て、うなずけることばっかりだった。その中で、自閉スペクトラムの子は不登校率がすごく高い、というデータが出ていた。

それはノルウェーの論文で、小中学生の登校拒否行動の割合が、定型発達の子は7.1%、ASDの子は42.6%ということだった。
それを見て思ったのは、行動に出てる子が4割いるなら、いやいや行ってるけど本当は行きたくない子を足せばたぶん過半数だろうな、ということで、だったらもう自閉スペクトラムの子は学校行きたくないのが普通なんじゃないかと。こどもの甘えでもなく、親の育て方でもなく、先生のせいでもなく、そういうもんなのかもしれないな、と思ったらすこし気が軽くなった。

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