こどもの幼稚園時代
こどもが3歳になり、来年は幼稚園だね、という年、
この子、集団生活向いてなさそうだ、というのは感じていたし、
3歳児健診でひっかかっての受診で自閉スペクトラムとわかったし、
再来年からの2年保育じゃだめだろうか?
幼稚園行かないといけないだろうか?
自閉スペクトラムの子って入園断られたりしないかな?
など悩みは尽きなかった。
夫も私も幼稚園は2年しか行ってないし、私の父など幼稚園行ってないし、
行かないとどうなるってほどのことはないと思うけど、
今は3年行くのが普通、保育園なら0歳から行く子もいるんだし、
年中さんから入ろうとすると募集人数が少ないかもしれないし、
行かせてみもしないで幼稚園無理って決めつけてもいかんかな、とも思い、
年少さんから入園してみて無理そうだったら考えることにした。
通えるところにある幼稚園は2つ。
近い方はお勉強を教える系のきっちりした幼稚園。
遠い方はのびのび系。私も卒園生。私の実家から近い。
夫はきっちりに惹かれていたけど、私が迷わずのびのびを選択。
こどもには、なるべくゆるい感じのところがいい、と思ったからだけど、
緊急の時はおばあちゃんがすぐ行けるから、という点で夫も賛成した。
入園前に一応親子面談があった。
自閉スペクトラムであることや偏食のことを伝えた。
言葉は遅くても
「こちらの言うことをわかっているようなら大丈夫ですよ」
給食が食べれなくても
「お弁当でもいいですよ」
と柔軟な感じだったのでちょっと安心した。
私が通っていた三十数年前と同じ園舎、同じ園長先生、
お道具箱や文具まで驚くほど変わっていなかった。
通園カバンだけ違っていたけれど、帽子や名札も同じ。
それらのメーカーと商品が存続してるのもすごいな、と思った。
園の1日も昔と同じだった。
基本はみんな好きなことをしていて、時々クラスに集まる時間があって、
今月の歌を歌うとか、季節の工作を作るとかする。
年少さんの時はベテランの学年主任の先生のクラスだった。
年中さんも園長先生の孫で次期園長の先生のクラス、
年長さんは園長先生のクラス、
毎年いちばんしっかりした先生のところに入っていた。
私が入園した時は、母から聞いた話では、
「おとなしすぎて心配だからベテランの先生の組にしましょう」
と言われたらしく、そのベテランの先生に2年とも見てもらった。
親子で似たようなことになっている。
こどもは時々は行きたくない日があって休んだけども、だいたいは登園した。
最初のうち、帰ってきたこどもに、
「今日は何したの?困ったことなかった?」
など聞いても無反応なので、一体、園ではどう過ごしているのか全く分からず、
今日何してましたか、なんて電話するのも大げさだし、
帰ってきて弁当箱が空でケガや異常がなければいいか、と気を落ち着けた。
先生から電話がかかってきたことがあった。何事かと思ったら、
「今日ずっと水筒、水筒って言ってて。他の先生にも。水筒持たせてください」
というだけのことだったので拍子抜けした。
入園後すぐの保育参観に行くと、先生がとんでくるようなことは起こしはせず、
でも親の目には、ああ何していいかわからないんだな、と見て取れるような、
どこか他の子たちほど園生活になじめてない感じがあって、少し切なかった。
そのうちこどもも慣れてきて、しゃべるようにもなり、
「お二階一人で行っちゃだめ」
ルール覚えたんだね。
「今日パタパタ描いた。運動会のパタパタ」
万国旗か。
くらいは想像つくようになっていった。
普通に行く日もあれば嫌がる日もあり、
作った工作を持ってご機嫌で帰ってくる日もあれば、不機嫌な日もあった。
他の子といざこざもあったようで、
「〇〇くん死んじゃえばいいと思った」
と言った日はよっぽど腹の立つことがあったのかもしれないし、
「わざとぶつかられた」とか「何もしてないのにいきなりパンチされた」とか。
(一部の)子どもってそういうものだからしょうがないんだろうけど。
「ぼく子ども嫌い」
と自分も子どもなのに言っていた。
それでも、先生と話す、工作に熱中する、などして過ごし、
全体的には、少し嫌なこともあるけど行ってもいいかと思えるくらいは楽しい、
くらいの感じだったと思う。
私の母は「おばあちゃんとして幼稚園に行く日が来るなんて思わなかったわ」
と言って、園の敬老の日の行事に大喜びで参加していた。
年長さんの年になると、基本的には自由な幼稚園でも、
園長先生の「小学校に入ってびっくりしないように」との考えから、
少しだけ小学校の準備的な活動が入っていた。
ピアニカ(鍵盤ハーモニカ)を演奏する、自分の名前を書く、運動会のリレー、
そういうのとは直接は関係ないけど、なんとなくちゃんとさせる雰囲気。
園長先生も、本当はそういう入学準備みたいのはしたくないんだけど仕方ない、
と思っている、と面談の時におっしゃっていた。
「上からどんどん下りてくるのよね」と。
たとえば園長先生の子ども時代には九九は3年生で習っていた。今は2年生。
そういうふうに、教えなきゃいけないことが下の学年に下りてきている、
と残念そうに。
小学校に行く準備のために幼稚園に行く、
という感覚が普通なのかもしれない。私も入園前はそう思っていた。
でも、こどもが小学校に行って、行かなくなって、
教育についてのいろいろな記事を読んだりして考えが変わった。
幼稚園を小学校に寄せていくんじゃなくて、
小学校が幼稚園みたいなやり方で学ぶようにすればいいのに。
基本は自由時間で、好きなことを調べたり作ったり話したりして、
困ったらその辺のお友だちや先生に相談して工夫して、
たまに集合してみんなで何かをする、くらいの枠組みで。
フリースクールやオルタナティブスクールにはそういうところもあるけど。
幼稚園の先生方は親の目線に近く、
一人一人の子ども側に立って考えてくれている感じがした。
うちみたいなちょっと変わった子にも、なるべく合わせてくれて、
得意なことで他の子と遊べるように見てくれていた。
おかげで卒園まで通うことができた。