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幼少期の記憶

(吉村 大樹(@オフィスぴの吉)さんのお写真を見出し画像にお借りしました)

一番古い記憶は何歳の時のものか、と夫に聞いたことがある。
夫は「幼稚園くらいかなあ」と言っていた。
そう言った後、続きがあるかと思ったらそのまま黙って行ってしまった。
特に語りたいほどの記憶はないのだろうか。

こどもに、同じように聞くと「?」と首をかしげたまま何も出てこない。
こちらから、幼稚園のときこんなことあったよね?などいくつか聞くと、
「それは覚えてる」「そんなことあったっけ?」の両方あるようす。
もっと小さい時のことはあんまり覚えてないように感じるけど、
入園前まで住んでいた家はまだ覚えていた。
3歳は一応覚えているのか。

私はどうかというと、幼稚園よりもうちょっと前も覚えていることがある。
何歳の時、とはっきり分からない記憶の方が多いけど。

年齢がわかる記憶の一つは2歳の時のこと。
母のお腹に妹が入っていた時のことなので、妹との年齢差から2歳とわかる。
のどが渇いたと思って台所に行くと、祖母がお腹の大きい母と立ち話していた。
「お水がほしい」
と母に言うと、祖母が、話の邪魔をされて苛立ったのか、
「お水なんか自分で飲みん!」
と言う。この前は勝手に水道使っちゃいかんと言ったのに、と思っていると、
「そんなことでお母さん使っとるとお母さん死んじゃうよ!」
と言うので、そこまで言うか!?とびっくりして引きさがったのだった。
妊娠中とはいえ母は普通に生活していたし、死にはしないよね、と思った。

これよりもう少し前かもしれないなあ、と思う記憶は、
家のトイレの前の廊下で大泣きしていたこと。
何かその直前に母とのやりとりで腹の立つことがあり、
母の方がおかしい、理不尽だ、という思いがあって、
おなかからわきでる発作のようにおんおんと泣いて止まらなくて、
向こうで祖母が「あの子なんで泣いとるだん?」と母に聞く声がして、
母が不機嫌そうに「知らん」と言ったのが聞こえて、
また悔しくてうおーうおーと泣いた。
やっと止まった時にはなんで泣いていたのか忘れていた。

あるとき玄関で祖母が訪ねてきた友人としゃべっていた。
そこへ小さい私がきたので祖母は孫を見せたくなり、
「〇〇ちゃん、とーとのめーめ、やって見せて」と言った。
私は、こんなことなんの意味があるんだか、と思いながらも黙って、
パーにした左手の手のひらを右手の人差し指でグリグリとしてみせた。
祖母と友人は「わあー、かしこいかしこい」と言ってにこにこしていた。
喜んでもらえたからまあいいけど、何が賢いんだろう?と不思議だった。

少なくとも5歳よりは前だ、とわかること。
5歳の時に実家は建て替えられたので、古い家の記憶はそれ以前だとわかる。
階段をよいしょよいしょと登っていた。
手すりをつかんで足で、ではなく、四つ這いのようにしてよじ登っていた。
だから2歳くらいだったかもしれない。
前の家と今の家は階段の向きが違っていて、思い出す度に変な感じがする。
2階にたどり着くと、すぐ横の北の和室に父がいた。
畳に座ってなにかハードカバーの本を読んでいた。
お父さんは本を読んでいるのか、と思った。
父はちらっとこっちを見て、おお来たか、という顔をしてまた本を読んだ。
それだけのことだけど懐かしい幼児期の平穏な日常。

何歳かわからないけど小さいころだ、という記憶。
家の階段下、玄関近くをうろうろしながら、
私は実は人間じゃなくて、お腹の中には機械が入っているのかもしれない、
と考えていた。
そんなわけないのになんでそんなこと思ったんだろう。
私が感じているようには他の人は感じていないらしい。
私が考えるようにはみんなは考えていないらしい。
他の人は誰もそんな違和感を感じずに生きているみたいだ。
私だけ何か違うんだろうか?
なんでだったか、その時そんなふうに思っていた。
それにしても、人間じゃないかも、はありえないな、と今の私は思う。
サイボーグか何かが出てくるアニメでも見た後だったんだろうか。

5歳、6歳の、幼稚園の記憶もたくさんある。
ある朝、私が起きると、父と母はまだぐっすり寝ていた。9時ごろだった。
当時の父のシフトは不規則だったので、遅番か休みの日だったんだろう。
「起きようよ」と私が何度も揺すっても父も母も全然起きてくれなかった。
あきらめてゴロゴロして待っていると、
だいぶ経って目覚めた母が「ハッ!こんな時間!」とびっくりして飛び起き、
あわてて支度をして小走りで幼稚園に連れて行かれた。
もうみんな登園済みの時間で、いつもと違う、職員室横の玄関に行って、
いつもと違う先生に応対された。
先生が「ちゃんと起こしてくださいね」とにこやかに言った。
母は「はい」と言って照れ隠しに笑っていた。
え、ちょっと待って!私が寝坊したことになってる!私は起きてたのに!
寝坊したのお母さんだよ!お母さん訂正してよ!ずるいよ!
と思った。でも何も言えない子だった。

幼稚園の七夕祭りがあった。夕方から夜にかけて、親子で行った。
2階の広い遊戯室がお化け屋敷になっていた。
母と入った。
途中、釣り竿みたいのにつられた蒟蒻がブラーンと来てぺちんと顔に当たった。
「うわあ、やだあ」と母が笑った。
帰る頃には暗くなっていて、半分雲がかかった空を見て、
「お父さん、あの黒いとこと白いとことどっちが雲でどっちが空?」
と聞いたのだけど、
「はあ?どこのこと指しとるだん?」と言われて、
そこだあそこだと指しても伝わらず、わからないままになった。

家の建て替え中、近くの借家に仮住まいして、そこから幼稚園に行っていた。
登園すると園庭で担任じゃない先生に呼び止められ、
「新しいおうち、建ててるの?」
と聞かれた。たぶん先生はちょっと話がしたかっただけだったと思うから、
おしゃべりな子だったら、新しい家はどんな家かを好きに話すだろうけど、
あいにく私はそういうタイプの子どもじゃなかったから、
なんでそんなこと聞くんだろう?事務的手続きで何か知りたいんだろうか?
と難しく考えてしまい、建築期間?場所?間取り?費用?一体何を答えれば?
と一瞬のうちに悩み過ぎて訳がわからなくなり、建築中なのは間違いないから、
「うん」
と頷いただけで黙ってしまい、先生が
「二階建て?」
と助け船を出すも、
「うん」
しか言わないので、先生との会話はそこで終了したのだった。

こうして書き出してみると、楽しい思い出より、ちょっと困った記憶が多い。
でも思い出しても嫌な感情はわかない。なつかしい。