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39.境界

 

 Lさんが生まれ育ち、今も住んでいる集落には歴史の古い神社がある。
 山の上に御神体が鎮座し、ふもとには立派な里宮が建っている。Lさん自身も従事している地場産業に関係の深い神様なので、地元で大事にされているのは勿論、全国から参拝客が訪れる。Lさんも、遠方からの来客があれば必ずこの神社を案内するようにしていた。
 ある時、仕事で知り合い仲良くなったMさんが此方に来ることになった。Mさんは北関東在住で、神職でもある。
 Lさんの事務所で商談を終え、では、とMさんを連れて散歩がてらこの神社に立ち寄ろうとした。
 ところがMさんは、鳥居の前で立ち止まってしまった。
「どうかされました?」
 いぶかるLさんにMさんは、
「ここ……私、入れない。申し訳ないけど」
 と言った。
 悪いものがいるとか、禍々しいとかいうのではない。
 ただ「強すぎて」入れないのだという。
 人を選ぶ神社だ、とも。
 Mさんは結局、境内に一歩も足を踏み入れないまま帰った。

そんなことがあったので、Lさんは少し心配だった。
 この辺では大晦日に山上の神社で初詣をする慣習があるが、今年は子供達も登りたいと言うのだ。Lさんの子と、帰省してきたいとこ集団が総勢四人。
 ちょうど山上の神社の見張り番にあたっていたLさんが付き添うことになったのはいいが、甥のNが幼い頃から霊感が強い。
(Nくん大丈夫かな。上まで行けるか?)
 Mさんの言葉を反芻しつつ、夜の山道を注意深く登っていったが、みな小中学生なので体力的には全く問題ない。あっという間に半分を過ぎ、あと少しで頂上というところまで来た。
 Nが、ふと立ち止まった。
 と同時に、Lと目が合った。
「なんか、怖い。ここ」
 誰に言うともなく呟くN。
 他のいとこ連中は何も気にせず、緩やかな下り坂を小走りに進んでいく。
 Nはすこし躊躇ったものの、すぐに皆に追いついて、一緒に頂上に辿り着いた。
(なるほどなあ)
 この山は昔山城だったところで、地形にその名残が残っている。つづら折りの急峻な上り坂が頂上近くで急に緩い下り坂になるのは、そこに館があったからだと言う。幾度も戦で焼かれて今はもう跡形もないが。
 もちろんそんな事情を甥に話したことはない。
(……まあ、とりあえず登って来られたんだから、大丈夫か)
 元気に山を下っていく四人を見送りながら、Lさんは思った。


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「文字として何かを残していくこと」の意味を考えつつ日々書いています。